アイヌの里で「いただきます」

トマトや和牛など、平取の味覚が一度に味わえる「ニシパの恋人ランチ」(※写真は「くろべこ」の「びらとり和牛トマトソース煮込みハンバーグ」)

平取町を訪れたなら、この土地ならではの食も楽しみたい。「ニシパの恋人」のブランド名で知られるトマトをはじめとする農産物、最高級ランクを誇る黒毛和牛「びらとり和牛」や黒豚、米など食材は豊富で、それらを育む農村景観は町の大切な財産だ。アイヌ文化だけではない町の魅力について、地元飲食店でつくる「びらとり地産地消の会」代表を務める、びらとり和牛専門店「くろべこ」の山口尚之店長に聞いた。
新目七恵-text 伊藤留美子-photo

「ニシパの恋人ランチ」から始まった地産地消の取り組み

「二風谷コタン」から札幌に向かう国道237号沿い、田んぼの真ん中にびらとり和牛専門店「くろべこ」はある。店長の山口尚之さんは、町内6軒の飲食店で作る「びらとり地産地消の会」代表だ。会発足の経緯について、山口さんは「2007年頃、旅行観光雑誌の企画で町の『ご当地グルメ』を作ることになり、平取町商工会の呼び掛けで地元の飲食店が初めて集まったんです」と話す。

当初求められたのは統一メニューだったが、「店の特徴を最大限生かしたい」とあえてレシピは決めず、参加店の創意工夫に任せることに。その代わり、「お米は平取産を使用する」「お肉は『びらとり和牛』、『平取産黒豚』のうちいずれかを使用する」「びらとりトマト又はびらとりトマトの加工品を使用する」「価格は980円(税込み)」などと定義を設け、「ニシパの恋人ランチ」の名で提供することにした。夏と冬の半年ごとに内容を変え、各店が趣向を凝らしたメニューを競作するこの企画は、今年で13年目を迎える。

じゃんけんぽん「びらとり和牛と黒豚のトマト煮込み」(写真提供:びらとり地産地消の会)

びらとり温泉ゆから「平取産黒豚のヒレ肉丼 にんにくバターソースで元気モリモリ!」(写真提供:びらとり地産地消の会)

味処いこい「黒豚ととまとのマリアージュ」(写真提供:びらとり地産地消の会)

生そば藤「黒豚肉そばとミニ天丼」(写真提供:びらとり地産地消の会)

「くろべこ」の「ニシパの恋人ランチ」について、山口さんは「ここ数年は好評のハンバーグをメインに、夏はフレッシュな焼き生トマトやトマトライスを付けて、冬はオリジナルのトマトソースで煮込んで提供しています」と説明。冒頭のTOP画像で紹介した2019年冬バージョン(2020年5月末ごろまで提供予定)を実食してみると、トマトソースの酸味がハンバーグにぴったり! そう山口さんに伝えると「そうでしょう」と嬉しそうな笑顔が返ってきた。

「同じ飲食業とはいえ料理人が集まる機会はなかなかないので、良い刺激になります」と会の意義を語る山口さん。2016年には、メンバーでお土産商品を考案。試行錯誤の末、完成した「びらとり和牛 贅沢ハヤシ」は、トマトの酸味が引き立つデミグラスソースに「びらとり和牛」がたっぷり入ったレトルト商品で、1袋860円(1人前200g)と少し値が張るが、「地味に売れ続け、毎年必ず作り直しています」と山口さんは話す。

「びらとり和牛 贅沢ハヤシ」は「地産地消の会」加盟店で購入できる

さらに3年前からは、平取高校の部活「トマトクラブ」と交流。部員たちが考えたアイデアレシピを、加盟店の一部で期間限定提供する企画も実施している。「生徒たちがやる気を出してくれるのが励み。食育の一環として続けていきたいです」と山口さんは話す。
「ご当地グルメ」から始まった「びらとり地産地消の会」は、店を訪れる観光客だけでなく、地元の作り手や若者たちに地場産食材の魅力を再発見させる貴重な活動となっている。

 

美味しさ支える文化的景観

そもそも「ニシパの恋人」とは、平取産大玉トマト「桃太郎」のブランド名だ。「ニシパ(アイヌ語で「紳士、旦那、お金持ち」の意味)が健康な体を保つために真っ赤に熟れたトマトを毎日食べ、恋人のように愛してしまった」という創作ストーリーを基にJA平取町が名付け、1986年から販売をスタートした。北海道は全国有数のトマト産地だが、なかでも沙流川沿いに広がる平取町の冷涼な気候は産地として最適。今や道内の大玉トマトの栽培面積の4割近くとなる100ha以上でハウス栽培を行っている。

一方、「びらとり和牛」の始まりは、島根県から繁殖牛が導入された1962年。もとは軍馬や農耕馬の林間放牧地として使われていた広大な土地を利用し、春から夏にかけて放牧されるのが特徴で、肥育には妊娠期間を含めて約40カ月もの時間と労力が必要だという。冬の寒さを乗り越えることで肉の旨味が凝縮され、その多くは日本食肉格付協会の定める最高ランク・A-5に格付けされている。

トマトのビニールハウス群が点在する農村風景。広い草地で牛たちがのびのびと過ごす情景。町の基幹産業の今を伝えるこうした景観は2007年、国の重要文化的景観に指定された平取町の「アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観」に含まれている。

「びらとり地産地消の会」代表の山口さんが「びらとり和牛」と出合ったのは、約30年前。大手スーパーで精肉を10年近く担当し、北海道に帰郷して焼肉店を経営した頃のことだった。「ほかの肉と違い、しっかりした濃い味わい」に惹かれ、やがて平取町に移住し、「びらとり和牛」の直売に携わるように。町内唯一の卸売も行うびらとり和牛専門店「くろべこ」をオープンさせたのは、2010年のことだ。

夕張出身、平取に住んで25年の山口さん。人生を変えた「びらとり和牛」本来の旨味をシンプルに味わえるステーキは「くろべこ」の看板メニューだ

「くろべこ」のある紫雲古津(しうんこつ)は重要文化的景観の対象エリアではないが、地名はアイヌ語に由来。「西・の・窪」を意味する「スムウンコツ」や「鍋・の・沢」を意味する「スウンコツ」など諸説あるという。そんな歴史を持つ土地で店を持ち10年の山口さんは、「窓から見える山並みから朝日がポッと昇る様子に、つい見とれてしまいます。平取は気候が穏やかで土も水も良い。だから先住民の方々も私たちも住みやすく、牛や野菜もよく育つのでしょう」と話してくれた。平取の食を育む美しい自然景観もご馳走の一部なのだ。そう思うと、雪解けの春がいっそう待ち遠しくなった。

くろべこ
北海道平取町紫雲古津200-2
TEL:01457-2-4129
営業時間:レストラン/11:00~15:00(LO.14:30)、17:00~20:00(LO.19:30)、売店/11:00~19:00
定休日:月曜(祝日の場合はその翌日)
WEBサイト

▼「くろべこ」以外の「ニシパの恋人ランチ」の提供店は次の通り。
じゃんけんぽん WEBサイト
びらとり温泉ゆから  WEBサイト
味処いこい  WEBサイト
生そば藤  WEBサイト

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