リヤカー販売から実店舗へ 新篠津に根を下ろした夫婦の物語~焼菓子ガブリ(新篠津村)

札幌から車で50分。田園地帯にガブリはひっそりと佇む

地域に根づき、その歩みを紐解けばまちの記憶が見えてくる菓子店があれば、何もないところから新たに芽吹く物語もある。2010年代半ば、道内では札幌を中心にマフィンやスコーンなどの、生菓子を主軸に置かない焼菓子メインの洋菓子店が徐々に増え、今では広く見られるようになった。その創成期、札幌圏のお菓子好き界隈で評判になっていた焼菓子のリヤカー販売が、新篠津村で実店舗となり、ゆっくり、しかし確かに歩みを進めている。春の予感がしだした3月。新篠津へ、夫婦が営む「焼菓子ガブリ」を訪ねた。
清水泰斗-text 伊田行孝-photo

農地が一面に広がる新篠津村第37線、視野に遮蔽物のない直線路にガブリはぽつんと建つ。木の温もりに包まれた店内では、松崎修さん、咲絵さん夫妻がウェブショップでの販売のみだった1、2月を経て営業再開する店舗の準備に追われていた。3~12月は毎週土曜に店を開ける。製造を咲絵さん、販売を修さんが担っている。「雪がかなり降る地域なので、すごい時はこの道も塞がっちゃうんです。スタックしちゃうお客さんもいたので、1、2月は通販だけにして店舗は休むことにしています」

松崎修さん、咲絵さん夫妻と長男(提供:焼菓子ガブリ)

今や市民権を得ている焼き菓子専門店はベイクショップと呼ばれ、小規模、独立店舗が全国各地で見られる。「菓子行商ガブリ」が2016年に現れ、ほどなくして「どうやらリヤカーで焼き菓子を販売しているお姉さんがいるらしい。で、すごくおいしいらしい」とお菓子好き界隈で話題になっていた時期は、道内のベイクショップ普及の黎明期にあたる。が、ガブリの辿ってきた道は、そうしたトレンドに乗ったものでは決してなかった。2人は札幌市立大でデザインを学んだ同窓生。2016年の咲絵さんの卒業制作が、今につながるリヤカーでの行商のきっかけを生んだ。そもそも、なぜリヤカーで、なぜ焼き菓子だったんですか?

地元の人でなければカーナビなしでたどり着くのは難しい

「元々、中学生の頃から料理をするのは好きだったんです。自分でお弁当を作ったり、親にお願いをして家の夕食当番をやらせてもらっていたりと、料理をすることは早くから日常でした。夕食当番はお小遣いをもらう契約にして、料理もできるしお小遣いももらえるようにと(笑)」と咲絵さん。高校生になりお菓子作りも楽しんでいたが、動物性の食材が食べられなくなる時期があった。植物油で代用するなど工夫も凝らしてみたが「バターとか卵のおいしさってすごくて。(植物性のものだけだと)やっぱりちょっとおいしくなくなるなあ、って葛藤はありました」。

2年ほど経った後、動物性のものを受け入れられるようになった時に口にしたバターケーキに衝撃を受けた。「味覚が閉じていた状態から解放されたかのような。うわーってなって。その『爆発』が大きかったような気がします」。そこからまたお菓子作りに夢中になった。

 

食とデザインと-見えてきた自分らしいお菓子作り

「大学のデザイン学部では、自分の中にテーマや軸があると制作がしやすくて。自分自身のそれは“食のことばっかり”だったので、食にもデザインにも興味がある中で食をテーマに映像や課題の制作物を作っていたんです」

学年が進み、卒業制作に取り組むとなった時に「ただお菓子を売るだけではつまらない」とも思った。元々、50歳くらいになったらお菓子を売りたいなとは思っていたが「卒制」はその願望を叶えつつ、人生の中で無理をできる期間でもある。クローズドな形ではなく「まちに出る系の、実験的な何かをしたい」と湧いてきた気持ちに、子供の頃からの「好き」がオーバーラップし混ざりあった。

「昔から移動販売の焼き芋屋が好きだったんです。日常の中に非日常が現れる感じ。まちの中で突然出てきて“その空間をジャックする感じ”がして」。構造的に焼き芋屋を解釈し、自分の制作に再構築しようとしているあたりにデザイン学部的なアプローチを感じ取れるが、「卒制だったのでそこについての思考はかなり深めて論文にもまとめたんですが、もう10年以上前なので忘れちゃいました」と咲絵さんは笑う。
潜在的に持っていた様々な思いが集約された形が、リヤカーでのお菓子の行商だった。焼き菓子は、行商という形態ゆえというだけでなく、大学生の頃から大量に試作し友人に食べてもらっていたこともあり、自然と選択肢になっていた。

 

お菓子を焼いてまちへ出よう

3カ月の卒制期間では製造から販売まで全て自分で行った。札幌の西18丁目、円山周辺、大通辺りでリヤカーを押し、周った。1学年先輩の修さんは札幌市内のデザイン事務所に就職していたが、咲絵さんの取り組みの面白さに惹かれ、行商についていき撮影などをするようになった。修さんが振り返る。「2人とも『いつかは独立し何か自分たちのことをやりたい』という気持ちはあったんだと思います。ぼくはついていくようになっただけだけど、リヤカーを探して来てくれたお客さんの反応や、そこで生まれる会話がすごく面白かったし、可能性を感じたんです」

札幌を行商する咲絵さん。1日4時間ほど、自然の多い場所、歩いていて楽しいエリアを主に歩いた(提供:焼菓子ガブリ)

咲絵さんは週3、4回、天気が良い日に行商へ出た。菓子を焼き、冷ましたら包装・梱包しまちに出て売り、売れたらまた作る日々。体力は消耗していたが「卒制のアドレナリンが出ていて、その後もやろうなんて1ミリも考えていなかったし、今だけだからいいやって」。だから、卒制が終わる頃に修さんから「続けようよ、もったいないよ」と言われた時は「無理だよ。なんで? やりたくないよ」と返した。卒制期間と就活期間は重なっていたが、卒制に全力を注いでいた咲絵さんは進路については卒制後に考えようと思っていた。

2016年、咲絵さんの卒業制作を修さんが撮影していた(提供:焼菓子ガブリ)

咲絵さんは今では「なんでなびいたんだっけ」と冗談めかして述懐するが、修さんの説得も実り、咲絵さんの大学卒業後、札幌市北区の拓北の一軒家を借り、改修の許可をもらい新たな工房を作った。咲絵さんが作り、修さんが販売へ行く二人三脚の体制が出来上がった。Googleマップで位置情報をURLに出しリアルタイムで現在地を追跡できるようにし、Instagramのストーリーなどで当日のルートを発信した。冬と真夏は避けながら行商を続け、イベントやデパートでの出店を通してファンを増やしていった。

 

たどり着いた新篠津で毎日食べられる味を

空き家バンク制度で北海道全域を対象に物件を探す中で、離農した農家の空き家だった現在の場所を見つけた。「開けた景色と田園風景が気に入ってここに決めました。今思えば、札幌との距離感もちょうど良かった」と修さんは話す。知人の設計士に紹介してもらった一人親方とともに自分たちで改修をし、2020年3月から営業を始めた。「元々、田舎に引っ越したいとは思っていたんですが、住宅街で日々お菓子を焼いていて鬱憤が溜まっていて。コンビニのにおいがすごい、とか人が多いこととかがストレスで。仕事が忙しいのは良いことだけど、イベント中にお菓子を作りながらそれらが“爆発”して、家に帰ってきた時には引っ越しを決めていました」。咲絵さんがそう話せば、修さんも続く。「イベントから帰ってきたらいきなり引っ越すと言われて。『どどどどどうすんの!?』『探せばいいじゃない』というやりとりがありました」


農家だった家をリフォーム。扉にはリスの後ろ足の足跡が

木の温もり溢れる店内(提供:焼菓子ガブリ)

店舗での販売も年数を重ね、ラインナップも固まってきた。「季節に合わせメニューは変えています。果物は旬のものを使うようにし、チョコレート系は暑い夏は出さないようにしたり。通年安定して提供できるように意識しています」
そのため全て定番ではあるが、ガブリといえばまずは「へんなかおクッキー」(アーモンドクッキー)が挙げられる。今でこそ他のベイクショップでも顔クッキーがよく見られるが、ガブリではリヤカーでの販売当初から人気がある一品だ。レモンケーキは防腐剤不使用のレモンが旬である12月から6月頃に提供。マフィンにも旬の野菜や果物が使われることが多く、例えば焼き芋マフィンで使われる有機さつまいもは新篠津の大塚ファームから仕入れている。ラベンダーサブレは通年通して人気の商品。一口食べればドライラベンダーの風味がふんわり香る。

ガブリのシグネチャー「へんなかおクッキー」。「突如妻が生み出しました。ちょっと情けない顔してますね」(修さん)

小麦は全て江別製粉の道産小麦を使用。食材へのこだわりは「おいしいものを使いましょう、という意識で選んでいます」とシンプル。大切にしているのは「毎日食べ続けられるような味わい」だ。ガツンと来るような甘さなどではないが、滋味深い味わいが商品からは感じ取れる。マフィンやスコーンは営業日の朝に焼き上げられる。提供しているコーヒーやカフェオレと合わせ、毎週立ち寄る常連客も多い。

「あまり前面には出していないんですが食材にもこだわっています」(咲絵さん)

「お客さんごとに好きなものが違うけど、良く言っていただいている印象があるのは『ガブリさんのこれが今まで食べた中で一番おいしい』という声です」と修さん。一例を挙げれば、レモンケーキが好きで色々な店の味を食べ比べている客がそういった言葉とともに大量にまとめ買いしていくといったようなことが、各メニューで見られる。店頭にはおおむね、クッキーやサブレが10種前後、マフィンが3種、スコーンが2種、プリンなどの冷蔵品が1種並ぶ。

ロールケーキにハマっていた時はそれを作り込むなど「自分の中のブームはあります」と咲絵さん

生菓子や冷蔵のメニューが並ぶこともあるが、焼き菓子が軸にあることはリヤカー時代から変わらない。製造の根底にあるのは咲絵さんがそれを作ること、食べることが好きであること、だ。「それぞれに自分なりの理由があって、例えばマフィンなら、皮で具材を閉じ込めて、加熱しておいしさを引き出すような点で私は『春巻き系』だと思っていて。こうした自分の中のイメージを表現したいと思っています」。咲絵さん自身の「好き」の哲学が、作り続けるメニューの一つ一つにあるという。「料理好きな人ってそうだと思うんですけど、外食したら『自分だったらもっとここをこうして食べたいな』みたいなことを家庭でやってみるじゃないですか。本当にそれでしかなくて。お客さんに求められたものを作ったほうがいいのかなとも思ったんですけど、一般的な需要に合わせるというよりは、私の感覚でやるほうがいいのでは、と思って」。ショートケーキを食べたいと要望を受けても、「毎日食べたいとは思わない」からと軸はブレない。

学生時代、食品ロスについて見聞きし、学んだことも菓子作りに影響している。「商品の廃棄だったり、『悪くなっちゃうから食べて』と周りの人に食べてもらうことのような、必ずしも前向きではない消費が嫌で。いつか店をやるなら避けたいことでした。今お店では、天候によっては客足が少ない日もありますが、ウェブショップに出せば買っていただけているので、ほとんどロスが出ません。これができることを考えても、自分には焼菓子が合っていたんだと思います」。
自分の感覚と自信が揺らがないからこそ、行商時代から焼き続けているものも多い。この日並んでいたものだと「ビスコッティ」「チャイサブレ」「スノーボールクッキー」「モカココアクッキー」などがそうだ。自分の思う「おいしい」に自信を持って自分のやり方でベストを提供する。ベイクショップというジャンルの流行とは関係なく、その積み重ねが現在のラインナップになっていった。

 

生活の延長線上の菓子作り

店舗は住居とつながっており、夫婦2人と子供の生活も、店舗と地続きでそこに存在する。この地を選び、ほとんどゼロからこの空間を作ったのにも意図があったと修さんは話す。「妻が行商を始めて、2人でやるようになって、店を作るまでは若さ、勢いでやっていて。お店の資金を貯めるためにかなりオーバーワークしていた時期もあったりして。今は店ができて子供がいて、お客さんが来てくれる嬉しさがある。毎週淡々と続けていくことに尊さがあるし、自分たちの暮らしが大事で、その上にお店があるな、と思っています」。修さんが語るのは、夫婦が自分たちでデザインした日々の生活への讃歌だ。
一家は所有する畑で自家用の野菜や大豆を育てており、咲絵さんは毎年5、6月になると「ガーデナーになりたい」と言うくらいガーデニングにも夢中だ。咲絵さんは語る。「今、暮らしと仕事の境目があまりない感じがしていて、それがすごく心地良いです。学生の時から求めていたものが、30代のこの歳でもうできている。しかも、お客さんが来やすい場所で、とかじゃなくて自分たちが住みたい場所でやれている。今はこの生活をできるだけ長く続けたいと思っています」。


焼菓子ガブリ
営業時間/11:00~17:00
土曜日営業(産休・育休のため、2026年は秋頃再開予定)
北海道石狩郡新篠津村第37線南11番地
WEBサイト
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