「まなびまくり社」が広げる、教育×まちづくりの可能性

SDGsの視点で、高校生が地域や社会の課題を自分らしく捉える「まなびまくり社」の講座風景

高校生の思いを地域課題とリンクさせ、まちづくりのアイデアを考える「さっぽろまなびまくり社」。SDGsといったグローバルな視点を取り入れ、札幌市南区の真駒内エリアで始まった試みは、札幌の高校生たちによる2期生の活動が今年も本格化。立場も年齢も様々な実行委員会、通称“ごちゃまぜ探究集団”の林匡宏(はやし・まさひろ)代表に話を聞いた。
新目七恵-text 伊藤留美子-photo

君の「野望」を聞かせてほしい

「『こうなってほしい』ではなく、『こういう町になるために、私はこれをやりたい』という気持ちがあれば、ぜひ話してください」
6月中旬、札幌市内で行われた「まなびまくり社2021」の第1回講座で、実行委員会代表の林さんはこう呼び掛けた。
集まった約30人の高校生は緊張した面持ちだったが、林さんの「最初からそんな意識が必要なわけではありません。徐々に、で大丈夫。みんながやりたいこと、社会が求めていることを少しでも実現できたらと思います」というアドバイスを受け、「やりたいことは決まってないけど、全力で楽しみたい」「今までの自分から変わりたい」など、参加した動機や率直な思いを明かした。

6月に行われた2021年度講座キックオフの様子

「まなびまくり社」は、札幌の高校生が地域・社会課題を発掘し、解決策を探る取り組み。
高校生がまちづくりに取り組む事例は少なくないが、「まなびまくり社」がユニークなのは、彼らと一緒になって取り組む実行委員会の存在だ。メンバーにはまちづくり団体関係者や高校教員・大学教授のほか、カフェオーナー、絵本作家、公共団体などの職員などがずらり名を連ねるが、「高校生に教えるというスタンスではなく、立場や年代を超えて誰もがフラットに学び合い、自分に合った関わり方を探る“超任意参加型社会探究集団”です」と林さんは話す。
とはいえ、高校生が初対面の大人とすぐに上手く関われるとは限らない。関係を築く第一歩が、自己紹介時のルールとして伝えられる、冒頭の呼び掛けである。

8月20日に行われた第3回講座の様子。約30人が5つのコースに分かれ、実行委員の大人たちと議論を交わした

「自分事として宣言できる“野望”なら、色々な人が協力し、実現できるチャンスが生まれます」と林さんは説明する。
実際、この日の自己紹介でも、「再生可能エネルギーに興味がある」という高校生の言葉に「エネルギー好き」を自認する大平英人(おおひら・ひでと)札幌市南区長が反応し、札幌市の施策などを紹介。また、南区に住む高校生が「おいしいものが中心部でないと食べられない」と発言したのに対し、すすきのでカフェを経営する若月麻美(わかつき・まみ)さんが「コロナでテイクアウトを検討したけれど、ごみの問題で簡単に始められなかったので、一緒に考えられれば嬉しい」と話す一幕があった。

高校生ならではの感覚や発想をすくい上げ、住民や地域の悩みと結びつける手法は、どうやって生まれたのだろう。林さんによると、発端は少子高齢化や衰退が懸念される札幌市南区真駒内の商店街を舞台にした地域活動だったという。

 

「学び合い」から生まれるもの

「Co-MEGANE(コメガネ)」と名付けられたその場所は、レトロな雰囲気が漂う真駒内上町商店街の一角にある。その名の通り、眼鏡店だった空き店舗を活用し、真駒内の未来を考える住民活動の拠点として2019年に誕生した。

昔ながらの商店街に生まれた交流スペース「Co-MEGANE」(写真提供:まなびまくり社)

この場を計画したのが、真駒内のまちづくり市民団体「まこまない研究所」と、NPO法人「エコ・モビリティ サッポロ」だ。
前者は、北海道の総合設計事務所に勤めていた林さんが、社外の仲間と札幌市の「真駒内の未来を考えるまちづくりアイデアコンペ」に応募し、優勝したのをきっかけに2015年に発足。一方後者は、環境に配慮した交通手段・ベロタクシー(自転車タクシー)を2008年から札幌で運行するNPO法人だが、2015年からは真駒内で「SDGs」(Sustainable Development Goals=国連が2030年までに達成を目指す「持続可能な開発目標」)に関する意識調査や実証実験などにも取り組んでいた。
時同じくして真駒内エリアで活動する両団体は交流するようになり、「色々な人を巻き込んでまちづくりしたかった僕が、エコ・モビリティ サッポロのトークイベントで『真駒内の皆さん、友達になってください!』と呼び掛けたんです。その時、札幌藻岩高校の長井翔(ながい・かける)先生がすぐ応じてくれ、高校生を含めた活動の形が見え始めました」と林さんは振り返る。

大阪生まれ、筑波大学大学院芸術研究科修了後の2008年、就職で北海道に移り住んだ林さん。札幌市真駒内との関わりは7年ほど前に遡る

未来のため行動する大人たちと、未来を担う若者たち。さらに、地域のお年寄りや幼児などさまざまな人が自由に集まるスポットとなった「Co-MEGANE」で始まったのが、「まなびまくり社」の前身となる活動。大人も子供も“野望”を発表し、コミュニケーションを重ねながら商店街の活性化や広場の活用策を考えることだった。

「0期生」と呼ばれる2019年の活動で、林さんの印象に残った取り組みの一つが、藻岩高校生が考えたアップルパイ販売だ。近くに短大があるのに学生が商店街を素通りしてしまうことから「食べ歩き文化を作ろう!」と始めた企画だったが、「最初は先生に連れてこられ、何が何だか分からない様子だった高校生が途中で“目覚め”、積極的に試作品を考えるなど変化した様子に感動しました」と林さん。チームメンバーの中には、まちづくりをもっと学びたいと進路を変えた生徒もいたという。

すぐに売り切れるほど人気を集めたアップルパイ。0期生はこのほか、マルシェなど様々なイベントに挑戦した(写真提供:まなびまくり社)

「教育×まちづくり」の可能性を示した「Co-MEGANE」の活動は、翌2020年に札幌市教育委員会の高校間連携教育プログラム事業に認定。これまでNPO法人「エコ・モビリティ サッポロ」が独立行政法人環境再生保全機構から助成を受け、真駒内を対象にした「楽しく快適なSDGsコミュニティ創造事業」の一つとして取り組んでいる「まなびまくり社」は、南区の高校生だけでなく、札幌の公立高校生なら誰でも参加できる講座「さっぽろまなびまくり社」となり、実行委員会として新たなスタートを切った。

ちなみに、「まなびまくり社」のネーミングについて、林さんは「高校生と活動する中で『これって互いに学び合っているよね』という実感があり、3秒で決めました」と笑う。
SDGsとLEED(世界で最も広く利用されているグリーンビルディングの評価システム)を基に「持続可能で常に新しいことが生まれているか」「存在すること自体が地球環境改善の発信になるか」という2つの視点を大切にしている「まなびまくり社」だが、そもそも新しい何かを誰かと生み出すには、「学び合う」という謙虚な姿勢から生まれる信頼関係が前提にあるだろう。「まなびまくり社」の「探究」というキーフレーズは、そんな風通しの良いチームの中で、誰もが主体性を持って行動する楽しさを伝えている。

 

本当の狙いは、発表会の後に

さて、札幌市教委の公式プログラムは、5~9月の月イチ講座と課外活動を経て、チームごとにまとめたまちづくりアイデアを10月に発表して終了となる。だが、「まなびまくり社」最大の狙いは、その後にある。発表をアイデアのまま終わらせず、実践に向けて参加者が自主的に動く「自主探究活動」が始まるのだ。

高校生の提案に協力してくれそうな住民や地元企業を探すのは困難にも思えるが、ここで重要な役割を果たすのが、“ごちゃまぜ探究集団”こと実行委員会の面々だ。「それぞれがもともと関わる活動を持ち込んだり、人脈をフルに生かしたりしてマッチングできるのが強みです」と林さんは話す。
2018年からまちづくりコーディネーターとして独立した林さん自身、道内外で30ほどのプロジェクトに携わる。聞けば、前回のカイ特集(水脈とメム)で私が取材した「キノマド」記事で紹介した市民活動「あしたのしあたあ」を設立したのも林さん! 一方で江別のまちづくりにも深く関わり、大麻銀座商店街のゲストハウス「ゲニウス・ロキが旅をした」の代表も務め、もちろん今回のカイ特集で最初に登場いただいた「えべつセカンドプロジェクト」ともつながっているそう。だからたとえば、「音楽好き」の生徒をアートイベントに巻き込んだり、創作を希望する生徒に廃材を提供できる木材会社を紹介したりすることも即可能なのだ。

また、実行委員会副代表の竹村真奈美さんはパソコンとパステルのインストラクター。パステルを地域に広める「まちイキLab」という活動に仲間と取り組む中、「Co-MEGANE」の拠点作りに携わるようになり、仲間と「まなびまくり社」に発展させていった。「まなびまくり社は先が分からないから面白い。活動を通し、地域に求められていることは何かという視点の重要性に私自身も気づかされました」と話す。

2020年度の1期生は、コロナ禍のためZoom上で発表が行われたが、団地広場で冬縁日を通した多世代交流を提案したチームのアイデアは見事実現。また、新しいコミュニティスペースの案に採用され、開設を手伝ったチームもあった。「高校生の思いに、色々な人の心が動かされていくプロセスこそが魅力です」と林さんは語る。

団地の子どもたちと協力してアイスキャンドルを並べたイベント会場(写真提供:まなびまくり社)

コロナ禍でオンライン中心、せっかく会えてもマスク着用の中、「まなびまくり社」の熱量を共有するのに一役買っているのが、「ライブドローイング」という林さん特有のスキルだろう。
これは、議論内容を絵や図などに可視化して記録するファシリテーションの手法「グラフィックレコーディング」を独自に発展させたもの。「自己紹介をその場でイラスト化すれば、チーム編成まで一気に進めることができます」と林さんはメリットを語る。


参加者の声をどんどんイラスト化する林さん得意のライブドローイングは、「まなびまくり社」の原動力の一つ(写真提供:まなびまくり社)

確かに、参加者の意見を反映させたイラスト画は見ているだけで楽しく、ビジュアルイメージとして分かりやすい。何より手描きの温かみが、参加者の背中をそっと押しているような気がする。

 

学びを文化に。街の魅力に。

「まなびまくり社」にまつわる素敵なエピソードを聞かせてくださる林さんに、ちょっと意地悪な質問をぶつけてみた。多様な立場や世代の人間が集まればトラブルもつきもの。問題が起きることはないですか?
「それって…話すしかないんですよね」と林さん。たとえば「高校生のレスポンスが遅い」という声があったとき、事情を確認し、両者の仲を取り持つのも実行委員会の役目。人と人をつなぎ、思いを実現するカギは、地道なコミュニケーションの積み重ねにある。
そして、林さんはこう続けた。
「僕たちは単に高校生がまちづくりする場を用意したいのではなく、まちづくりも学びも一緒になった、札幌の新しい魅力作りの仕組みを作りたい。まちづくりという言葉はあまり好きではなく、皆の意識や行動の結果が“まち”なのかも。企業、行政、教育が一体となって地域で活動する『まなびまくり社』が、持続可能な地域文化や街の活性化、ビジネス発展などのプラットフォームになればと思います」。

「まちづくりに高校生は欠かせない」と強調する林さんだが、会社員として都市デザインや都市計画・都市開発のコンサルティングに奔走していた20代の頃は考えもしなかったという。
高校生の秘める可能性に気づかされたのは、「まなびまくり社」での経験から。「未来の担い手となる若者の声に耳を傾ける地域の在り方、大人の状況こそが大事なんです」という言葉に、多様な主体を鮮やかにつなぎ、新しい街の価値を生み出そうとする理念を感じた。

「まなびまくり社」2期生の発表は10月の予定。今年はどんなアイデアが飛び出し、どんなつながりが生まれるのだろう。想像してワクワクしているのは、私だけではないはずだ。

Zoomを使い、全国各地の実行委員とも意見を交わす「まなびまくり社」。ポーズは頭文字の「M」を示した“まなびまくり社ポーズ”

まなびまくり社
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