
本店は瓦屋根になまこ壁、年季と風格を感じさせるたたずまい

本店は瓦屋根になまこ壁、年季と風格を感じさせるたたずまい
千秋庵総本家の本店は、函館の旧市街、高田屋嘉兵衛の銅像がある高田屋通りに面してひっそりと建っている。ずっしりと重そうな瓦屋根。古めかしい看板は、正岡子規の弟子・河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の筆だという。

坂をまっすぐ登ると護国神社。鳥居の手前を右手に進むと函館山ロープウェイの山麓駅がある
色褪せた木の引き戸をガラガラと開けると、迎えてくれたのは本店店長の瀬戸亜里沙さん。今年166年目となる千秋庵の歴史を教えてくれた。
「創業者は秋田の下級武士だった佐々木吉兵衛という人で、江戸末期、日米修好通商条約により函館が貿易港として開港したころ、港で甘いものの立ち売りをしたのが始まりだそうです」
創業は「桜田門外の変」で大老・井伊直弼が暗殺された1860(万延元年)。明治初期にはフキの砂糖漬けや昆布羊羹などを販売していたらしい。

本店店長 兼 商品部 瀬戸亜里沙さん。150周年を迎えた2010年に入社した
今につながる銘菓が誕生したのは、四代目・松田咲太郎が腕をふるった大正末期。100年ほど前になる。
「咲太郎は東京生まれの菓子職人で、創業家と血縁はないのですが、四代目として経営を引き継いだそうです。その後、暖簾分けで小樽千秋庵ができ、そこから札幌千秋庵、さらに帯広千秋庵と広がり、帯広千秋庵は名前を変えて六花亭になりました。旭川と釧路にも暖簾分けの店ができたものの、その後廃業し、いま千秋庵を名乗るのは札幌と函館の二つだけです」
北海道の銘菓の歴史は、まさにここから始まったといえるだろう。

暖簾分けで小樽千秋庵が誕生したのは1894(明治27)年。大正期に旭川と札幌、昭和初期に帯広と釧路にも千秋庵の店ができた

四代目・松田咲太郎が東京時代に考案したのが、先の曲がった菊ばさみ。その後、全国に広がった(提供:千秋庵総本家)
千秋庵総本家を代表する銘菓どらやきは、四代目・松田咲太郎の時代に生まれ、かれこれ100年、ほぼ変わらぬ製法でつくられている。
「生地は宵ごねといって前日に仕込んで一晩寝かせる二段階製法です。餡に使っている道南産のあかね大納言は作り手が減っている希少な小豆で、3日間かけて粒餡に仕上げます」
何を隠そう函館生まれの筆者もこのどらやきのファン。幼い頃から数え切れないほど食べているが、「やっぱりココのが一番」と思ってしまう。

人気ナンバーワンのどらやきは、100年以上変わらない味わい(提供:千秋庵総本家)
残念なのは賞味期限が短くて、お土産にしづらいこと。すぐに届けられる人にしか渡せない。
「しっとり重みのある生地なので、個包装に脱酸素材を入れると、生地が乾燥して風味が変わってしまうんです」
日持ちがすればもっと売れる、その方法もすでにあると分かっていながら、それをしないところが、昔ながらの味を守ってきた老舗の矜持なのかもしれない。

餡は職人が商品に合わせて甘さや硬さを変え50種類以上を使い分けているという
もうひとつのロングセラーは、和洋折衷の煎餅「元祖山親爺」だ。
四代目・松田咲太郎が札幌千秋庵の暖簾分けを記念してつくり、製法を各地の千秋庵に伝授したといわれている。
「牛乳やバターを使った煎餅は、西洋の文化がいち早く広まった函館だから生まれた味。当時はハイカラなお菓子だったんじゃないでしょうか」
もしかしたら、札幌千秋庵の「出てきた出てきた山親爺」のCMソングが有名すぎて、函館の千秋庵総本家の「元祖山親爺」の存在を知らない人が多いのかもしれない。
「形も材料も少し違うんですよね。うちは白玉粉を使っていますが、札幌千秋庵さんでは練乳が入っているようですし、それぞれの味わいを楽しんでもらえたらいいですね」
同じ千秋庵で、同じ山親爺なのに、今は会社の経営も製法も違う。この不思議な枝分かれも、歴史のある老舗ならではの出来事といえるかもしれない。
「いまだに誤解されることが多いんです。『生ノースマンは置いてないの?』というお問い合わせがあったりして…。それぞれ経営が違うので、とご説明させていただくんですが、『なんで紛らわしい名前つけたの?』と、お叱りを受けることもあります(笑)」

牛乳と小麦粉、白玉粉、北海道産バターを使用した元祖山親爺。軽い歯ざわりと口溶けのよさが特長(提供:千秋庵総本家)
咲太郎の息子、孫と、松田家が三代にわたって経営してきた千秋庵総本家。昭和40年代には「高田屋嘉兵衛最中」、2009(平成21)年には七飯町のりんごを使った焼き菓子「七飯林檎パイ」を発売してラインナップを充実。2016(平成28)年3月には北海道新幹線の開業を記念して、日持ちのするカステラ饅頭「函館散歩」を開発。五稜郭、ハリストス正教会、金森倉庫群など観光スポットをかたどった饅頭でお土産需要に応えるなど、時代の変化にあわせる努力を重ねてきた。
しかし2017(平成29)年、後継者がなかったことから、地方のお菓子メーカーの存続をサポートする鈴木栄光堂(岐阜県)に事業を譲渡。今は栄光堂ホールディングスのグループ会社となっている。
瀬戸店長は言う。
「ここ数年はオンラインショップを開設したり催事出店したりと、新しい試みを始めています。千秋庵総本家の名前を全国へ広げようと百貨店の催事にも参加し、最近は大阪や高松などの北海道物産展に出店して実演販売なんかもしています」

函館大火で焼け残った蔵をリニューアル。柱や梁はそのまま使っている
コロナ禍が落ち着いた2024(令和6)年春には、本店に隣接する蔵をリノベーションしてイートインスペースを新設。コーヒー、ほうじ茶、緑茶などを用意して、買い物客が休憩できるようにした。
ロープウェイの乗り場が近いため、観光客の往来も多く、外国人が和菓子を食べながら、くつろぐ姿も見られるようになった。
新商品もどんどん生み出している。
5年前に七飯町に誕生した酒蔵、箱館醸蔵とコラボ。日本酒「郷宝」の酒粕を使った「郷宝カステラ」や「郷宝酒まんじゅう」を本店限定で発売したほか、自家製餡と洋素材の融合をコンセプトにした新ブランド「an'd an(あんど、餡)」を立ち上げ、ラム酒の羊羹や、餡とバターの和フィナンシェを売り出した。
瀬戸店長のアイデアで商品化されたのは、スフレどらやき「ふくる」。どらやきの皮をふわふわのスフレ状にして、中に餡と豆乳クリームを挟んだパンケーキ感覚の商品だ。
「どらやきは昔からの味を守ってきましたが、少し違ったかたちで出せないかと、本店リニューアルの記念でつくった本店限定商品です。最近はあんこ博覧会という催事があったり、現代風にアレンジしたネオ和菓子が話題になったりしていますし、あんこの可能性はまだまだ広がるんじゃないかと思うんです」
和菓子について話し始めたら止まらない瀬戸店長。商品の開発を手掛ける商品部にも所属、お店とお菓子を深く愛していることが伝わってくる。
「アイデアはたくさん思いつきますし、若い社員からの提案もありますが、果たしてそれを千秋庵がやるべきなのかで迷います。長年のお客様のイメージもありますし…。あんこは自家製餡、生地も自分のところで焼いたもの、というのは絶対条件。そこをぶれずにアレンジしていこうという思いですね」
ともすると歴史のある店や企業ほど、伝統を守らなければ、という思いと、時代に合わせて変わらなければならないという切迫感に引き裂かれ、硬直してしまうのかもしれない。

製造は函館市西桔梗町の工場で行い、本店のほか函館市内と北斗市に4店舗を展開
「今までは地元の味を守りたい、ずっとやってきたことを変えないでいこうという思いが強くて、新しいことに手を出しにくかったのかも…。いまは若い社員も前向きですし、私も含めて、もっと挑戦していこうっていう気持ちが強いんじゃないかと思いますね」
昔ながらの味や技術を守るためにも、変わらなければならない。
きっと千秋庵総本家では166年の間、そうした静かな闘いが絶えず繰り返されてきたのだろう。
北海道の最古の老舗菓子店がこれからも函館にあり、市民はもちろん観光客にも求められ、職人が誇りを持って技を受け継いでいけるように。
一人のファンとして、これからも店に通い続けたいと思う。

1886(明治19)年新築の店舗。当時はもう少し港に近い末広町にあったらしい

いつのものかは不明とのことだが、練り切りや落雁の木型が多く残されている

千秋庵総本家 
北海道函館市宝来町9−9
TEL:0138-23-5131
WEBサイト