シネマと狸小路~銀幕の余韻が宿る街

札幌・狸小路が登場する映画を、あなたはいくつ思い出せますか?

「ここで撮りたい」。そう思わせる何かが、狸小路にはあるらしい。75年前の黒澤映画から、この秋に日本公開された香港映画の新作まで、さまざまな作品のワンシーンを彩ってきた札幌・狸小路。かつて映画館が建ち並んだ商店街は、なぜロケ地としても人を惹きつけるのか。その魅力と変遷をたどる。
新目七恵-text 黒瀬ミチオ-photo

鈴蘭灯とエッフェル塔、幻の風景刻む2本

この夏も、狸小路に鈴蘭灯がよみがえった――。7月中旬から約1カ月間にわたり、商店街を華やかに飾る「狸まつり」で、そう懐かしく感じた市民もいたのではないか。
アーケード街4丁目。頭上に掲げられた、スズランの花をかたどった電飾のモチーフは、戦前から戦後にかけて狸小路に設けられていた街灯、通称・鈴蘭灯だ。

2026年の狸まつり、4丁目の様子(撮影:新目七恵)

鈴蘭灯は、1927年に狸小路5丁目が独自に設置し、すぐほかの丁目にも広がった商店街のシンボル。スズランの花を模した灯りは、夜の街が今ほど明るくなかった時代、狸小路の景観にひときわ鮮烈な印象を与えた。1942年には軍事資材として回収されて姿を消すが、1949年に再建されると、復興へと向かう市民の心を温める存在となった。

1937年の狸小路。戦時中に撤去される前の鈴蘭灯が映る貴重な写真(札幌市公文書館所蔵)

そんな戦後の鈴蘭灯をとどめた映画がある。1951年の黒澤明監督「白痴」(※カイ版「映画と握手」第4回で紹介と、1955年の田中絹代監督「乳房よ永遠なれ」である。

「白痴」は、ドストエフスキーの同名小説を戦後の北海道に置き換えて映画化した意欲作。純粋な心を持つ主人公(森雅之)が、強欲な友人(三船敏郎)の影におびえ、街をさまよう場面に狸小路が現れる。
短いシーンなので気づきにくいが、よく見ると鈴蘭灯の一部が映り込んでいる。ただ、この場面で目に飛び込むのは、まだアーケードのない商店街の南北を頭上でつなぐアーチ型の街灯の方だろう。これもまた、鈴蘭灯と同じく、丁目ごとに設置された特注の街灯。黒澤監督は、スズラン型の愛らしい灯りよりも、アーチ型の瀟洒な意匠に、この作品にふさわしい異国情緒を見たのかもしれない。

「白痴」撮影から5年後の1956年、狸小路3丁目。スズラン型の灯りと一体になったアーチ型の街灯が目を引く(札幌市公文書館所蔵)

ちなみに、「白痴」の撮影は1951年2月に行われた。当時の新聞(1951年2月14日付北海道新聞)によると、この年の札幌の積雪量は前年の倍以上だったとか。除雪作業は狸小路の悩みの種で、それが画期的なアーケード建設へとつながるのだが、それはさておき、雪が降り積もる在りし日の狸小路を見ることが出来るのも、本作の見どころの一つといえる。

一方、「乳房よ永遠なれ」は、帯広生まれの歌人・中城ふみ子の生涯を題材にした伝記映画。劇中では、札幌郊外に暮らす主人公(月丘夢路)の弟が、狸小路1丁目で馬具店を営んでいるという設定で、周辺の実景がたびたび映し出される。
鈴蘭灯が現れるのは、物語の序盤、創成川沿いから狸小路に入った主人公をカメラが追う場面だ。人通りも多く、にぎわう商店街の様子が、日常の風景として刻まれている。
狸小路1丁目を西側から捉えたこの場面で、もう一つ目を引くのが、背景にずんとそびえる巨大な鉄塔である。これは、1952年に1丁目の商店主たちが建てた高さ30メートルの広告塔で、その名も「札幌エッフェル塔」。狸小路の東端まで客を呼び込む狙いがあったそうだが、評判はふるわず、1960年にアーケードが出来ると姿を消した。

昭和20年代後半に撮影された狸小路1丁目のエッフェル塔(協力:札幌狸小路商店街振興組合)

鈴蘭灯にアーチ型の街灯、そしてエッフェル塔。映画に刻まれた往時の風景からは、客を迎えるために工夫を重ねた、狸小路の初期の歩みまでもが浮かび上がる。

 

雑多な風情とアーケードが、物語の陰影に

1960年にアーケードが完成して以降の狸小路を映す作品として、まず思い当たるのは「探偵はBARにいる」シリーズである。
第1作(2011年、橋本一監督)には9丁目の「三角山五衛門ラーメン」、第2作(2013年、同)には7丁目にあったシンガポール料理専門店と6丁目の「狸小路市場」が登場する。
注目したいのは、狸小路の中でも、昭和の風情が色濃く残る6丁目以西をロケ地としていること。狸小路の雑多で親密な空気が、猥雑なススキノを愛する主人公にはしっくりくるのだろう。

狸小路6丁目より西へ歩みを進めると、味わい深い建物が増え、通りの空気もどこか静けさを帯びてくる

さらに時代をさかのぼれば、1988年の「リボルバー」(藤田敏八監督)にも狸小路が現れる。盗まれた警察用拳銃をめぐり、人々の思惑が交錯する物語。拳銃を手にした鹿児島の男子高校生が、恨みを晴らすため北海道の札幌へ向かい、探していた男の勤務先として、狸小路のパチンコ店名が出てくる。3丁目に本当にあった「マルゲンホール」だ。
 その男は、女に手を上げ、通りすがりの高校生にも平然と暴力をふるうような人物で、札幌でもススキノのBARを解雇された末に、狸小路のパチンコ店へ流れ着いたことが示される。多彩な娯楽が集まる狸小路は、さまざまな境遇の人間が交差する場所でもある。そんな清濁併せ吞む雰囲気が、オフビートなこの群像劇に不思議とマッチしていた。

ところで実は、「探偵」シリーズにも「リボルバー」にも、アーケード屋根の外観は映らない。はっきり確認できる作品といえば、「ガメラ2 レギオン襲来」(1996年、金子修介監督)と吉永小百合主演「北の桜守」(2018年、滝田洋二郎監督)があるが、意外にも、その2本はどちらもセットで撮られている。
というのも、「ガメラ2」の場合、ガメラが札幌に降り立つ場所が、なんと狸小路(笑)。2丁目と3丁目のアーケードが映った次の瞬間、ガメラに踏みつぶされ、派手に破壊されてしまうのだ。

狸小路の顔といえるアーケード看板。「ガメラ2」では、
本物そっくりのミニチュア模型があっという間に破壊された

一方、「北の桜守」が描くのは、1970年代の狸小路。堺雅人演じるアメリカ帰りの青年が、日本で新事業を始める足掛かりとするのが狸小路の一角という設定で、真新しいアーケードが印象的に映される。
狸小路の公式サイトによれば、初代のアーケードは丁目ごとにデザインが異なり、個性を競っていたという。映画の内容はフィクションだが、劇中の派手な電飾看板は、時代性を見事に伝えていた。

特筆すべきは、「ガメラ2」も「北の桜守」も、大掛かりなセットを組んでまで、あえて狸小路を再現していることだ。ジャンルの異なるこの2本に、あえて共通項を見い出すなら、どちらもそこに生きる人々の暮らしぶりまで連想させようとした点ではないだろうか。アーケードは、札幌の街をひと目で伝える象徴であるだけでなく、市民生活に密着した舞台装置として、映画人を惹きつけてきたといえる。

 

異国のまなざしから見えるもの

いまの狸小路に目を移すと、海外旅行客でにぎわう観光名所として定着。そうした変化を反映して、近年は外国映画にも狸小路が現れるようになった。
2016年のタイ映画「一日だけの恋人」(バンジョン・ピサンタナクーン監督)は、30代の冴えない青年が、社員旅行で訪れた北海道で、事故のため軽い記憶喪失になった憧れの同僚と一日だけ恋人として過ごすことになるロマンチック・コメディー。狸小路では、女性がガチャポンを何度も回し、目当てのグッズを手に入れようと無邪気な時間を過ごす。

また、2026年9月に日本公開された香港映画「ラブ・ライズ」(ホー・ミウケイ監督)は、香港で成功した50代の女性医師と、マッチングアプリを通じて彼女に近づく20代の若者を軸にしたロマンチック・コメディー。後半の舞台は、女性の思い出の地である北海道・札幌。そこでの再会を装った誘いが、思わぬ展開へとつながっていく。
本作が興味深いのは、狸小路を単なる観光地としてではなく、女性が亡き夫との記憶に向き合う場所として扱っている点である。夜のアーケード街で、涙をこらえながらビールを口にする場面は、旅の高揚感の奥にある切ない感情を浮かび上がらせる。

映画「ラブ・ライズ」の狸小路シーン ©2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

札幌フィルムコミッションの試写イベントでは、協力した札幌の映像事業者が、狸小路での撮影は歩行者対応や時間制限、店舗への配慮もあり、決して楽ではなかったと語っていた。それでも、現地撮影にこだわったのは、香港の作り手たちが、狸小路にしかない空気を必要としていたからかもしれない。

「ラブ・ライズ」には札幌市電の狸小路電停も重要なキースポットに。さらに、エンドロールにも狸小路が出てくるので、お見逃しなく ©2024 Head Office Film Limited All Rights Reserved.

こうした海外映画から見えてくるのは、狸小路は、札幌らしさを映し出せる格好の場所であると同時に、人の記憶や感情を受け止める奥行きを備えているということ。
愛憎劇もハードボイルドも、異国の恋愛映画も、無理なくなじむのは、いつの時代も、この一本の商店街がそんな懐の深さを持ち続けているからなのかもしれない。

 

映画を愛する灯は、今も狸小路に

さて、「リボルバー」の話に戻ると、佐藤正午の同名原作小説では、高校生の少年が、男との約束までの時間を狸小路の映画館でやり過ごす。(鑑賞作品はエディ・マーフィー主演の「ビバリーヒルズ・コップ」!) 1980年代後半の狸小路にはまだ、映画館が溶け込んでいたことが分かる。

『ほっかいどう映画館グラフィティー』(亜璃西社)によると、映画の黄金期にあたる1961年、札幌には52館の映画館があった。このうち狸小路界隈には、1丁目に「帝国座」「帝国地下劇場」「札幌劇場」、3丁目に「遊楽地下劇場」「松竹遊楽館」、4丁目に「北海道劇場」、5丁目に「札幌日活館」「東映地下劇場」「東映劇場」と、10館近くがひしめいていた。
執筆陣の一人である和田由美は、単著『さっぽろ狸小路グラフィティー』(同)の中で、「“映画館通り”だった、あの頃。」と題し、自身の記憶が重なる1966年以降を回顧。先に挙げた映画館の変遷とともに、2丁目に「ニコー劇場」や「マリオンシネマ」、さらに6丁目には成人映画専門の「みゆき座」が狸小路にあった時代を、愛着を込めて懐かしんでいる。

2026年3月、閉館直前の「サツゲキ」。狸小路5丁目のこの場所は、1925年開館の「三友館」にまでさかのぼる、札幌の映画文化の拠点だった (撮影:新目七恵)

筆者自身、映画好きの一人として、狸小路5丁目にあった「東宝プラザ」に親しんできた。貸館「札幌プラザ2・5」の時代は自主上映会に参加し、2020年に「サツゲキ」の名で映画館として再出発してからも、折に触れて足を運んだ。だが、その「サツゲキ」も2026年3月に閉館し、いま狸小路に残る映画館は、6丁目のミニシアター「シアターキノ」のみとなった。
本稿の最後は、そんな6丁目で映画を愛する店主が営むビストロ「ELSKA(エルスカ)」に触れて締めくくりたい。

シアターキノの階段を下り、アーケードのない狸小路南側へ出て左に折れると、ほどなく「ELSKA」がある。

狸小路の喧騒を背に、南3条通にひっそりと佇む「ELSKA」

店主の大高修さんは札幌出身。中高生の頃からシアターキノに足しげく通っていた筋金入りの常連だ。とはいえ、当時の目当ては新しい映画チラシを手に入れること。大きな影響を受けた「トレインスポッティング」(ダニー・ボイル監督、1996年)や「バッファロー'66」(ヴィンセント・ギャロ監督、1998年)と出合ったのは、むしろ近所のレンタル店だったと振り返る。

「ELSKA」をオープンしたのは2015年。大学卒業後にいったん就職したものの、自分で店を持つ道の方が性に合っていると思い直し、東京のフレンチレストランで5年間修行。故郷の札幌で店を構えようと考えた時、シアターキノ周辺のサブカルチャーとハイカルチャーが同居する空気に親和性を感じ、この界隈で物件を探したという。
そうして見つけたのが、現在の建物。改修にあたり、あえて少しさびれたような壁の色合いにしたのは、アキ・カウリスマキ監督の作品世界をモチーフにしているというから、映画好きにはたまらない。

「ELSKA」は「愛」を意味するアイルランド語。由来を尋ねると、大高さんは「いろいろ考えすぎちゃって…」とはにかみながら、北欧に通じる空気を持つ札幌で店を営むことと、言葉の響きの両方に引かれて選んだと語った

映画のほか、文学や短歌、ジャズにも造詣が深い大高さんの人柄に引かれて、「ELSKA」にはさまざまな客が集まる。もちろん、シアターキノで映画を観たあとに立ち寄る人も少なくない。
「面白かったという感想もいいですけど、つまらなかったという愚痴も、楽しいですね、僕も口悪いですから」と大高さんは笑う。
そこでさっそく、好きな映画を1本尋ねると、「それって、自分がどう見られたいかですよね……あなたの1本は?」と逆に問い返され、思わず筆者の方が自分の好きな映画を語ってしまった。確かに、聞き上手な大高さんと映画談義に花を咲かせたら、食事もワインもいっそう進むことだろう。

ワインと楽しむカジュアルなフレンチも「ELSKA」の魅力。写真はサンマとポテサラのファルシ

脱線した話を元に戻して、あらためて大高さんに好きな1本を尋ねると、挙がったのはシアターキノで観たクレール・ドゥニ監督の「美しき仕事」(1999年)。理由を聞くと、「単純に好きだから。特にラストの、エンドロールの出し方が一番格好いい」と話してくれた。
さらに帰り際、「もう1本挙げるなら」と前置きして教えてくれたのが、グザヴィエ・ドラン監督の「わたしはロランス」(2012年)だ。「うちの奥さんと初めて会った時に盛り上がった映画なんです」と、照れもなく話す大高さんの笑顔がまぶしかった。
そのパートナーは、シアターキノに隣接する喫茶店「キノカフェ」の経営者でもある。狸小路から、いくつもの映画館や名画座が姿を消してしまった。けれど、映画を愛する人たちの思いは、今もそこここに息づいている。

「ELSKA」の店内にそっと置かれた緑色のテーブルランプ。多くの映画やドラマで小道具として使われる「バンカーズランプ」が、映画の気配を漂わせる

ELSKA
北海道札幌市中央区南3条西6丁目3−1
TEL:011-312-0393

参考文献
『さっぽろ文庫36・狸小路』(札幌市・札幌市教育委員会、1986年)
『さっぽろ狸小路グラフィティー』(亜璃西社、2013年)
『ほっかいどう映画館グラフィティー』(亜璃西社、2015年)

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