まちの農業史を市民の味に~美唄長栄堂(美唄市)

美唄市唯一の専業くるみ農家 上村農園(提供:美唄市)

1875(明治8)年、北海道の開拓と防衛を担った屯田兵が札幌郡を皮切りに各地に入植、屯田兵村が設置され空知地方の開拓が進んでいく。1890(明治23)年には現在の美唄に屯田兵特科隊の配置が決まり、アイヌ語「ピパ・オ・イ」が由来となる「沼貝村」が誕生した。JR美唄駅からほど近い、国道12号線沿いにある美唄長栄堂は大正2年創業、今年で113年になる老舗の菓子店だ。そこには美唄の農業史を形にした市民に愛され続けるお菓子があった。
本田真琴-text 伊藤留美子-photo

札幌から道央自動車道を北に向かい、およそ40分。空知地方の石狩平野にある美唄市は、美唄市から滝川市までを結ぶ日本一長い直線道路・国道12号線が南北に縦貫している。国道を挟んで東側は丘陵・山岳地帯、西側は豊かな田園地帯が広がる。
かつて石狩川沿いにはアイヌコタンが点在しており、19世紀には現在の三笠市から美唄や浦臼、先は日本海にまでアイヌの踏み分け道「アイヌ古道」が網目状に通っていた。このうち現在の美唄市にあたる地域では、アイヌの暮らしで重宝された、食料や道具となる沼貝(ピパ)が多く採れる沼があり、アイヌ語で「ピパ・オ・イ(沼貝が多くいる場所)」と呼ばれていた。
美唄長栄堂の店内や商品パッケージには、ところどころにアイヌの文化を感じることができる。理由を尋ねると、美唄で営む菓子店としてその土地のルーツを尊重し、菓子を手にとる人々に伝えたいという思いから、意識的に取り入れているとのこと。

店内に飾られたアイヌ文様の刺繍が施された暖簾

「ピパ・オ・イ」というアイヌ語が由来の美唄市内の地名には、かつてアイヌの人々が暮らしていた名残が多い。長栄堂の菓子を通して、美唄がどのような場所かを想像してもらえたら」と話すのは、4代目店主、市川琳那さん。
美唄というまちとともに歩んできた菓子店の歴史と思い、これからを4代目店主に伺った。

 

美唄とともに歩んできた、長栄堂菓子店

初代店主である長岡正次郎氏は、大工として北海道へ移住し、その後菓子職人になるべく旭川で菓子屋に勤めた。数年の修行を経て、炭鉱業を中心に人口が増加し始めていた沼貝村へ一家で移住。1913(大正2)年に、沼貝村で初となる菓子店「長栄堂菓子店」を創業した。黒砂糖を使った駄菓子が大半だった当時、求肥やあんこを使う生菓子の販売は長栄堂菓子店が初めてということもあり、炭鉱や農業に従事する村民たちに歓迎され、店は大いに賑わった。
正次郎氏の後を引き継いだ2代目店主・長岡外喜夫氏は正次郎氏の次男で、菓子職人ではなく、役場勤めの傍ら帳場を担当する経営者だった。昭和初期には、住み込みの職人や従業員を抱えるような大きな菓子店へと長栄堂を成長させる。

昭和初期の長栄堂菓子店(提供:美唄長栄堂)

美唄市の西側には、石狩川の氾濫によってできた大小の沼が点在し、菱が多く群生していたことから「菱沼」と名付けられた沼もある。菱はアイヌ語で「ペカンペ」と呼ばれ、アイヌの人々の貴重な栄養源であり、菱沼は大切な場所であったといわれている。
そのような由来がある美唄の「ぺカンペ」を活かしたいと、外喜夫氏は1950(昭和25)年、美唄市市政施行に合わせて新たな菓子を考案した。餡に蒸した菱を練りこみ、皮には「菱の実」と「美唄市章」をかたどった最中を、市政施行の記念菓子「べかんべ最中」として発売。「美唄市がかたちになった最中だ」と評判を呼び、多くの市民からお使い物や土産品として重宝され、一躍長栄堂菓子店の看板商品となった。
気候や地質の変化から菱の採集は困難となった現在では、餡には菱の実の代わりに栗を使用しながらも、長栄堂のメイン商品の一つとして愛され続けている。

べかんべ最中(提供:美唄長栄堂)

「まぼろしの」美唄産くるみ

美唄市は、空知地方の豊かな土地と水資源、泥炭土壌を活かした農業地域で、稲作が主な基幹農業だが、1965(昭和40)年には美唄市の事業として、稲作の副業を目的に菓子胡桃(カシグルミ)の栽培も積極的におこなわれた。
美唄市光珠内町にある北海道立林業試験場が、この地域に適した品種と栽培の管理技術を確立させたこともあり、1969(昭和44)年~1972(昭和47)年にかけては20戸以上もの農家が菓子胡桃を栽培、その規模は全国最大であった。
しかしその後、カリフォルニア産等の輸入くるみが台頭し、価格競争で大きく水をあけられた国産くるみは、規模を縮小せざるを得なくなった。美唄くるみも離農する農家が後を絶たず、1980(昭和55)年代には上村農園1戸のみとなった。
上村農園はその後、美唄唯一の専業くるみ農家として継続し、現在も113本のくるみの木を栽培している。
「かれこれ40年以上、くるみ農家をやっています。一昨年までは山に入って栽培をしていたけど、去年は周囲から熊の被害を心配いただいて、山には行かなかったの。代わりに息子が中心になって栽培を仕切ってくれています」。そう話してくれたのは、上村農園の代表、上村征子さん。
征子さんは現在86歳。すべて手作業で行うくるみ栽培の中で、昨年は主に選果を担当したそう。

くるみ選果を行う上村征子さん(提供:美唄市)

上村農園のくるみ栽培(提供:美唄市)

「良いくるみをつくるためにいろいろこだわっています。例えば肥料、以前はぼかし肥料の業者さんがいたのだけど廃業してしまったので、現在は厳選した有機のものを購入しています。また、手作業にこだわり、肥料撒きや草刈り、採集、もちろん選果も手で行います。本当は、そろそろやめてもいいかなと思ったこともあるんだけど、息子が『続けよう』と言って、率先して作業をしてくれているから続けられています。いつまでできるかわからないけれど、喜んでくれる方もたくさんいるので、できる限りは続けたいと思っています。」

愛情が詰まった上村農園のくるみは、豊かな香りと独特の強い甘みが特徴で、品質も高く評価されている。現在では国内流通量の0.2%しかない国産くるみの中でも、さらに希少といわれ「まぼろしのくるみ」と呼ばれている。

 

美唄市銘菓・長栄堂のくるみ餅

この「まぼろしのくるみ」を活用した「くるみ餅」を考案し、1975年に発売を開始したのが3代目を引き継いだ長岡正勝氏だ。
発売当時はまだくるみの生産組合があり、組合を通して購入していたが、1980(昭和55)年、くるみ栽培の離農者が増え生産組合が解体されるのを機に、長栄堂菓子店は上村農園との単独契約を交わした。
以降、上村農園のくるみを使い続けており、それは現在の美唄産くるみ栽培の下支えにもなっている。
くるみ餅は柔らかくもっちりとした餅生地に、かりっと香ばしいくるみのアクセント。砂糖醤油ベースの風味はどこか懐かしく、飽きのこない味わいと人気を得ている。現在では美唄みやげの定番菓子として、その売上げは長栄堂の商品のうちおよそ3割にも上り、美唄市民に選ばれ続ける看板商品となった。

くるみ餅(提供:美唄長栄堂)

原価高騰や時代の流れに伴い、現在では輸入くるみも併用しているが、上村農園のくるみならではの濃厚な味わいと力強い甘さを活かしたいと「びばいくるみ餅」も考案・発売した。
この「びばいくるみ餅」は2003(平成15)年、当時の天皇皇后両陛下(現在の上皇上皇后両陛下)の美唄ご訪問の際に献上されたことからも、長栄堂のくるみ餅が美唄市を代表する菓子であることがうかがえる。

びばいくるみ餅

閉店の危機と4代目への承継

美唄の菓子店として市民のだれもが知る長栄堂菓子店だが、2016(平成28)年、正勝氏は後継者不在のため、閉店の決断を下す。そのニュースは地元新聞にも取り上げられるなど大きな反響を呼び、多くの市民が店頭へ足を運び惜しむ声を届けた。
「長栄堂のくるみ餅がなくなるのは嫌、美唄銘菓がなくなってしまう」。
そのような声と、閉店を惜しむ客が後を絶たない店の状況を目の当たりにし、継続のため尽力したのが初代正次郎氏の孫にあたる村橋広基氏だった。広基氏にとって3代目・正勝氏は母方の従兄弟にあたり、幼いころから母の実家である長栄堂で多くの時間を過ごしていた。社会人となった後も、折に触れ店舗運営のサポートを行い、閉店に際しても正勝氏より相談を受けていた。

広基氏は長栄堂菓子店の閉店と店の状況を、東京に住む自身の娘、市川琳那氏に伝えた。琳那氏は高校卒業後札幌市内の製菓専門学校を経て、長栄堂菓子店で菓子職人として修業、1年ほど働いたが外の世界も経験したいと、東京の一流レストランでパティシエの修行をしていた。
広基氏からの連絡を受けた琳那氏は即座に承継を決意した。2017(平成29)年2月に長栄堂菓子店は一度閉店したが、同年4月「美唄長栄堂」とリニューアルし、4代目店主として歩み始めた。

 

老舗を引き継ぐことは味を守ること

4代目は現在30歳。美唄へ戻った当時は22歳と若く、修行の途中でもある中で長栄堂を引き継ぐことを決めた背景には、どのような思いがあったのか。

4代目店主・市川琳那氏

「東京でもう少し修行したいという気持ちももちろんありました。閉店にあたっては、大手の菓子メーカーや地元の旅館などから事業継承のお話もあると聞き、一度は自分が継がなくてもよいかなと考えました。だけど事業継承では『くるみ餅』や『べかんべ最中』しか残せず、長栄堂自体は無くなってしまうことがわかり、それならば自分が継ぎたい、と思いました。1年間長栄堂で修行した際、味とつくり方は学んでいたことも後押しとなり、長栄堂を繋げられるのは自分だけだと覚悟を決めました」

美唄市民にくるみ餅がとても愛されていると知った琳那氏が、4代目を引き継いでから現在まで、最も気を付けていることを教えてくれた。

「長く愛されるお菓子の味が少しでも変化すると、長年親しんでくれているお客様にはすぐわかってしまいます。お店を継ぐことは味を守ることなので、もっとおいしくするために変化させるのではなく、『変わらない味』を届け続けることを大切にしています」
同じ配合で作っても、その日の気温や湿度、つくり手の体調などで微妙に味が変わるのが菓子や料理の難しいところ。引き継いだ当初は「味が薄くなった?」と言われてしまうこともあったが、経験を重ねる中で味のバラツキをなくし、現在では当時から変わらない味を再現し続けている。

 

守り続ける伝統に、そよぐ新風

変わらぬ味の定番菓子を作り続ける一方で、新たな挑戦として洋菓子の提供にも力を注いでいる。
美唄市で初めてケーキを販売したのも長栄堂菓子店だが、琳那氏が引き継ぐまで、作られていたのはショートケーキやとサバラン(洋酒をしみこませたバタークリームのケーキ)など、昔ながらの定番商品だけだった。

クリスマスケーキづくりの最盛期を伝える北海道新聞空知南部版(昭和39年11月27日付/提供:美唄長栄堂)

長年愛される定番ケーキ「サバラン」(提供:美唄長栄堂)

「代を引き継ぐにあたり自分らしさも表現したいと考え、東京で修行した技をベースに、洋菓子の提供を開始しました。季節を味わってもらえるよう、美唄産や北海道産の果物もたくさん使い、旬を大切にした商品ラインナップを考えています」

改めて店内のショーケースを見ると、旬のイチゴのケーキがかわいらしく並んでいた。一つ一つがしっかりとした存在感のある洋菓子たちは、どれもおいしそう。

「味を守り続ける和菓子とは対照的に、洋菓子は流行や自分の好みも出していこうと意識して作っています。例えば、生クリームは脂肪分を少し抑えたものも使用するなど、幅広い世代の方に食べてもらうことを意識して、変化も楽しんでもらえるように味を作っています」

3月のケーキ「イチゴのパルフェ」(提供:美唄長栄堂)

新たな定番くるみ菓子と、地域への貢献

2020(令和2)年、美唄市は沼貝村130年・市制施行70周年の節目を迎えた。当時はコロナ禍と重なり、大々的な記念事業は行えなかった。そこで3年後の2023(令和5)年4月、長栄堂創業110周年も合わせた記念菓子として、「くるみフロランタン」が発売された。
この菓子の副題は「ニヌムチャリ」。アイヌ語で「くるみ撒き」を意味し、かつてアイヌの熊まつりの際、「人が集まるところによって来る魔人を遠ざけるため」に行ったといわれている。現代においても、新型コロナウイルスなどに代表される悪いものを遠ざけるという願いを込めてこの副題がつけられ、それを表したアイヌ版画のデザインがパッケージに施された。
考案したのはもちろん4代目。長く愛される「べかんべ最中」の皮に、キャラメリゼした上村農園のくるみが乗った「古くて新しい」くるみ菓子だ。
この菓子にも、伝統を守りつつ、フランス菓子を学んできた琳那氏のオリジナリティが光っている。

くるみフロランタン

コロナ禍以降、美唄長栄堂ではもう一つ新しい地域での取り組みを開始した。それは、市内小学校への卒業祝い菓子の寄贈。昔は紅白まんじゅうや、「祝。・卒業」の焼印をしたカステラの発注があったが、コロナ禍で卒業式自体が取りやめになったり、規模が縮小されてしまい、カステラの注文は無くなってしまった。
お祝いの節目にせめて菓子で喜んでもらいたいと考え、美唄市内4小学校への記念菓子の寄贈を2019(令和元)年から実施。継続するうち2校が閉校してしまったが、今年の3月も2小学校への寄贈を行い、7年間継続して取り組んでいる。

 

美唄長栄堂で見据える未来

「お店を大きく拡大したいとか、美唄市以外にも進出したいなどの野望はないです。たまに札幌などでのイベントに出店したり、Instagramでお店のことを発信することで、美唄市に立ち寄った時にはお店に来てくれる人が増えると嬉しいなと思います。あと、長く続けるためには古くなった工場の改築をしたいですね」

そう話す琳那氏はお店に並ぶ商品をすべて一人で手掛けている。たまに出店するイベントなどの時も、倍の量を仕込み決して店は閉めない。
そんな大忙しの琳那氏に、少し先の話ではあるが5代目への継承について聞いてみた。

「自分が受け継いだように、この後も受け継がれていったらいいなとは考えます。『長栄堂が好き・味を受け継いでいきたい』と思ってくれる人に、繋いでいってほしいなと思います」

長栄堂の人気菓子の中でも、特に長く愛されている「くるみ餅」「べかんべ最中」はすでに美唄市みんなのものだと話す。その味を守り続ける中で、同じように美唄長栄堂を好きでいてくれる人がいればうれしいと語ってくれた。


美唄長栄堂
営業時間/9:00~18:00
定休日/火曜日、隔週月曜(祝日の場合は翌平日)
北海道美唄市大通東1条南1丁目1-27
TEL:0126-63-2011

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