鉄板に描く円でつなぐ縁~お好み焼き「まろ吉」

北海道大学病院の目の前、北大通りと環状通が交わるその角に、1軒のお好み焼き店がある。広島県生まれ、北大出身の元高校教師が営むその店の名前は「広島風お好み焼き まろ吉」。なぜ彼は幼い頃から志していた教職を辞し、母校の目の前で故郷の味をふるまう道を選んだのか。
村上紗希-text 伊藤留美子-photo

「常に全力でした」

目の前で鉄板がじゅうじゅうと音を立て、食欲をかきたてる香りが鼻腔をくすぐる。
取材に訪れたのはお店の定休日だったが、撮影のためにお好み焼きを焼き始めると、香ばしい匂いに誘われて外から店内を覗き込む人の姿も見受けられた。

北海道で広島のお好み焼きを食べられる店はそう多くはない。ましてや専門店となればなおさらだ。しかし、そんな北の大地で「このお好み焼きを“日本の食の選択肢に入れる”」という夢に挑みはじめた人がいた。

「広島風お好み焼き まろ吉」店主、守本浩樹(もりもと・ひろき)さん。
広島県広島市出身で、北海道大学への進学を機に札幌へと移り住んだ。父の影響でスキーに親しんできたこともあり、部活の基礎スキー部では全国大会で団体優勝や総合三連覇も果たすなど、まさに文武両道。卒業後は札幌市の平岸高校で教鞭をとった。

「日本一の英語教師になりたい!」との思いから、子ども達との関わりを大切にし、授業にも様々な工夫を凝らしていたそうだ。苦労もあったが、頑張ったことが目に見える形で返ってくるのでやりがいを感じていた。

自身の英語力をもっと上げようと決意した守本さんは、その後一度日本を離れる。ステップアップのため、カリフォルニアの大学院でTESOL(英語が母国語ではない人たちに英語を教えるための授業法)を専攻する道を選んだのだ。
入学にかかる数多の苦労を乗り越え、自費で学び続けること2年半。並大抵ではない努力を重ねてきた成果は、帰国後に再び戻った平岸高校で発揮されていった。

どうしたら楽しく学べるか、いかに苦手意識を持たせないようにするかを常に模索する様は、同じく英語教師であった父の姿に重なる。幼い頃からその仕事ぶりを見てきたことで同じ道を志すようになったという彼は、教師としてもその背中を追い続けていたのかもしれない。

そして、それから5年。

「本当にいつも全力でしたし、毎日が充実していました。だからこそ、このタイミングで次に進もうと思ったんです。区切りをつけるなら今だなと。父の背中を追うことをやめて、自分が好きなこと、旅に関わる仕事をしようと決めました」

彼は新たな夢を抱いて、11年間の教師生活に終止符を打った。

 

強い思いが引き寄せた縁

「広島県出身なので、ゲストハウスに鉄板があるっていいなと思って。それで焼いたお好み焼きを囲みながら、来てくれた人たちと交流できたら最高じゃないですか。そのためにはまず、本物を美味しく焼けるようにならなきゃいけないと考えました」

趣味は旅、夢は世界一周。そんな守本さんはいつしか、世界中から旅人が集まる“自分ならではのゲストハウス”を作りたいと思うようになる。
地元の広島に戻るとすぐに、お好み焼きの有名店で修業を開始。繁忙期までには戦力になるようにとみっちり仕込まれ、時には1日に何百枚と焼くこともあったそうだ。その厳しい環境と自身の努力のかいもあり、彼は短期間でめきめきと腕を上げていった。

修行を終え、家族で北海道に帰ってきたのは2020年5月末のこと。
子どもが生まれると分かったこともあり、ゲストハウスの開業は一旦断念することを決めていたのだそう。しかし、本物の広島のお好み焼きをもっと気軽に食べてほしいという思いは揺るがず、「まずは専門店から始めよう」と決意を新たにしていた。
再スタートをきる場所として選んだのは、第二の故郷とも呼べる札幌。もう自分は半分道民だからと、この地に戻る道を選んでいた。

「夢は“鉄板のあるゲストハウス”。今はそのための準備期間なんです」と守本さん

数か月に渡っての物件探しは難航を極めたが、諦めない彼の強い思いがついに縁を引き寄せる。
近日退去予定として紹介された店舗が、なんとかつての学び舎である北大の目の前だったのだ。

店の前を南北に走るのが北大通り。交通量の多い幹線道路で、すぐ横には環状通の起点がある

営業は夫婦二人三脚で。忙しい時は鉄板に5〜6枚のお好み焼きが並ぶこともあるが、阿吽の呼吸で、丁寧かつ手早く仕上げていく

「“日本の食の選択肢”に広島のお好み焼きを入れたいんです。それは自分にしかできない事だと思っています」

という熱い思いを持つ彼にとって、そこは国内外の学生や教職員、観光客といった多種多様な人たちが行き交う最高の場所。加えて店舗も綺麗なままという好条件に迷う理由はなく、同年9月16日、「広島風お好み焼き まろ吉」は開店を迎えることとなった。

 

縁を紡ぐ場をつくる

教え子たちが同窓会のような気持ちで集い、かつての同僚が顔を覗かせ、基礎スキー部の仲間や留学時代の友人が訪れる。味に惚れ込んで通う常連さん、受験に合格したと家族で報告に来てくれる学生、そして北大病院への通院途中で一息つきたいと立ち寄ってくれる人たちがいる。広島カープのファンも足を運ぶ。
何より、地元を思い出して安心できると喜ぶ同郷の人たちがいる。

そんな場作りができていることが本当に嬉しい、と守本さんは笑顔で語った。

キャベツが太いのは、甘さを最大限に引き出し食感を生かすため。熱の通り方にムラが出ないよう、葉と芯で切り方を変えている。豚肉の上にかかっているのはラード。調理中には2種類の油を使い分ける

蒸しあがると、湯気と共にキャベツの甘い香りが漂う

重ねのフィナーレは卵。最後にひっくり返し、ソースや青のりをトッピングすれば完成だ。
麺は片面を揚げ焼きに。このバリバリ食感がたまらないアクセントになる

まずはこれを食べてほしいという定番の「肉玉そば」(奥)。香ばしい麺、甘く蒸しあげられたキャベツ、豚肉の脂の甘さをソースの香りがまとめ上げる。シンプルゆえに、守本さんのこだわりがしっかりと感じられる一品だ。
広島と北海道のソウルフードがコラボした「道産子焼き」(手前)は店オリジナル。ラム肉とお好み焼きが違和感なくマッチしており、コーンの甘さと食感で最後まで飽きさせない。意外と地元の人に人気なのだとか

奥さまの汐里さん考案の「一歳からのお好み焼き」。離乳食が終わっていれば食べられる、赤ちゃんのための新メニューだ。安心安全な食材を使い、もちろんテイクアウト可能。「子育ては本当に大変。だからこそ少しでも時間を作って楽になってもらいたい」という思いから生まれた

一朝一夕にできることではない。道のりは決して楽なものではなかったはずだ。しかし彼はこれまでの人生で、様々な場においてしっかりとした信頼関係を築き上げてきた。持ち前の行動力に加え、周りに対して親身になれる優しさや、理想を手に入れるためのたゆまぬ努力。それらが今日の彼を形作っているように思えた。
自分の力で、まさに縁を「紡いで」きたのだ。

だからこそ「まろ吉」には人が集まる。
彼に会いに、思いをこめて丁寧に焼く美味しいお好み焼きを食べるために、そしてほっとできるひとときを過ごすために。
今はまだ小さな場かもしれないが、そのつながりはゆっくりと着実に、札幌から北海道、そして全国へ、いつかは世界へと大きく広がっていくに違いない。

店内に貼られたポップは汐里(しおり)さんが描いたものだそう。可愛らしい文字とイラストにほっこり

20年前、進学先に北大を選んだことが、今につながる第1歩となった。
その始まりの地のすぐそばで、守本さんはこれからも鉄板に縁を紡いでいく。


広島風お好み焼きまろ吉
北海道札幌市北区北15条西4丁目1-12
TEL:011-299-9282
営業時間 11:00~15:00(14:30L.O)、17:00~21:00(20:30L.O)、月曜定休
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