一般のコーヒーとスペシャルティコーヒーとの違いは、大雑把にいうと生豆の品質と流通量にある。スペシャルティの生豆は、生産国での栽培管理、収穫、生産処理、選別、そして消費者に届くまでの品質管理が適正に行われ、欠けたり色味の悪い欠点豆が極めて少ない。徳光珈琲で使用する生豆は、南米、中米、アフリカ、アジアなどの生産地にオーナーが自ら足を運び厳選したもの。「自分の目で確かめた素材を使うことが重要。現地を訪れてみると、商社や日本で入手できる情報とは全く違うこともあるんですよ。やはり、生産者の思いみたいなものは、行かないと分からない。ワイン業界ではよくテロワール(土地を意味するフランス語terreから派生)という言葉を使いますが、コーヒーも同じ。生産地の地形や地勢、気候、農園や畑の手入れの仕方など、育成環境を自分の目で見て判断することで、どんなコーヒーに仕上げたらいいのか見えてきます」と徳光さん。
店をオープンして最初に訪れたのは、中米のグアテマラとコスタリカ。適度な寒暖差や肥沃な土壌に恵まれた中米を代表するコーヒー生産大国だ。「コーヒーは、圧倒的に貧困国で栽培されていることが多く、基本的に外貨を稼ぐためにある。だから、どうしても生産量に目を向けた品種改良になりがち。そんな中、グアテマラのサンタカタリーナ農園では、在来種系の品種ブルボンを伝統的な栽培で継承しつつ、よりおいしくするためにはどうしたらいいのか、非常によく考えて生産しています。農園主のペドロ氏は、ファミリーで150年ほどコーヒーを栽培している4代目、とても優秀な農学博士でもあります」と、選び抜いた生産地には絶対的な信頼を寄せている。
徳光さんが珈琲店の経営を意識し始めたのは、大学の学校祭での経験が大きい。札幌で名店と呼ばれていた「アンセーニュ・ダングル」や「ランバン」でアルバイトをしながら、柴田書店が出版した焙煎士の本をきっかけに、全国各地の気になる焙煎士めぐりを始めた。「スペシャルティコーヒーが日本で動き始める前の時代でしたから、豆をどんなルートで仕入れたらいいのか模索していました。商社が輸入した豆は問屋に卸され、流通はしている。けれど、その品質がどうなのか、われわれ扱う側が把握できないことが多過ぎた」と、当時を振り返る。1948年からコーヒーだけを出し続ける銀座の老舗「カフェ・ド・ランブル」、コーヒー愛好家の巡礼地だった吉祥寺の「もか」、焙煎のレジェンド田口護氏がいた南千住の「カフェ・バッハ」など、魅力的な焙煎士たちの話を直に聞きたくて、資金を稼ぐためのアルバイトを掛け持ちしていた時期もあるという。
焙煎の奥深さにのめり込んでいった徳光さんだが、大学卒業後、社会勉強のため保険会社に勤務した。「損保の営業は代理店との付き合いが多い。いろいろな方と接するので、コミュニケーション能力が鍛えられた。現在の取引をする上でも、あの7年間は無駄ではなかったと思います」。東京でサラリーマン生活を送りながらも、自分の店を持つ準備は着々と進めていた。徳光さんの背中を大きく押したのは、世田谷にある「堀口珈琲」との出合いだ。多忙な日々をこなしながらも、堀口珈琲研究所のコーヒーセミナーに通い、スペシャルティコーヒーに目覚めていく。「創業者の堀口俊英さんは、アパレル系の異業種から参入した方。業界の常識は、非常識なことが多い。より良いものを追求するときに、これはおかしいと言えることが大切。最初の言い出しっぺはすごく叩かれますが、そこを曲げずに徹底的に品質に向けたアプローチをしていくべきだ」と教わりました。
保険会社を退職し、堀口珈琲で3年修業。北海道に戻り、石狩での開業を決めたのは、小樽忍路の崖の上にあるベーカリー「Aigues Vives」の存在があったからだ。「100人いたら100人が選ばないへんぴな場所でも、自分が信じた上質なものを出していたら、必ずお客さんはついてくれる」と確信した。2005年の夏から秋にかけて、週末はAigues Vivesの庭でコーヒーを販売させてもらい、11月に石狩店をオープン。忍路で気に入ってくれたお客さんが石狩まで足を運んでくれるようになり、店で始めた珈琲教室の生徒さんのつながりでワインスクールに通うようになり、そこでの出会いが円山の出店につながった。「大通に出店を決めるとき、周りのほとんどが反対しましたね。リスクはあると思いましたが、やはりチャレンジしないと。おかげで多くの方に徳光の味を知ってもらえたし、卸先もずいぶん広まりました。大通店は来年で15年になります」
ネット検索がこれほど広まる前、喫茶店は情報交換の場でもあった。「コーヒー愛好家は、放浪者。あの店が旨いと聞けば、ついあちこち放浪してしまう(笑)。それでも、やっぱり徳光に戻ってきてもらえたら嬉しいし、お客さんと一緒に成長できるような場所でありたい。今は働く人の確保が非常に大変な時代。資材の高騰も含めて、従来のビジネスモデルが通用しなくなっています。これからは地域の人が働いて、地域の人が利用するような店にできるのが、いちばんいいのかな。いろいろな時間帯で、いろいろな世代の人が交流できるような…」と、経営者の顔を覗かせた。
深煎りのコーヒーが旨い店は、照明が暗く、ジャズが流れ、カウンターでは小難しい話をしている。そんなイメージが強いと話すと、「それ、かなり昭和ですね~」と笑われた。「北海道は文化的に深煎りの嗜好が強い土地柄ですが、今はコーヒーの多様化がすごく進んでいます。特に若い人には分かりやすい味が評価を受ける時代。たとえば、フルーティとか、フローラルとか。そうするには、豆を浅煎りにするしかありません。時代はすごく変わりました。浅煎りの豆で行われるパブリックカッピングの影響もあります」。カッピングとは、豆の状態や焙煎度、適切な抽出方法を確認し、風味やアロマ、酸味、甘み、苦味、ボディ、アフターテイストなどの要素を総合的に評価すること。「一般の方がカッピングを体験して、この果実味がいいねとなると、それだけが重要視され、広まってしまうのは残念。豆の良質な酸味は、煎ることによって、良質な甘みや苦味にどんどん変化する。それが、コーヒー本来の多様性だと思うから」
徳光珈琲では、浅煎りから深煎りまでブレンドの幅が広い。「9種類の定番ブレンドを出しているのは、道内ではうちだけだと思います。ブレンドは混ぜ物で安いと思われがちですが、うちの場合は豆の組み合わせも焙煎もかなり吟味しているので適正価格。個性の秀でた豆を20種くらい常備することで、いろいろな味わいをブレンドとして作ることができます」。せっかくなので、浅煎りのブレンド2「FRUITY & JUICY」と深煎りのブレンド5「MILKY & CHOCOLATEY」を飲んでみることにした。前者のポップフレーズには「果実味豊かな味わい。苺や柑橘系の酸味と甘みが混在」とあり、なるほど軽やかで爽やかな飲み心地だ。これが人気の果実感か…と納得する。後者のフレーズには「ミルクチョコレートを感じるコクと甘み。果実味とほろ苦さが絶妙なバランス」とある。第一印象は、とにかく雑味がない。透明感があるコクというか、ほどよい苦味が後からふわっと追いかけてくる。これは、かなり私好み。昭和世代なので、次はさらに深煎りのブレンド8「RICH & CACAO」あたりを飲んでみようかな。これが、正しい徳光珈琲の楽しみ方だと思う。
徳光珈琲 石狩本店
北海道石狩市花川南2条3丁目185番地
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