老舗造船所、函館どつくのゴライアスクレーン。
無邪気で幸せな時間を見守るように、
映画に出てくる兄妹の、幼いころの記憶の中にたびたび登場する。
ゴライアスクレーンは、ブロックなどの重量物を運搬する造船用のクレーン。
函館どつくでは、最先端の設備を1973(昭和48)年から2年掛かりで設置したが、
直後の造船不況で、わずか3隻を作り、休止状態に。
造船ブーム最盛期を知る門型クレーンは、造船マンの誇りと涙のシンボル的存在だった。
その後も、港町・函館の原風景として40年近く親しまれていたが、2009(平成21)年に解体。
最後の姿がフィルムに刻まれた。
映画『海炭市叙景』は、函館をモデルとした架空の町「海炭市(かいたんし)」を舞台にした群像劇。会社の首切り。妻の裏切り。家庭内暴力。さまざまな事情を抱えた登場人物たちをさらに追い詰めるのは、ロケ地・函館のリアルな冬の情景だ。
たとえば、身寄りがなく、仕事も失った兄妹が山頂から見る街並み(原作通り、雪に覆われた街の“瓦礫感”が見事だった)。
家庭も、会社の経営にも行き詰まる男を取り巻く、荒涼とした空と海。
義母に閉め出された少年に迫る、冷え切った暗闇。
北海道出身の熊切和嘉監督は、ただ、あるがままの冬を切り取っていく。
だから、北海道の冬を知る者には、まるで身近なことのように思えてくる。
大晦日の夜、市電に乗り合わせた彼らを見ていて、ふと気づく。
どんなに冬が厳しくても、つらくても、彼らはこの街で暮らし続けるしかないのだ。
そう、私たちと同じように。
「海炭市叙景」2010年/熊切和嘉監督/出演・谷村美月、竹原ピストルほか/152分
新目七恵(あらため・ななえ)
札幌在住の映画大好きライター。観るジャンルは雑食だが、最近はインド映画と清水宏作品がお気に入り。朝日新聞の情報紙「AFCプレミアムプレス」と農業専門誌「ニューカントリー」で映画コラムを連載中。
ZINE「映画と握手」
新目がお薦めの北海道ロケ作品や偏愛する映画を、オリジナルのイラストと文で紹介するA3四つ折りサイズの手作りミニ冊子。モノクロ版は、函館の市民映画館「シネマアイリス」、札幌の喫茶店「キノカフェ」、音更のカフェ「THE N3 CAFÉ」で随時配布中。