名前のない珈琲店 in 篠路まちづくりテラス和氣藍々

「篠路まちづくりテラス和氣藍々(わきあいあい)」でコーヒーを淹れる須藤さん。抽出方法はいろいろな専門店を参考にしながら今も研究を続けている

札幌市北区、JR篠路駅から徒歩10分の場所に居心地のいいコミュニティカフェがある。名物は手打ちうどん、シフォンケーキ、それから水曜から土曜は「須藤雅司さんこだわりの一杯」。須藤さんのコーヒーを飲みながら、これまでのいろんな話をお聞きした。コーヒーは媒介である、とあらためて思う。
石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo

敷居が低かったので

篠路在住の須藤雅司さんは47年つとめた職場で定年をむかえ、次は何をしようか迷っていた時、テレビで「篠路まちづくりテラス和氣藍々」のことを知る。趣味で20年以上そば打ちを続けている須藤さんは、つねづね「うどんもやってみたい」と思っていた。一方、和氣藍々では篠路にある製粉会社、木田製粉の小麦粉を使った手打ちうどんを看板メニューにしていた。
「近所だし敷居が低かったので、様子を見に行きました。すると店の人がすごく苦労してうどんを打っていて、食べてみたら、うどんのコシに物足りなさを感じたんです」と須藤さん。
手打ちうどんはコシを出すために足踏みをするが、「食べるものを踏むのは嫌」とその工程を省いていたため、苦労のわりに物足りない出来だった。研究熱心な須藤さんはインターネットであれこれ調べ、足踏みしない方法を発見。「こうしたら?」と提案すると、やってみよう、ということになり、最初はボランティアでうどんを打ち始めた。それから約半年、須藤さんが試行錯誤の末オリジナルレシピを完成させ、「和氣藍々のうどんがおいしくなった」と評判が広がっていく。須藤さんはボランティアではなく本格的にスタッフ(組合員)として参加することに。その後、ほかのスタッフも皆うどん打ちをマスターし、現在は須藤さんの手を離れて、コシのあるプリプリのうどんが提供されている。

芦別生まれの須藤雅司さんは就職時に札幌へ来て以来、3、4年ごとに道内各地を転勤。「新しい土地で新しい人に出会ったら、何か新しいことを覚える」をモットーに、いろいろなことに挑戦してきた。そば打ちもその一つ

ここで少しお店について説明したい。「篠路まちづくりテラス和氣藍々」は、もともと篠路にある公共施設・札幌市篠路コミュニティセンターを運営する労働者協同組合ワーカーズコープ・センター事業団の組合員が中心となり、地元の住民に協力を呼びかけ2017年5月にオープンした。「公共施設以外に地域の拠点をつくりたい」「どんな人も働く場所や出かける場所をつくりたい」という思いのもと、障がいのある方や地元に住む方々が一緒に働いている。
和氣藍々のユニークな特長の一つに、ほぼ毎日様々なイベントを開催していることがある。「何度でも聞いていいスマホ相談室」、65歳以上の方が参加する「まだしゃべるん会」、「はるかとお菓子を作ろう」などのイベントが、通常営業の店内でくり広げられる。その隣で普通に食事をする人もいて、それが自然と居心地がいい。学校帰りの子が水を飲みに来たり、バスを待つ人が暖をとりに来たりもする。何かあったら、何もなくても、安心して立ち寄れる場所。敷居が低いのも当然なのだ。

「篠路まちづくりテラス和氣藍々」責任者の須藤結香さん。「『みんなのおうち』を目指してスタッフ、ボランティア、地域の皆さんの協力で運営しています」(※須藤雅司さんと苗字が同じですがご家族や親戚ではありません)

和氣藍々設立時に地元企業や団体、住民から多くの支援が寄せられた。
支援者の名前が書いてある「ありがとうの木」

一番人気の「野菜かきあげうどん」は季節の野菜がたっぷり。コシのあるうどんとサクサクの衣がおいしい

変幻自在の小さな人気店

さて、「うどんを打つ須藤さん」は「コーヒーを淹れる須藤さん」でもあった。
須藤さんの歴史としてはこちらのほうがずっと先で、ここ20年はスペシャルティコーヒーにハマり、自宅で奥さんと二人分のコーヒーを淹れて楽しんでいた。それを聞いて「私も飲みたい!」という人が増え、和氣藍々の恒例イベントとして「コーヒーを楽しむ会」を開催することになった。
毎回好評でしばらく続けているうち、「今度近くでスーパーを開くんだけど、店の休憩所でコーヒーを出してくれない?」と声がかかった。須藤さんは道具一式を持参して、スーパー内で小さなコーヒーショップを開店する。「以前からイベントに来てくれていた人や、地元の新しいお客さんがたくさん来てくれました」と須藤さん。
その後、スーパーでの出店はやめることになるが、よく来ていたカフェレストランのオーナーから「うちに来ませんか?」と誘われ、今度はカフェで同様に食後のコーヒーを提供することに。須藤さんのコーヒーを飲んだ人たちが、次々にと声をかけたくなるのは、コーヒーのおいしさとご本人の人柄のせいだろう。そちらでしばらく営業していると、カフェが冬期休業となることがわかり、その間の1、2、3月だけ和氣藍々で営業することになった。
「春には向こうに戻るつもりだったんです。でも、こっちのお客さんやスタッフから『行かないで』と引き止められて、正直に向こうのオーナーに相談すると、『そうなると思っていました。両方やるのは大変だし、うちはいいですよ』って言ってくれて」
こうして活躍の場は再び和氣藍々に落ち着いた。昼食にうどんやカレーを食べ、食後の一杯を楽しみに来る人が多くなった。店に入ると左手前が須藤さんのコーナーで、45年前にボーナスを貯めて買ったオープンリールデッキからやさしい音が流れてくる。「ここは自分にとって癒しの場所です。なじみのお客さんが来てくれて、『行かないで』『こっちに居て』と言われると、なかなかうれしいものです」

須藤さんの喫茶コーナー。オープンリールデッキのほかにレコードプレーヤーとカセットデッキもあり、自宅から「これかけて」と持ってくる人も多い


色とりどりのコーヒーカップはほとんどがお客さんからの差し入れ。マイカップを置く常連さんもいる

豆はスペシャルティコーヒーを常時2、3種類、オリジナルブレンドを3種類用意、水は北広島市の湧水を汲んできて使う

やりたいことは、また出てくるはず

須藤さんがコーヒー好きになったのは、いまから52年前のこと。美唄に転勤した20歳のころ、会社の先輩に連れていってもらった喫茶店で初めてブラックコーヒーを飲んだのがきっかけだった。砂糖やミルクを入れて飲むものと思っていたのが、こんなにおいしいのかと驚き、毎日通うようになる。母娘で営む小さな喫茶店で、須藤さんが仕事を終えて通ううち、ときどき店番を頼まれるようになった。若き須藤さんはこの頃からすでに「声をかけたくなるオーラ」を出していたに違いない。

それから、現役時代はゆっくりできる休日だけ、定年後は毎朝豆をひいてコーヒーを淹れ、それがだんだん広がって、小さなコーヒーショップのマスターになった。今はコーヒーだけでなく和氣藍々の仕事は何でも協力し、コーヒーが休みの火曜日は地元のボランティア活動に精を出す。
須藤さんに「これからやりたいことは?」と聞くと、「今は特にないですが、いろいろやっていくうちに多分また出てくると思います。自分が経験してきた好きなこと、楽しいこと、できることをやって、それが周りの人にも喜ばれたら何より。それには何でも経験してみることがおススメです」。その軽やかな返事を聞いて、ふわりと明るい気持ちになる。これが「須藤さんこだわりの一杯」の隠し味なのだろう。


篠路まちづくりテラス和氣藍々
札幌市北区篠路4条9丁目15-10
TEL:011-788-3146
営業:10:00〜17:00(手打ちうどんは10:00~16:00)、毎週月曜定休
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名前のない珈琲店(須藤さんのコーヒー)
篠路まちづくりテラス和氣藍々内
営業:水・木・金・土曜、10:00〜15:00

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