ここが安心できる社会のサンプルになればいい — UNTAPPED HOSTELの場づくり

(写真提供:UNTAPPED HOSTEL)

北18条駅から歩いてすぐの場所に昨年10月末、小さな書店がオープンした。困窮者を一時的に受け入れるシェルター併設のSeesaw Booksである。経営するのは隣接するゲストハウスUNTAPPED HOSTEL代表の神輝哉(じん・てるや)さん。書店とシェルターの組み合わせは何を意味するのか。その始まりからさかのぼって聞いてみた。
井上由美-text 伊藤留美子-photo

コロナ禍で売り上げゼロの危機

神さんが北18条駅そばの5階建てビルを買い取ってゲストハウスを始めたのは2014年。大学を卒業後、東京で大手出版社に勤めていた神さんは、結婚を機に生まれ育った札幌にUターン。アパレル業や宿泊業で経験を積み、満を持してオープンした宿だった。

「とくに北大エリアで、というこだわりはなくて、建物ありきで選びました。駅チカで便利な立地だったこと、宿だけではなく飲食などプラスアルファの機能を持たせられるスペックだったことが決め手でした」

ビルの玄関ドアを開くと1階にあるのは円山から移転した人気店「ごはんや はるや」。カウンター席の後ろをすり抜けた奥の階段を上がると、2階にゲストハウスの共用キッチンとリビングがある、変わった設計だ。

客室は相部屋のドミトリールームを中心に、ダブルルーム、グループルームなどさまざま。ちょうどインバウンドが飛躍的に増えた時期と重なり経営は順調で、2年後にはビルの裏手の古民家も借り受けて別館とし、敷地内で数多くのイベントも主催してきた。

タイから運んだ建材や地元の古材を利用した個性的な内装。神さんと仲間たちでリノベーションした(写真提供:UNTAPPED HOSTEL)

しかし2020年の3月、新型コロナウイルスが猛威をふるい始めると、客足はパタッと途絶えてしまった。
売り上げがゼロになる危機的な状況。そんなときに目にとまったのが、ネットカフェの閉鎖で行き場を失った人が都内に急増しているというニュースだった。
札幌でも同じようなことが起きているのかもしれない。神さんは自分になにか手伝えることがあれば、と困窮者支援を行う「北海道労働と福祉を考える会」に連絡をとり、札幌市ホームレス相談支援センターJOINのメンバーと知り合ったのをきっかけに、別館を困窮者の一時的な受け入れ先(シェルター)として提供することを決めた。

「なぜシェルターを始めたのかと聞かれると、いまだに答えに窮するんです…。自分も実際に困っているけれども、より困っている人がいる。がらんとした状態の宿を利活用できるのであれば、ちょっとでも役に立ちたい、という気持ちだったように思います」

神輝哉さん。大学在学中にバックパッカーとして海外を旅したこと、父親の仕事関係者など多様な人が出入りする、にぎやかな家に育ったことが、ゲストハウスの開業につながっていると言う

ゲストハウスに困窮者を迎えて

2020年5月から翌年7月までの間に10〜80代まで80人を受け入れ、寝床と食事を提供した。
連携するJOINのケースワーカーが住まい探しや生活保護の申請を手伝い、落ち着き先が決まるまで、入居期間は人それぞれ。神さんは彼らと日常的に接し、会話を交わし、ときには入居者同士のケンカの仲裁もして、次第に決意が固まった。このシェルターを継続しよう、と。

ゲストが自由に使えるUNTAPPED HOSTELの共用キッチン。コロナ禍以前は数カ月滞在する人もいた

「宿に専念したほうがいいのは間違いないんですけど。やっぱり一度知ってしまった以上、こういう場所が必要だろうというのが率直な気持ちですかね。生活に困窮者する方やホームレスの方は、どうしても隔離されがちというか、あまりひとめに触れない場所に追いやられてしまう。でも物理的な距離を近づけて知る機会をつくれば、お互いにいい影響を与えあえるんじゃないかと」

そのためにはどのような仕組みが有効か。あれこれ考えたあげく別館の1階を書店に改装、2階をシェルターにして「カルチャーと福祉の境界を溶かす」ような場をつくろうと考えた。

「自分にも子どもが2人いるんですけど、子どもの将来とか、このまちの、さらにいえばこの国の未来とか考えると不安なことが多い。どうなっちゃうんだろうと思ってるのは、僕一人じゃないと思うんです。であれば、大人としてなにか役割を担う必要があるんじゃないかと。そういう気持ちが芽生えだしたのは、やっぱりコロナがきっかけかもしれないですね」

神さんはスタッフの雇用を守ろうと、既にホステルのビルを売却。家賃を払いながらの営業を続けている。シェルターも札幌市の事業として委託を受けて運営したのは一時期だけで、その後は独自に助成金を申請したり、不足分は持ち出したり、全てを自力で運営していた期間もある。
とても書店の開業にまわせる資金はない。
そこで、やむなく挑戦したのがクラウドファンディング(CF)だった。

「CFをカジュアルに使う若い人もいますが、僕はかなり抵抗があって。多少のリターンを用意するにせよ、人様からお金を頂戴するのは気が引けるというか。だから一生に一度くらいの覚悟でした」

改装費用と当面の書店の運営費として150万円を募ったところ、目標額をわずか1日で達成。遠く福岡や大阪からの寄付も含め、2カ月間に580人から732万円が寄せられた。さらに知人や友人から手渡しされた分をあわせると787万円、目標の5倍近くになる多額の寄付が集まった。

「ただただありがたいな、という思いです。コロナ禍の不安の裏返しかもしれませんが、困ったら相談できる場所がある、支え合える環境がある、そんな世の中のほうがいい、という思いが、なんとなく草の根的に拡がってきているのでは…と感じています」

 

「書店+シェルター」をオープン

CFで寄せられた支援を原資に別館を改装し、書店「Seesaw Books」は2021年10月30日に開店した。
それにしてもなぜ書店だったのだろう。まちの書店が軒並み姿を消している今、あえて書店を開く理由とは——。
「福岡や京都市、高崎、金沢など札幌より規模の小さい都市にも独立系書店があるのに、なんで200万都市の札幌にないのだろう、という思いがまずひとつ。もうひとつは、本屋が開かれた場所であるということが理由です。冷やかしでもふらりと立ち寄れる。そういう場所は書店以外にはあまりないなと、と」

17坪の店舗に宿、旅、福祉、文化などの分野の新刊が4000冊。選書もスタッフで行っている

本の売り上げだけでは収支が見合わないのは分かっていたので、店頭でコーヒーやソフトクリームなども販売。書架の棚を1年間貸し出す棚オーナー制度や、イベントの開催、オンラインでの配信なども交えながら収益確保を目指している。
本屋の開店が一段落した12月からはシェルターの受け入れも再開。最初は家族、取材に伺ったときは単身女性が入居していた。2階の居室へは書店のカウンター前を通る動線になっている。

「書店のお客さんとシェルターの入居者さんを無理してつなげるようなことはするつもりはないんです。ただシェルターを出た後も、何かあったらここに来ればいいと伝えたい。現状はそんなつながりすらない状態のことが多いので」

神さんはこのSeesaw Booksを「みんなでつくる、みんなの書店」と謳っている。
「シェルターをやっているから寄付お願いします、ではなくて、本屋をまちに欠かせない機能のひとつとして、みんなで支えてもらえるような仕組みを考えたい。在り方として目指すのはシアターキノさん(市民出資によるNPOの映画館)。憧れというか、いつも尊敬の念をもって見ています」

宿は神さんとスタッフ2名でしばらくやりくりしてきたが、書店の開店にあわせ、尾道出身の原田虹子さんが仲間に加わった

イベント感覚で炊き出しも実施

UNTAPPED HOSTELでは、シェルターとは別に「おおきな食卓」と名づけた炊き出しと食料配布も行っている。2021年は3月と11月に開催した。
きっかけはシェルターの取り組みをSNSで知った女性が宿を訪れ、名前も名乗らず5万円の寄付をしてくれたこと。使途のわかる形で支援に使わせてもらおうと話し合い、住まいをなくした方や困っている学生を対象に、お弁当やお米、レトルト食品を配布した。

「北18条は学生街で一人暮らしの大学生や専門学校生が多いのですが、授業はオンライン、サークルは活動停止で、友達をつくる機会に恵まれず孤立している人も少なくない。バイトを失い生活に支障が出ていたりする学生や留学生の声も耳にしました」

弁当やお米、レトルト食品の配布から、豚汁の無償提供、無料のヘアカット、11月には冬物衣類の配布まで。同じく困窮者支援の活動をしている羊屋白玉さん(劇作家・演出家)のほか、趣旨に賛同してくれた飲食店や美容師、学生のボランティア、大勢の協力者が集結した。これからも年に2回のペースで続けていくつもりでいる。


イベント開催のノウハウを生かし、これまで社会問題に興味がなかった人も参加しやすい雰囲気を心掛けた(提供:UNTAPPED HOSTEL)

「共に支え合う社会」を実装したい

「僕はボランティアで支援するつもりはないんですよ。ボランティアでやれるくらい裕福だったらやるんですけど、そうなると裕福な人しかできなくなっちゃう。世の中の格差はさらに広がるし、実際そうなっていますよね」

今後、シェルター運営に関しては非営利型の一般社団法人化を目指していく予定。赤字を出さない仕組みを考えながら、あれこれ試していくつもりだ。

「共に支え合う社会というのを、僕らの生きてる社会の中に目に見えるかたちで実装したい。いろんなサポートがあると分かれば、みんな安心できるじゃないですか。そしたらシェルターなんていらなくなる。安心できる社会のサンプルみたいなものを、この場所で実現したいという気持ちはありますね」

宿の側道を奥に進んだところにある書店の入口。2階のシェルターは最大4人が入居可能

いま検討しているのは、宿の横の庭や書店のテラスを使った夏のビアガーデン、コロナで延期になっている周年イベントの開催、さらに支援系ではフードバンクに携わりたいと考えている。

「寄付だけではなく、手伝いますと言ってくださる方も多くて…。僕は運営側ではあるんですけど、なんていうか、僕の手を離れて、みんなの場所という気がしているんですよ」と神さん。

とはいえ、これだけ多くの人の期待が寄せられると、そのぶんプレッシャーも大きいのではないだろうか。
「あんまり考えないようにしていますね。背負っているものにとらわれると病んでしまいそうですし、それは支援してくれた方も望むところではないと思うので。とにかく継続していくこと。ここをポジティブな力を放てる場所としてキープしていくために、あまり自分にヘンな負荷がかかるようなかたちになるのは気をつけたいと思っています」

コロナ禍で飲食業や観光業が突然、窮地に陥ったように、自分の生活もいつどうなるか分からない。そう不安に感じている人は少なくないだろう。
明日は我が身とびくびくするのではなく、困ったときはお互いさまと手を差し出せる社会へ、弱ったときは臆さずに助けてと言える社会へ、変えていきたい。

「ほんとうに微力ですけど、おかしいなと思うことを少しでも是正する力になりたい。こっちの社会のほうがいいじゃん、というのを、ひと足先にやってるつもりなんですよね」

「未開発の」「まだ見つかっていない」という意味のUNTAPPED(アンタップト)を名前に掲げる宿。「こうあってほしい社会」を切り拓いていく開拓者たちの拠点となっている。

宿の外壁にはイザベラ・バードの「日本奥地紀行」の一節が原文で書かれている(写真提供:UNTAPPED HOSTEL)

UNTAPPED HOSTEL(アンタップトホステル)
Seesaw Books(シーソーブックス)

北海道札幌市北区北18条西4丁目1−8
TEL: 011-788-4579
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