わさびといえば、すぐ「山わさび」を思い浮かべてしまう道産子。なかなか本物にはお目にかかれない「本わさび」が、北海道の温泉地で育てられていることにまず驚く。そして、そのわさび畑を目の前にして、栽培方法を聞くと、さらに驚きは増していく。
「わさびの栽培を始めたのは大正2年。私の祖父が医者として登別に来て、この沢を見つけ漢方薬になるわさびに目をつけたのがきっかけ」。畑に案内してくれたのは、藤崎わさび園の三代目、藤崎信雄さんだ。
一見すると、自然のままに自生しているようだが、わさび畑はじつに緻密に作られている。苗とともに等間隔に置かれた石は、苗を守りながら水の勢いをコントロール。まわりの木々も手入れされ、ほどよい日照と風通しを守っている。水、石、土、風、陽。自然を生かす日本人の知恵が凝縮されたような畑なのだ。
「静岡から職人を呼んで、出来るまで2年以上かかったらしい」と、藤崎さんはサラリと言うが、100年前に作られた畑がいまも本わさびを育てている。
「わさびは水が肥料だから」。そんな言葉が沁み込んできた。
登別温泉の名物「わさび漬」は、大正4年発売。初代の藤崎虎太郎さんが「登別は温泉街として発展する」と見越して、お土産になるものを、と考案したそうだ。
医者であり、研究熱心だった虎太郎さんは、わさび漬の味を追求。普通のわさび漬は板粕(板状の酒粕)を使うが、酒粕をさらに半年ほど熟成させた諸白粕(もろはくかす)を使用。いまも、秋田の酒造会社に特注し、初代のこだわりは受け継がれている。
「良い本わさびだから、良い酒粕を合わせる。少しでも製法を変えると、お客さんがわかってしまうから、この味は変えられない」。
藤崎のわさび漬は、信雄さんの代になってから販売を本格化。「食べてもらうのが一番」と、登別温泉のホテルの食事に添えてもらい、味と名前を地元から広めていった。
「うちの本わさびは、香りも味も濃いと言われる。わさびはその土地の水に合う株を増やすから、厳しい冬にも耐える、たくましいわさびになったのでしょう」。
道産の本わさびと、こだわりの酒粕。キレとコクのある辛さと、愛され続ける理由が見えてきた。
2015年、100周年を迎えた藤崎わさび園は、記念の新商品「本わさび漬クリームチーズ」を発売。
商品開発の中心となったのは4代目の一夫さん。地元の「のぼりべつ酪農館」と協力し、わさび漬に合うクリームチーズを探求。チーズの塩分を抑え、わさびの辛さとチーズの旨みが調和するレシピを作り上げた。斬新なパッケージは手を汚さず保存も便利と、消費者目線に立ったアイデア。早くも製造が追いつかない人気ぶりだ。
「藤崎のわさび漬は、登別温泉に育てられた」と信雄さん。だから、温泉に足を運びたくなる商品を提供したいのだと言う。
温泉に入り、浴衣姿で散策しながら、お土産を選ぶ。それもまた、旅の醍醐味と伝えたい。