家庭などで読み終わった本を集めて、図書が足りなくて困っている施設や団体に無償で提供できないだろうか。そう思いついたのは札幌で雑誌編集の仕事をしていた荒井宏明さん。教育関係者や図書関係者に声をかけ、ボランティア団体「北海道ブックシェアリング」を立ち上げた。
「必要とする図書はそれぞれの施設で違います。一方的に寄贈しても希望する本がほとんどないというミスマッチも多い。なので、本の提供を受けたい側が、直接選べる仕組みをつくれないものか、と」
2008年、とりあえず読み終えた本を集めることからスタート。当初は荒井さんが自宅で整理・分類していたが、活動が新聞で紹介されると本の寄贈と提供依頼が相次いで、手に負えない状態に。行政や社会福祉法人などの協力で本の保管場所を確保し、元図書館職員や元書店員など本の専門家がボランティアに集まってくれたことで、必要な本を必要な場所へ届ける仕組みが実現した。
活動を始めて3年目、NPO法人格の取得を目指して準備を進めていた2011年、東日本大震災が起きた。2カ月後に被災地を訪ねた荒井さんが目にしたのは、全国から支援として送られてきた本が適切に使われることなく放置されている状態だった。
県教委や自治体からの要望もあって、石巻市に分室「みやぎ復興支援図書センター」を設置。1年半の滞在の間、のべ150人のボランティアとともに図書の整理にあたり、宮城県や岩手県の公共施設に本を届ける活動を続けた。
また、図書館ごと流されてしまった陸前高田市に仮設図書館を寄贈しようと計画。北海道で約1000万円の資金を集めて平屋建てログハウスを建設し、2012年9月、同市に寄贈した。
「たくさんの道民が寄付を寄せてくれました。ログハウスづくりは札幌の大学生も手伝ってくれました。おかげで地域の方々が気楽に足を運び、新聞を読んだりお茶を飲んだりできる場所ができ、とても喜んでもらえました」
東北で経験した被災後の図書館復旧支援のノウハウは、昨年9月の北海道胆振東部地震でも生かされた。荒井さんは安平町・厚真町・むかわ町の3町で、図書館・図書室の被害状況や復旧の見通しを取りまとめて関係機関に伝達するなど、側面から復興を支えた。
2015年からは軸足を北海道に戻し、読書環境の改善に向けたアイデアを次々と実行に移している。
「本を使った地域おこしをしたい」という江別市大麻銀座商店街の呼びかけに応じ、毎月最終土曜日に「ブックストリート」という屋外古書市を企画運営。約3000冊の古書を1冊100円で販売するほか、ビブリオバトルや絵本投票などのイベントを開催。商店街の空き店舗には「古書店ブックバード」もオープンさせた。
また2016年から2年間、「北海道の無書店自治体を走る本屋さん」と名づけたバスを走らせ、道北(妹背牛町)・道南(鹿部町)・道央(喜茂別町)・道東(西興部村)などで新刊の絵本を販売しながら、地域の図書ニーズをヒアリングする社会実験も行った。
2017年からは札幌駅前通地下歩行空間の北1条イベントスペースを会場に、道内の図書に関する情報を共有するイベント「ぶっくらぼステーション」を開催。古本バザーの売り上げを活動資金にあてるほか、「情報誌ぶっくらぼ」の配布もスタートした。
去年6月には活動10周年を記念して「北の読書環境シンポジウム」を開催。11月には江別蔦屋書店のオープニングイベントとして「北の出版人本気&本音トーク」を主催するなど、毎年いくつもの新しい挑戦を続けている。
「読書環境が悪い、改善が必要だと、課題を正面から訴えるだけでは堅苦しくなる。やっぱり本の楽しさに触れてもらうのが一番。楽しくなくちゃ、何事も続かないからね」
いまボランティアのコアメンバーは14人、登録者は60人。毎週土曜に集まって本のクリーニングや整理・分類を行ったり、イベントの設営や運営に参加したり。なかには10年間、続けてくれている人もいるのだそう。重たい本を運んで並べて片付けて…決して楽な作業ではないはずだが、それでも続けてくれるのは、本に関わることが楽しいからなのだろう。
「北海道179市町村のうち人口1万人以下の自治体は122。そのうち図書カードが使えるという条件で調べると、71の自治体には書店が1軒もありません。屋号は書店でも業種替えしていたり、営業していないところもあるので、実態はもっと悪いかもしれません」
書店はなくても公共図書館ぐらいはあるだろうと思ってしまうが、公民館に図書室があるだけで、常駐の職員はおらず、書架も分類されていない状態のまちもある。逆に並の図書館より使い勝手の良い図書室もあり、状況は自治体ごとに異なるのだそう。
そして、最後の砦といえる学校図書館も状況は良くない。小学校の図書館の蔵書率は全国ワースト1位で、学校司書の配置は小中ともワースト2位。また学校図書購入の予算措置率も極めて低く、文部科学省の新刊購入の指針に対し、北海道の予算は半分以下だというから言葉も出ない。
「読書環境の地域格差は広がる一方です。そこで当会は今年4月から人口1万人以下の自治体の学校図書館の整備支援に力を入れることにしました。学校図書館は子どもたちにとってセーフティーネット。地域の声を聞きながら粘り強く整備のお手伝いをしていきたい」
要望があれば学校図書館まで出向いて蔵書の点検やアドバイスを行うほか、図書まつりなどイベントの手伝い、読書活動の支援、本の提供にも取り組む予定だ。
「ブックシェアリングの活動を始めたときは、10年続くなんて思ってもいなかった」という荒井さん。活動が拡大発展しつつある現状を喜んではいない。「なぜって、課題がそれだけ深刻だということですから。課題解決型のNPOは続けば続くほど、課題の解決能力がないということになってしまう」と嘆息する。
解決しなければならない課題は山積していものの、だからといって手をこまねいているわけにはいかない。組織をNPOから一般社団法人化したのも、活動が途切れることなく続く体制をつくるためだ。とはいえ専従の職員は代表理事を務める荒井さん含めて2人だけ。活動資金も半分を寄付や助成金に頼っており、荒井さんは大学講師の給料まで持ち出しているのが現状だ。
荒井さんはいま、公立図書館や学校図書館、書店など、本に関わるさまざまな業界や組織をつなぎ、従来の枠組みを超えて活動を広げていきたいと考えている。私たちがシェアしなくてはならないのは本だけではなく、北海道の読書環境を向上させたいという、その理念だろう。
半世紀前、寺山修司が若者をたきつけた惹句「書を捨てよ、町に出よう」にならえば、いまならこうだ。「書を集めよ、まちへ出そう」。死蔵されている本が、貧しい読書環境に置かれた子どもたちの手に渡れば、未来の読み手を育てることになる。ひいてはそれが書店や出版業の生きる道もつながるはずだ。
一般社団法人北海道ブックシェアリング
北海道江別市大麻東町13−52
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