老舗に聞いた~狸小路で100年続けるということ

大正時代のビヤホールライオン狸小路店店内。ハイカラな札幌にふさわしい文化人の社交場だった(写真提供:ビヤホールライオン狸小路店)

市民の商店街から国内外の旅行客も多数訪れる観光スポットへと変貌している狸小路で、100年もの時を刻む老舗がある。開業当初から守り続けていることとは? 時代の流れをどのように乗り切ってきたのか? 現存する道内最古のビヤホールライオン狸小路店と来年100周年を迎える幸乃園 安中茶舗を訪れ、老舗としての真髄を探ることにした。
矢島あづさ-text 伊藤留美子-photo

【創業1914年・ビヤホールライオン狸小路店/札幌市】

活動写真を観た後はビールを飲みに行く

札幌に初めてビヤホールが登場したのは狸小路3丁目。焼芋や氷水を売っていた安田栄次郎が1910(明治43)年に「安田ビヤホール」を始めた。近くに札幌初の活動写真館「神田館」が開業し、狸小路に次々と活動写真館が増えていった大正時代。ビヤホールは活動写真を観た高揚感を楽しみ、文化や芸術論などを交わす社交場として愛されるようになった。そんな時代の流れの中で、1914(大正3)年、狸小路発祥の地ともいえる2丁目に、札幌麦酒(現サッポロビール)直営店として開店したのが「ビヤホールライオン狸小路店」だ。当初のビールはコップ1杯5銭。ウェイトレスが首から鞄を下げ、ホール内を回りながら「ビールの綴り券」を売りさばく姿が話題となった。

開業当初のビヤホールライオン狸小路店。場所は今と変わらず狸小路2丁目。
この頃はまだアーケードはなかった(写真提供:ビヤホールライオン狸小路店)

成人して初めて飲むビールを親子孫の三世代で

開業当初、ビールと枝豆のような簡単なつまみしかメニューになかったが、昭和に入ると食事もできるレストランの要素も持つようになった。「ビールにこだわる方だけでなく、ランチにオムライスやカレーなど食事だけする方も増えています。ただ、常連さん一人でも、家族連れも、大勢のお仲間も、隣合わせたテーブルの垣根を外し、仲良くなれるのがビヤホール。また、親子孫の三世代で、成人して最初のビールを当店で飲んでくださったお客様もいて、100年以上続いている店だからこそだと感慨深いです。これからも皆さまの人生の節目に寄り添っていける店であり続けたいと思います」と、経営管理部マネージャーの川口貴司さん。

札幌開拓使麦酒醸造所を描いたステンドグラスや大正時代からの写真などが展示され、ビヤホールとしての歴史が感じられる店内

1977年の発売以来「生のうまさ」にこだわり続けてきたロングセラー「サッポロ生ビール黒ラベル」
(写真提供:ビヤホールライオン狸小路店)

一番人気のつまみはLIONチキンの唐揚げ(写真提供:ビヤホールライオン狸小路店)

ライオン伝統の「一度注ぎ」にこだわり続ける

時代が移り変わっても、ライオンで変わらないのはビールを注ぐスタイルだ。一般的には、ビールを注いだ後に泡をのせる「二度注ぎ」だが、ライオンでは、最初に泡を作り一気にビールを流し込んでいく「一度注ぎ」。「余分な炭酸が抜けて、非常に飲みやすい。注ぎ方で味が違ってくるんですよ」と、店長代理の藤井英俊さんがその技を見せてくれた。ライオンでは、ベテランもアルバイトも定期的に研修を受けて、この「一度注ぎ」の技を磨いている。

カメラマンがシャッターチャンスを逃すほどのスピード感、神技のような「一度注ぎ」

さらに重要なのはビールの温度管理。通常の飲食店では、常温の樽ビールをサーバーで急激に冷しているが、ライオンでは、1℃か2℃に管理された冷蔵庫に樽ごと入れ、少しずつ冷しながらサーバーに上げていく。衝撃に弱いビールを徹底的に守り、グラスのフォルムや洗浄方法にこだわるのも「生まれたてのおいしさをそのまま」注ぐためだ。そして「ビールを飲める人も、飲めない人も関係なく、ビヤホールを楽しんでいただくのが使命」というサービス精神がライオンの大きな魅力だろう。

正時ごとに違ったセリフで道ゆく人に語り掛ける名物のからくり人形「ライオン男爵」

ビヤホールライオン銀座七丁目店の内装を模した店内

ビヤホールライオン狸小路店
営業時間/月~土11:30~22:00(L.O.21:30) 日・祝日11:30~21:00(L.O.20:30)
北海道札幌市中央区南2条西2丁目7 サッポロビル(狸小路2丁目)
TEL:011-251-1573
WEBサイト

 

【創業1927年・幸乃園 安中茶舗/札幌市】

午後1時過ぎ、焙じたての「ほうじ茶」の香りが店内に立ち込める

この地に住む祖父が始めた日本茶専門店

アーケードも昔のままで、昭和レトロな風情が残る狸小路7丁目。土地と家屋を持つ商店主が多く、かつては貴金属、製帽、時計、理美容用具などの専門店、老舗のレストランや食堂、名曲喫茶店、ビリヤード場やダンスホールも並び、他の丁目に比べて店の変動が少ないといわれていた。「最近は、夜にオープンする飲食店が増えたので、人の流れも昼と夜では全く違う」と話してくれたのは、1927(昭和2)年に創業した「幸乃園 安中茶舗」の店主、安中道明(あんなか・みちあき)さん。店の裏に倉庫と家があり、曾祖父の時代から住んでいた。「この辺は、資生館小学校に通う子が多く、子どもの頃は店の前が僕らの遊び場だった」という。知人から勧められて日本茶専門店を始めたのは、祖父の供吾(きょうご)さんだが40歳代で亡くなった。「父は後を継がなかったので、僕は三代目とは言えないんですよ」と笑う。

「日本茶の扱いは、ほとんど伯母と母から学んだ」という安中道明さん

開業以来、毎日店頭で「ほうじ茶」を焙煎する

来年、創業100周年を迎えるが、開業以来続けているのは、毎日、店頭で「ほうじ茶」を焙煎することだ。煙が出るので窓や出入り口の戸を開けると、たちまち香ばしい香りが店先から外へと放たれる。「ほうじ茶は、日にちが経つと香りが飛んでしまうので、毎日焙煎します。普段の生活の中で飲まれるお茶だからこそ、手間暇を惜しまず続けてきました」と道明さん。北海道での茶商の歴史を調べてみると、開拓時代は煎茶よりほうじ茶の売れ行きが良く、需要の高い農家から一般市民へと広まったらしい。

最初は白い煙が上がり、茶葉の色が濃くなると煙も茶色っぽく変化する

幸乃園 安中茶舗が扱うお茶は、京都の宇治産、静岡産と決めている。ほうじ茶に使うのは京都産が8割ほどなので、商品名も「宇治の華」。その年の出来具合を見て、茶葉や茎を3、4種ブレンドして焙じる。1回の焙煎に500~600gずつ焙煎機に入れ、ドラムを回転させる。「色と香りを見ながら傍にいるのは、その時によって仕上がりが違うから。時間を守るだけではダメなので、タイマーは使いません。冬と夏、気温、天候、湿度によっても加減は変わります」と、煙の上がり方を確認する。

焙煎した茶葉は木箱へ移し、かき混ぜながら粗熱を冷ましていく

香りにつられて「焙じたてをください」というお客さんが多いという。「でも、本当は一日箱に寝かせたものの方が香りは出るんですよ」

海外の日本茶ブームに外国語で対応

2026年(1~6月) 農林水産物・食品の輸出額を確認して驚いた。緑茶の増加額が+220億円とダントツの1位だ。欧米や東南アジア諸国の健康志向や日本食への関心の高まり、ラテやスイーツなどの食品原料として、抹茶を含む粉末状茶の需要も高まっているからだ。「とにかく抹茶がすごく人気で、茶葉も抹茶用の栽培に転換する農家さんも増えました。すると、普通の煎茶用が減少するので、全体的に値も上がる。うちにも台湾、香港、フィリピン、欧米、最近はタイからの観光客も多く、彼らは“抹茶”一筋(笑) 売れ行きは、以前の倍以上です」

煎茶の場合も安中さん独自のブレンドをして、注文を受けてから袋詰めする

店内には常滑の茶器や鉄瓶なども並び、お茶と一緒に購入する観光客も多い

海外からのお客様には、商品ごとに解説した外国語のメニューも用意している

「最近の狸小路は、地元の人が買物をする場所ではなくなってきている。僕が高校生くらいの頃、すでに通勤、通学路として通るだけでしたが、インバウンドという言葉が使われるようになって急激に観光客が増えました。昔はあそこに行けば安心、信頼できる専門店が多かったけれど、今は個人店だけでの集客は難しい時代」。それでも、幸乃園に通う人が絶えないのは、昔なじみの常連さんに対しても、SNS情報でやって来る海外観光客に対しても、真摯に向き合う姿だと感じた。

日本茶専門店らしい佇まいに外国人も引き込まれる

幸乃園 安中茶舗
営業時間/平日10:00~19:00 日・祝日13:00~18:30
定休日/第3日曜日
北海道札幌市中央区南3条西7丁目 (狸小路7丁目)
TEL:011-231-1921
FAX:011-231-1890
WEBサイト

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