
レトロな趣を感じさせるフロア。1階と2階を合わせて、約20店舗が軒を連ねる

レトロな趣を感じさせるフロア。1階と2階を合わせて、約20店舗が軒を連ねる
狸小路で「どこで食べようか、飲もうか」と迷ったのなら、まずはここへ、という人も少なくないだろう。2丁目を歩いていると目に入ってくる、スタイリッシュな黒色の入り口とおしゃれなロゴマーク。入り口横では狸神社の水かけ狸地蔵が、行き交う人々の姿を優しく見守っている。
狸小路の新名所として、すっかり定着した感のある「狸COMICHI」。順調な運営を続けてきたかのように思える施設の裏側には、挑戦を繰り返しながら奮闘する開発プロジェクトメンバーたちの物語が隠されていた。

狸小路に面した入り口横には、通称・狸神社が鎮座する
「狸COMICHI」の開発プロジェクトに中心として携わっていたのが、北海道札幌市を拠点に、全国各地でまちづくり計画や商業施設の企画プロデュース・建築設計を手掛ける街制作室株式会社。プロジェクトを主導する立場であった常務取締役の小野田新司さんは、始動期をこう振り返る。
「立ち上げ時のコアメンバーは5名で、地権者企業の担当者3名を含めた8名でまずは基本的なコンセプトや設計計画を固めていきました。オープンまでのスケジュールがかなり短く、計画に着手したのが2021年なので約1年前となります。かなりスピーディーに、アイデアを具体化していく必要がありました」
地権者企業側では狸小路2丁目の土地を取得した後、このエリアで何を実現したいのか、商店街の方々にも相談をしながら原案となる構想をまとめていた。そして、「狸小路の賑わいに貢献できる施設をつくりたい」というビジョンを形にするべく、様々な実績を持つ街制作室株式会社へ協力依頼をすることとなったのだ。
実は「狸COMICHI」には、その前身とも呼べる施設が存在した。それが2020年に東京・渋谷区神宮前にオープン(不遇にもコロナ禍での開業となり、運悪く現在は閉館)した「JINGUMAE COMICHI」。こちらも地域の賑わいや人々の交流を生み出すという目的で企画され、「狸COMICHI」と同じく街制作室株式会社と地権者企業のタッグによって開発が行われた複合商業施設だ。
施設ネーミングに使われた「COMICHI」は、横丁式の施設形態から着想を得て、この時に考案されたもの。もちろん、その後に狸小路で同様の計画が実現することになるとは、誰も想像すらしていなかった。

街制作室株式会社 常務取締役の小野田新司さん。日本各地で商業施設の企画開発やまちづくり計画に携わってきた
「本当にたまたまなのですが、狸小路を読み替えてみると『たぬきこみち』になる。今回つくる施設も横丁スタイルですし、神宮前の施設と同じ地権者企業様からのご依頼でしたので、名称もそのまま自然と『COMICHI』になりました。これはシリーズ第2弾として、同じネーミングで展開していくのがいいのではないかと考えました」と、小野田さんは語る。
小路とCOMICHI。スムーズに施設の名称が決定することとなった。
「狸COMICHI」の基本コンセプトは、北海道食文化発信横丁となっている。「JINGUMAE COMICHI」が日本全国のおいしいものを1カ所に集めるという考え方だったのに対して、「狸COMICHI」は徹底的に北海道の食にこだわり、各店舗のメニューには必ず北海道産食材を使ってもらうようにしている。地権者企業の担当者は、プロジェクトの構想当初から「北海道で施設をつくるからには、北海道にこだわり抜いていこう」と決意していたという。お店のジャンルは和洋中と多岐に渡るが、すべてが「オール北海道」という旗の下に集結し、新鮮な食材の魅力と共にそれぞれのオリジナリティが詰まった一皿をお届けしているのだ。
さらに、コンセプト発想の源について、小野田さんが教えてくれた。
「狸小路商店街の発祥が2丁目からだとされていて、元々そのエリアに商店が集まるようになって、そこから徐々に街が広がっていったそうです。そんな狸小路の原点ともいえる2丁目という立地だからこそ、改めて狸小路らしさを見つめ直し、当時の活気ある街角の雰囲気を甦らせるといった想いもコンセプトに込めています」
路地にたくさんのお店が連なり、カウンターのあちこちで自然と会話が生まれ、人々のつながりが紡がれていく。それはまさに、あの頃の狸小路が描き出していた原風景なのかもしれない。

店舗との近さや活気を実感しやすくなるように、あえて入り組んだような通路を設計
一方で空間設計に目を向けてみると、こちらも横丁形式の施設ならではの細かなこだわりや工夫が随所に施されていることが分かる。「一番苦労したのは、やっぱり設計ですね。限られた面積に20店舗が入るので」と、小野田さん。
まず大前提として「狸COMICHI」では、一つの店舗でじっくりと食べ飲みするというよりは、複数の店舗をハシゴすることが推奨されたデザインとなっている。
そのため、全店舗でお通し・テーブルチャージは無しで統一。店舗が面しているメイン通路はあえてまっすぐではなくギザギザなバランスで配置することで、お客様が店舗に接触する機会を増やしている。20くらい店舗があれば、一度で全てを味わうことはできないので、リピート訪問にもつながる。気軽にカウンターへ立ち寄って、サクッと飲んだら次のお店へ。そんな来店客の回遊性や継続性が生まれるような動線設計や店舗運営のルールが、もう一杯と飲みたくなる絶妙な空間のバランスを形づくっている。

北海道にまつわる情報発信のパンフレットやポスターも配置されている。手に取る観光客の姿も
「おかげさまで、オープン以降は1丁目や2丁目に人が流れるようになり、以前と比べてエリアの活気が戻ってきたという声もいただきます。海外からの観光客の方々にも定番のスポットとして立ち寄ってもらっているようですし、北海道の食に触れるための拠点地としても、しっかり認知されていると思っています」と、開業後の街の変化を小野田さんは語る。
全国で商業施設やまちづくり計画に携わってきたチームの知見やノウハウは、「狸COMICHI」の施設プランニングを支える確かな土台となっているようだ。
オープンに向けた店舗誘致のための説明会には、コロナ禍中にもかかわらず約200組の事業者が参加。そこからコンセプトに合致する店舗を絞り込んで、開業時の20店舗が選定された。店舗には北海道産食材を使ったメニューのアイデアも出してもらい、同時にメニューの磨き上げも進行。料理のジャンルもなるべく重複しないように考慮しながら、スペース内での店舗配置を調整していった。
そしてちょうどコロナ禍が終わった頃、昼飲みのカルチャーが本格的に流行り出したことが追い風となった。リモートワークの定着や業務の効率化が進み、夕方の早い時間から仕事を切り上げて街に繰り出す人が増加。何かと時短やコスパを求めるような「サク飲み」トレンドにいち早く適応できたことも、功を奏した。

南2条通りに面した北側にも入り口がある。入ってすぐに人気の海鮮店があり、長蛇の列が見られる日も
「狸COMICHI」への出店は、お店側にとってもメリットは大きい。小スペースの店舗運営で済むため、出店コストを抑えることができる。人手不足や食材費高騰の環境下でも、比較的チャレンジのしやすい場となっているのだ。実際に「狸COMICHI」への出店で成果を上げて、より広い路面店へ進出し成長を遂げた店舗の例もある。
「過去に携わった鹿児島の屋台村プロジェクトで施設オリジナルの焼酎の提供を行っており、今も人気の商品なのですが、『狸COMICHI』でも同様に独自のドリンク提供を行って集客に結び付けたいということで、北海道産の食材を使った全店共通のオリジナルドリンクを開発することになりました。その時に、数十種類の候補の中から試行錯誤を重ねてたどり着いたのが、『とうきび茶ハイ』。結果としてかなりのヒットメニューとなり、今では札幌市内の居酒屋でも取り扱われるようになっています」と、小野田さんは知られざるエピソードも教えてくれた。

飲食店の他に、北海道産の野菜や果物を取り扱う青果店も展開されている
地元の食材を使って、地元の食文化を代表するメニューで勝負する。地元で頑張るプレイヤーたちと手を組んで、ローカルビジネスの好循環を生み出していく。「狸COMICHI」は、北海道発の新たな食の可能性を見出す挑戦の舞台でもあるのだ。
オープンから4周年を迎えた「狸COMICHI」は多くの人々に支持され、狸小路の歴史に新たな足跡を刻んでいる。入場者数も開業以来、毎年ベストを更新中だ。一軒寄って帰るはずが、ついつい長居をしたくなってしまう。またフラリと、訪れてみたくなる。横丁にはいつだって、自由気ままな心地よさと、明るい笑顔が満ち溢れている。
街との深いつながりを示すように、施設内のスペースには狸神輿が収納され、入り口横には狸神社が鎮座している。変化の激しい時代の中でも、決して変わることのない大切なもの。狸小路が培ってきた豊かな精神性とカルチャーを受け継ぐスポットとして、「狸COMICHI」は街に根ざしながら、ゆっくりと着実に未来へと歩んでいく。

普段は施設内のスペースに展示されている狸神輿。毎年6月の北海道神宮祭や8月の狸八徳例大祭では神輿が担ぎ出され、狸小路を練り歩く
今後の施設の展望を、小野田さんはこう語る。
「北海道の名物であるジンギスカンや海鮮丼といった定番メニューから、地元食材を使った意外な組み合わせの逸品まで。個性とバラエティに富んだ店舗で、心置きなく北海道らしさを味わって満喫してほしいなと。インバウンドの観光客向けには、看板やホームページでの多言語対応も行っています。ここを拠点にして、日本中に、世界中に、狸小路の魅力が伝わり広がっていけば嬉しいですね」
2階にあるイベントスペースは、北海道内の自治体・観光協会がPR活動や特産物の販売に活用したり、催しのアフターパーティーや婚活パーティーのために貸し切りで使われることもあるそうだ。今後は飲食目的だけではなく、立地性を生かした「街の交流拠点」としてのニーズも、さらに高まっていくのではないだろうか。

1人の時は、しっぽりとカウンターで。友人や家族と一緒に、テーブルでワイワイと。場面に合わせて使い分けできる幅の広さも、魅力の一つだ
小さな路は、やがて大きな道になる。
2丁目から始まった志は、多くの人々を巻き込んで、新しい街角のムーブメントを生み出している。「狸COMICHI」のあたたかでどこか懐かしい賑わいのシーンは、これからも私たちのおいしく、楽しいひとときにそっと寄り添ってくれるに違いない。