旭川市内には167本の河川が流れ、750以上の橋があるという。
大雪山系の雪解け水が大量に供給されている上川盆地は、酒造りに欠かせない水に恵まれた土地なのは間違いない。
男山では仕込みに使う地下水を無料で開放している。私が訪ねた日も、ボトルに何本も水を汲みソリや車で運ぶ市民の姿がひっきりなしに見られた。「延命長寿の水」と呼ばれているそうだが、それだけおいしい水なのだろう。
男山の前身は山崎酒造。新潟出身の初代山崎與吉が1887(明治20)年に札幌で創業し、1899(明治32)年に旭川へ移ってきたという。
有名な「男山」の銘柄は、江戸時代に伊丹(兵庫県)で誕生し、徳川将軍家の「御膳酒」に指定されるほどの銘酒だったが、明治初頭に蔵元が廃業。以降、その名にあやかろうと全国に「男山」を名乗る酒が数多くできたものの、本家の末裔から正式に継承を受けたのがここ、旭川の男山だという。
銘酒「男山」は、海外で評価されるのも早かった。
1977(昭和52)年には海外の酒類コンクールで金賞を獲得。以来41年連続で金賞を受け、世界的な知名度を得ている。
「海外ではSAKEイコール男山だと思っている人もいるそうです。海外のテレビドラマでは、男山の酒瓶が映ることもしばしば。取り引きのないロシアのニュースの背景にうちの樽が映っていてびっくりしたこともあります」と話すのは、男山株式会社総務部企画課の金森徹諭さん。
今はアメリカを中心に20カ国以上で販売されて、売り上げの15%を輸出が占めているという。
札幌や東京を飛び越えて、旭川から世界へ。米でつくる醸造酒「ライスワイン」のおいしさを、他に先駆けて海外へ紹介してきた功績は大きい。
酒蔵を観光資源として位置づけ一般公開したのも男山が早かった。
1968(昭和43)年に「男山酒造り資料舘」を開設。酒造りの季節には、来館者が仕込みの様子をガラス越しに見学できるようにしたのだ。
昨年の来館者16万人のうち半数はインバウンド(訪日外国人)。
酒造りの工程を紹介した動画は、英語、中国語、韓国語、タイ語でも解説が聞けるようになっている。
取材にお邪魔した日も、一階の売店コーナーでは無料の試飲をしながら楽しそうにお土産を選ぶ外国人の姿が大勢見られた。
男山では古くから岩手出身の杜氏を冬期間だけ旭川に招き、伝統的な寒造りを続けているが、2010(平成22)年からは社員を製造部長兼杜氏に任命。自前の人材育成にも取り組んでいる。
また、品質を守るため、これまでは山田錦など高品質の酒米にこだわってきたが、ここ数年は品質が良くなった道産の酒米を使った醸造にも挑戦。北海道の酒造好適米を100%使用した「北の稲穂」シリーズのなかでも、昨年2017年12月に新発売したばかりの大吟醸は、金森さんも驚くほど「予想以上の反響が続いている」という。
いち早く海外に目を向けてブランディングを成功させつつ、新しい試みも着実に続けている男山。だからこそ130年の歴史を紡いでこられたのだろう。
旭川が酒造りに欠かせない水に恵まれているのはよくわかったが、良質な水が手に入る場所なら、ほかにもたくさんあるはずだ。
調べてみると『新旭川市史』にこんな記述があった。
「後発旭川酒造業の市場を、先進札樽酒造業者の蚕食から防錆するためにとられた旭川企業の戦略は、清酒の低価格政策である。その対策として推進されたのが、清酒の主原料を地米で賄うことであった。(中略)北海道の他の酒造業地では、酒造原料米に高価な府県産米を用いたのに対し、旭川のそれは地米を利用したのである」(『新旭川市史』第2巻通史2)
なるほど、道外の高い米を使わずに、地元の米で酒造りができたのも、旭川の強みの一つだったようだ。
120年の歴史を持つ髙砂酒造の企画部長、廣野徹さんはこう話す。
「旭川地域で稲作が始まったのは明治24年ごろ。明治30年ごろから収穫が安定し、ほぼ同時期に酒造りも始まっています。加えて開拓で切り倒した木材が豊富にありましたから、蒸米などに使う燃料にも困らなかったようです」
確かに畑作地や酪農地域だったら、酒造りはきっと難しかったに違いない。
髙砂酒造の前身は、1899(明治32)年創業の小檜山酒造店。戦後、1965(昭和40)年に石崎酒造と合併して「髙砂酒造」の名となった。
代表的な銘柄は1975(昭和50)年からのロングセラー「国士無双」だ。
廣野さんに髙砂酒造で使う米について聞いてみると…。
「うちは特定名称酒に特化している蔵なので、米の質にはこだわっていて、兵庫の山田錦をはじめ、秋田や山形の米を中心に使ってきました。一方で、道産米の扱いも早くて、平成12年に吟風、18年に彗星、26年にきたしずくと、独自の品種が誕生しましたが、うちは吟風の前、北海道で初めて開発された初雫(はつしずく)から使っています。食米のきらら397やゆきひかり、餅米のきたゆきもちなど酒米以外の米も含めると、道産米の割合は63%。十数年前は全体の30%程度でしたけど、今は2倍以上ですよ」
かつては安さで、今は品質の良さで、地元の米が選ばれているらしい。
廣野さんによると、髙砂酒造の特長は厳寒地の気候風土を活かした酒造りにあるという。
「雪でつくったアイスドームの中に、もろみをつめた袋を吊して一滴一滴したたり落ちる酒を集めた『一夜雫』、酒のタンクを氷と雪の中で寝かせた氷雪づくりなど、雪や氷を利用したオリジナルの酒造りを手がけてきました」
ところが近年は、地球温暖化の影響なのか、2月に雨が降ってアイスドームに穴が開くなどの異常気象。品質的にも安全性でも問題が大きいと判断し、製造を打ち切る商品も出てきた。
いま力を入れて売り出しているのは、2017年発表の「旭神威」。搾りたての生酒を蔵内の氷温庫で貯蔵熟成させる氷温貯蔵の酒だ。大吟醸と純米大吟醸の2種類。すっきりと滑らかで、みずみずしい飲み口が好評だ。
社員40名弱の小さな蔵だが、若い世代が元気なのも、髙砂酒造の特色かもしれない。
若手社員5人が「自分たちでお酒をつくってみたい」と声を上げ、味の設計からボトルやラベルのデザインまで手がけたのが「純米酒 若蔵」だ。日本酒が苦手な人にも飲んでもらえるよう、フルーティーでやや甘口に仕上げてあるという。
こちらも2017年に新発売され、今は2年目の仕込みの真っ最中だ。
もうひとつ「農家の酒プロジェクト」というユニークな取り組みもある。「オール旭川で日本酒を造ろう」を合い言葉に、旭川市民と一緒に酒を造る試みだ。
市民に広く呼びかけて、酒米の田植えや稲刈りに参加してもらい、酒蔵での仕込みの見学、出荷前のラベル貼りまで、1年をかけて体験してもらう内容。2012(平成24)年から始まってすでに6年目。ワインのヴィンヤードではボランティアがぶどうの収穫を手伝うところがあるが、酒造りだって原料の栽培から体験できたら、きっと愛着が湧くに違いない。
酒造りとは少し離れるが、髙砂酒造はコラボ商品づくりにも熱心だ。
甘酒餅や酒かす羊羹、甘納豆などの和菓子系から、酒かすを使ったソフトクリーム、アイス、ジュレ、カタラーナ、バームクーヘンまで地酒スイーツがいろいろ。ほかにもエサに酒かすを与えて肉質を軟らかくした旭髙砂牛、酒かすで風味を深めたブルーチーズ、酒かすを使った化粧石けんなど、数え切れないほどの商品企画に参画している。
10年ほど前に一時経営不振に陥り、日本清酒の資本参加で再建した経緯もあり、日本酒ファンの裾野を広げようとする姿勢に揺るぎはないようだ。
男山酒造り資料舘
北海道旭川市永山2条7丁目1-33(国道39号沿い)
TEL:0166-47-7080
営業時間:9:00〜17:00(12/31〜1/3休館)
WEBサイト
髙砂酒造 明治酒蔵
北海道旭川市宮下通17丁目右1号
TEL:0166-22-7480(直売店直通)
営業時間:9:00〜17:30
※工場見学は1日2回(10:00〜、15:00〜)3日前までに要予約
WEBサイト
北の酒どころ旭川をめぐる旅。次回は合同酒精の大雪乃蔵をご紹介します。