愛あるおせっかいは伝播し、循環する。喫茶こともし

創成イーストエリア、二条市場と目と鼻の先にある(提供:喫茶こともし)

2023年に創成イーストの一角にオープンした「喫茶こともし」。喫茶店+学習塾というユニークな形態で、大人にも子どもにも親しまれている。普通の喫茶店では起こり得ないつながりが生まれる場所。そこは、愛ある“おせっかい”で溢れていた。
長谷川みちる-text 伊藤留美子-photo

子どもでにぎわう、ディープな街の喫茶店

 

おせっかい【名・形動】

出しゃばって、いらぬ世話をやくこと。また、そういう人や、そのさま。
―デジタル大辞泉


札幌市・創成イーストエリア。ここに“おせっかい”を推奨する喫茶店がある。その名も「喫茶こともし」。観光スポットでお馴染みの二条市場をはじめ、隠れ家的な飲食店、センスの光るおしゃれカフェ、歴史的建造物などが立ち並ぶ“ディープな大人の街”の一角に存在するのだが、ここには続々と“子どもたち”が集まってくる。

学校帰りの子どもたちで賑わうこともしの日常(提供:喫茶こともし)

平日の週4日、午後のみオープン。夕方からは店内で学習塾が開講する。もちろん一般の利用もOKだ。店内ではコーヒーを片手に読書を楽しむ人、カウンター越しに店主と語らう人。友達同士で楽しそうにおしゃべりする姿もあれば、大学生が中学生に勉強を教えたり、初めて出会う大人と子どもが和気藹々と交流する様子など、多彩な喫茶店の有り様にお目にかかることになる。

高校生以下はドリンクが無料で、おかわり自由


料金システムも独特だ。例えば、コーヒー1杯なら100円が、コーヒーが1カ月飲み放題の「おせっ会員」なら月額3000円のうち600円が「おせっかい貯金」になる。貯金はシェアドリンクやおやつのほか、イベント運営費など子どもの学びのサポート費用として活用される仕組みだ。店を利用するだけで自然と子どもたちにおせっかいを焼ける喫茶店なんて、ちょっと面白い。

 

漂う悪循環。子どもの居場所は今、どこへ?

運営母体となっているのは、NPO法人E-LINK。創成イーストエリアを拠点に『なまらツナガル・トカイナカ』というミッションの下、子どもの居場所を作る事業に取り組んできた。「今の子どもたちの居場所には、“悪循環”が漂っているように感じていて」と話すのは、副代表理事の平野順風さん。こともしの店主として、自ら店先にも立っている。

店主の平野さん


「例えば、公園もその一つ。僕たちが子どもの頃には考えられなかったと思いますが、都会ではボール遊びができる公園は限られているんですよね。犬の散歩をしている人やお年寄り、近隣住民など、全方面に配慮すべきとしてルール化されています。他にも年齢の大きい子たちの遊びに圧倒されて、小さな子たちが遊びの場を共有できずにいるとか…。本来ならば利用者同士がコミュニケーションで調整すればいい話のはずなんですが、それを教えてくれる大人たちがいない。大人側も、注意することで逆に何を言われるか分からないので何も言えない…。そんな悪循環の中で、結果的に子どもの居場所が少なくなっているように感じるんです」

コミュニケーションの量や速度は、技術やツールよって飛躍的に進化したはず。反面、“質”はどうだろう。この社会の中で、子どもたちはどのように人とのつながりを形成し、自分たちの居場所を確保していけばいいのだろうか。学童保育やフリースクール、寺子屋プロジェクトなどを手掛けてきた平野さんが新たな一手として着目したのが、教育。学びの場だった。

自立学習塾「こともし」は1日3コマ制。探求学習塾「まくりんく」は週1回、子どもの探求(テーマは自由)を伴走する(提供:喫茶こともし)

「学習塾のアイデアはすぐに思い浮かびましたが、人とのつながりを体現できる塾って何だろうと。基礎教育だけでなく、社会性も学ぶことができ、自然と関わりが生まれる塾の形を模索しました。一方で、子どもを応援したい、力になりたいと思ってはいるものの、きっかけがなかったり手段が分からない大人も多いはずと思っていて。そこでたどり着いたのが、都会の中で人が集まる場としての喫茶店と学習塾を掛け合わせたコミュニティカフェでした」

思い浮かんだのは、「おせっかいを集める」というコンセプト。先述したおせっかい貯金の仕組みに加え、支援者からの物品や技術の提供も運営を支える柱だ。アクセスの良い好立地の店舗を快く貸してくれた店舗のオーナーをはじめ、カフェチェーンの三本珈琲(株)はコーヒー豆を、同エリア内にある寿珈琲はコーヒーの抽出の技術を、卸業の(株)Fujiはシェアお菓子を提供。企業や個人の立場に関わらず多くの人たちが平野さんの志に賛同し、おせっかいを焼いている。

おせっかいはネガティブな意味で捉えられがちだが、「発信の原点は、思いやりの心。受け取り方次第でポジティブな意味にもなる。案外、良い言葉だと思うんです」と平野さんは言う。おすそ分け文化のような、昔ながらの田舎のコミュニティが生まれる場所。それがこともしの核であり、魅力なのだ。

 

最前線に立ち続けて身に沁みた、関係性づくりの本質

実は、保育士として17年のキャリアを持つ平野さん。公務員として札幌市所管の保育園、障がい者施設、児童相談所、子育て支援係など多彩な立ち位置から子どもや親たちと関わってきた経緯がある。行政の窓口には実にさまざまな家庭環境や悩みを抱えた子どもたちがやってきたそうだが、平野さんは誰であっても「一人の人間として本気で対峙すること」を最重要点としてきた。

学校帰りの小学生たちも集まってくる(提供:喫茶こともし)

「全力で遊び、間違っていることがあればしっかり伝える。反対に僕たち大人側が間違っていれば、認めて謝る。そうやって本気でぶつかれば、本気で返してくれる。それが子どもとの関係性を構築する上で、とてつもなく大切なことだと実感しました。同時に、大人たちは大人たちで、子どもが生まれた瞬間から“スーパーマンであれ”というプレッシャーを抱えている。誰もが親として1年生からスタートするはずですが、なぜか最初から完璧を求められていて。親側にも見えない(見せない)息苦しさや不安があるんですよね」

こともしでは、利用客同士のコミュニケーションは自然な光景(提供:喫茶こともし)

どちらの立場にも向き合ってきた平野さんが店頭に立つからこそ、こともしを訪れる人たちは増え続けている。実際に不登校の子どもや子育てに悩む親世代なども足を運び、勉強にチャレンジしてみたり、平野さんやスタッフと話をしてみたり、各々が自由な時を過ごす居場所になっているそうだ。

こともしには、“こうあらねばならない”といったルールは設けない。どんな人が訪れても良いし、誰が何をして過ごしてもいい。だが、何をするか、していいかを、それぞれが考えて過ごす。それが唯一のスタンスだ。塾の時間が始まれば、授業の邪魔になるような行動は控える。利用客が混み合えば、席を譲り合う。何かあれば手を差し伸べる(おせっかいを焼く)。 その塩梅や空気感づくり、コミュニケーションの橋渡しには、平野さんの17年のバックグラウンドや経験値がいかんなく発揮されている。

 

おせっかいが、いつかの未来の“ありがた味”に

こともしを取り巻く優しいエピソードは、尽きない。

店を利用していた高校生が大学生になり、アルバイトとして運営をサポートしたり。常連が立派なかき氷機を寄贈してくれたり。店舗のドアに、お菓子のいっぱい詰まった袋が度々かけられていたこともあるそうだ。当初は子どもとの関わりには興味がなさそうだった利用客も、いつの間にか顔見知りの相談相手になっていたりする。どうやら愛あるおせっかいは、伝播し、循環するらしい。

子どもたちへのお菓子を差し入れしてくれる人も多い(提供:喫茶こともし)

「子どもたちが、おせっかいを“ありがた味”として感じられる日が来るのを見届けたい。そして、ここに集まる大人たちと、彼ら・彼女らが社会人として活躍する姿を見守り、“子育て”を一緒にした仲間として喜び合う世界観が作れたらいいですね」と、未来図を描く平野さん。

学習塾の講師を務める大学生の今村太一さんも、立派なおせっかい焼きの一人(提供:喫茶こともし)

もしかすると、今の子どもたちがコーヒーの苦味や香りをおいしさとして味わえるようになる頃には、おせっかいという言葉が私たち自身を支える “パワーワード”になっているかもしれない。そんないつかの未来を想像し、心の奥底がじんわりと温かくなるのを感じた。


喫茶こともし
北海道札幌市中央区南2条東3丁目cafe&salon White Mug内
営業時間:13:00-20:00
定休日:月曜日、土曜日、日曜日
WEBサイト

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