銘菓と文化~お菓子は文化のバロメーター

『サイロ』には、十勝管内の子どもたちがまっすぐな言葉を紡いだ詩が並ぶ(撮影:伊田行孝)

北海道を代表する菓子メーカー、六花亭。草花が描かれた色鮮やかな包装紙は道民にはなじみの柄だし、マルセイバターサンドやストロベリーチョコは道内外だけでなく国内外で愛される。そんな六花亭だが、実は北の「お菓子屋さん」にとどまらない存在なのだ。
光井友理-text
(撮影者名のない写真は六花亭提供)

切っても切れないお菓子と文化

六花亭の組織図を眺めると、ある部署名に目が止まる。
文化広報部――。一般的に「広報部」とされることが多いが、「文化」の2文字が冠されている。
一般的な「広報部」の枠に収まらないこの二つの言葉が一つに綴られているのは、担当者がその両方を地続きに担っているという、同社の実態を反映してのことだ。
「うちでは、実務の上でもお菓子作りという本業と文化活動は切り離せないものなのです」と、担当の成田純子さんは語る。

六花亭が帯広本社の企業と知らずに内定を受けてから驚愕したと笑う成田純子さん(撮影:伊田行孝)

お菓子は文化のバロメーター

六花亭の文化活動の根底には、創業者・小田豊四郎が提唱した「お菓子は文化のバロメーター」という言葉がある。人々の心にゆとりがあって初めて、お菓子を「おいしい」と感じることができる。その「ゆとり」や「心の豊かさ」の尺度こそが文化であるという考えだ。

創業者・小田豊四郎の言葉は、今も六花亭の社内文化に息づいている

「おいしいお菓子を作ろう、楽しいお買物の店を作ろう、みんなのゆたかな生活を作ろう、そして成長しよう」。1955年に定められた六花亭の基本方針だ。お菓子を作ることと、地域の人々の豊かな生活を作ることとは、六花亭にとってひとつながりなのだ。
「私たちは、地域の方々の暮らしの中に、彩りを添えるお手伝いをしたいと考えています」。
お菓子も文化も、生きていくために不可欠ではないかもしれない。けれど、私たちの心を豊かにしてくれる、かけがえのない存在であることは間違いない。

 

暮らしの隣に灯る、「いつもの味」

成田さんが、そんな「心の栄養」となるお菓子の力を感じたことの一つは、2018年の北海道胆振東部地震によるブラックアウトの時だ。
六花亭は一部の店舗を営業した。冷蔵庫が止まり、工場も停止している状況下で、「今あるものだけでも」と、ロウソクを灯して店を開けたという。
この緊急事態に、必需品ではないお菓子を買いに来る人などいないのではないか…と思いながらの営業だったが、スタッフが目にしたのは、「六花亭さんなら開いているかも」と足を運び、食べなれたお菓子を買っていく客たちの姿だった。
後日届いたのは、「あの状況で、いつもと変わらない味に救われた」「ホッとした」という感謝の言葉だった。
日常が揺らいだとき、音楽や絵画、詩といった文化が人の心を潤すのと、一口のお菓子がもたらす安らぎは、驚くほどよく似ているのかもしれない。

 

詩誌『サイロ』の記憶

『サイロ』創刊号の表紙

六花亭の文化活動の原点といえるのが、1960年に創刊された児童詩誌『サイロ』だ。
名前の由来は、北海道の原風景に欠かせない、家畜の飼料を蓄えて発酵・熟成させる「サイロ」だ。「子どもたちの詩心を育て、熟成させていきたいという願いが込められている」という。
この活動のきっかけは、創業者が福島県郡山市の菓子店「柏屋」が発行していた児童詩誌に深く感動したこと。地元・十勝の子どもたちにも感性を育む場を、と始まった活動は、創刊から半世紀以上、一度も休刊することなく続いている。

現在、十勝管内の小学校では『サイロ』を授業に取り入れている学校も多い。そして、掲載する作品を選ぶ編集会議には、現役の先生たちが同人となって参加している。
成田さんは「『サイロ』に投稿していた子が大人になって入社したり、かつて掲載された子が今度は自分の子どもに投稿を勧めたりする。その時間の積み重ねに、継続の重みを感じます」と語る。

『サイロ』の「顔」とも言える表紙絵の存在も欠かせない。創刊時から長らく表紙を手がけてきたのは、包装紙を手がけた山岳画家、坂本直行氏だった。
現在は、真野正美氏がそのバトンを受け継ぎ、どこか懐かしく温かみのある北海道の日常を描き続けています。中札内の六花の森には、直行氏の作品を展示する「坂本直行記念館」や「サイロ歴史館」がある。

坂本直行氏のおなじみのパッケージの柄が一面に施された「花柄包装紙館」

「リッチランド」と詩の不思議な関係

六花亭には、「リッチランド」というサブレがある。サイロの形をしていて、パッケージには『サイロ』に掲載された子供たちの詩が印字されている。
実は「リッチランド」というお菓子の誕生(1959年)は『サイロ』創刊の1年前なのだ。名付け親は、創業者が深く尊敬していた商業界ゼミナールの新保民八(しんぽ・たみはち)氏。新保氏は「十勝らしいお菓子を」と考え、肥沃な大地をイメージしてこの名を贈ったという。
なぜ1年遅れでできた『サイロ』の詩を載せるようになったのか。明確な記録は残っていないが、お菓子と詩という文化が重なりあって一つの存在になっている。

お菓子「リッチランド」のパッケージに、子供たちの詩があたたかさを添える

六花亭のお菓子の名前は、一見すると何のお菓子か分かりにくいものが多い。十勝開拓の祖・依田勉三が詠んだ句から名付けられた最中「ひとつ鍋」、彼が結成した晩成社のラベルデザインを模した「マルセイバターサンド」――しかしそこには「物語」がある。
これらは単なる商品名ではなく、地域の歴史への敬意の表れなのだ。
「お菓子を通じて地域の歴史や文化を知るきっかけになれば、それは食文化の向上に繋がる」。お菓子の先にある文化の醸成を見据えている。

 

「小田豊四郎賞」が繋ぐ文化人の輪

六花亭の文化活動は、地域の中だけにとどまらない広がりも見せている。その象徴の一つが、2003年に設立されたNPO法人小田豊四郎記念基金が運営する「小田豊四郎賞」だ。この賞は、北海道の食文化の向上に貢献した個人や団体を毎年顕彰するものだが、その選考プロセスには六花亭らしい「縁」の紡ぎ方がある。
「選考委員は1年交代にして、選考委員が次の選考委員を紹介していくスタイルをとっています」と成田さんは明かす。最初に依頼を受けてくれたのが小泉武夫氏(東京農業大学名誉教授)だったこともあり、そこから小林亜星氏、檀太郎氏、ヤマザキマリ氏といった錚々たるメンバーが選考委員を務めてきた。「文化活動を続けてきたことが、六花亭という企業に深みと幅を与えてくれていると感じています」(成田さん)。

 

「金食い虫」を誇りに変える企業風土

なぜ菓子メーカーが、これほど多彩な文化活動を継続できているのか。そのカギは、自らを「地域のおやつ菓子屋」と定義し、その軸からぶれない経営、そして2代目・小田豊氏が貫いた「本業を見失わない」という姿勢からきている。
「もし本当に赤字が続くなら潔く撤退する主捨選択も行います」と成田さんは語る。あくまで本業は「おやつ屋」であり、文化活動はその付加価値であるという謙虚な立ち位置を崩さない。本業を一番に、決して無理をしない――これが継続の秘密なのだ。

中札内美術村は、森の中に小さな美術館が点在する

六花亭の文化活動は、コンサートホール「ふきのとうホール」や「はまなしホール」、私設図書館「六花文庫」、美術館が集まる「中札内美術村」など多岐にわたる。
これらは「宣伝」や「利益」を主目的としたものではない。成田さんは「文化部門は一番の金食い虫ではありますから」と冗談めかして笑う。それでもここまで続いてきたのは、「文化があることが当たり前」という風土が醸成されているからだろう。
その「当たり前」を支えているのは、ほかならぬ社員たちだろう。

「ふきのとうホール」や「はまなしホール」では国内外のアーティストを招いてコンサートを開いている


1982年、創業50周年記念事業として始まった、デザートを食べながらクラシックを楽しむという「デセールコンサート」の試みも、社員が中心となって作り上げたもの。そこから帯広の「はまなしホール」や、札幌の室内楽専用ホール「ふきのとうホール」の誕生という、本格的な音楽へのかかわりが始まっているのだ。
会場の準備やチケット販売といった運営を社員が担うことで、文化と関わる風土が社内にある。

札幌・真駒内にある「六花文庫」が象徴的だ。入社試験の面接で「図書館のような場所を作りたい」と語った社員の一言がきっかけで、1998年に食文化を中心とした約8,000冊の蔵書を誇る図書施設が実際に実現したのである。

札幌のまちの一角にひっそりとたたずむ六花文庫。静かな空間で読書を楽しめる(札幌市南区)

また、「デセールコンサート(デザート付き演奏会)」や寄席、そして近年始まった「シアター亭」での映画上映といった取り組みも、社員の手で作り上げられてきたものだ。

 

北海道でしか作れない理由

六花亭のお菓子は、そのほとんどが道内でしか手に入らない。百貨店の物産展を除けば、道外への常設出店はしていないのだ。
その理由は極めてシンプルだ。「おいしさに必要ない原料を極力使わず、美味しい状態でお届けしたい」。保存料に頼らないお菓子は当然だが日持ちはしない。「保存料を入れてまで遠くに届けるのも違いますし、では生菓子を少なくして日持ちのするお菓子だけの品ぞろえで道外に店舗を構えるのも違うと思うのです」。
さらに、「十勝の人の気質」がお菓子作りに欠かせない要素だという。「お菓子作りは、地味で根気のいる作業です。長時間、ただひたすら同じ作業を繰り返すこともある。実直に手仕事に向き合える人たちがいるからこその味なんです。機械化が進んでも、最後は人の手で味が決まります」。
健康志向の影響で流行っている「甘さ控えめ」にはあえて流されない。
「甘いものは甘く、しょっぱいものはしょっぱく、それがお菓子」と、「おいしい」を一番に優先する。それが、どんなに時代が変わっても変わらない「六花亭の味」を支えているのだ。

 

受け継がれる「余白」の思想

「たとえ六花亭という会社がなくなったとしても、社会に価値あるものを残したい」。創業者から受け継がれるその想いは、美術館というかたちあるものだけでなく、地域の人々の心の中に育まれた目に見えない記憶として残り続けるだろう。
六花亭の皆さんが「文化」を特別なものとしてではなく、日々の暮らしの中に、呼吸するように当たり前のこととして捉えている姿が印象的だった。

成田さんは「拡大ではなく、いかに深めて、続けていくか」と語った。本分のお菓子作りも、その隣に当たり前に存在する文化活動も、これからも長く北海道の人々に寄り添い、愛され続けていくだろう。


六花亭
帯広本店:北海道帯広市西2条南9丁目6
電話:フリーダイヤル0120-12-6666(9:00~18:00)
店舗:帯広地区に14、札幌地区及び札幌近郊に39、釧路地区に3、函館地に5、旭川・富良野地区に5など
文化施設:六花亭アートヴィレッジ中札内美術館村、六花の森(ともに中札内村)、札幌本店・ギャラリー柏、カンパーナ六花亭・ギャラリー神々の遊ぶ庭(富良野市)、六花文庫(札幌市)など
音楽ホール:ふきのとうホール、真駒内六花亭ホール(ともに札幌市)、はまなしホール(帯広市)

この記事をシェアする
感想をメールする