好きになると、知りたくなる。
知ると、もっと好きになる。
映画と北海道をつなぐコラム「映画と握手」。
観た方歓迎、観てない方大歓迎!
新目七恵-text & Illustration
第4回

「白痴」

黒澤明といえば『七人の侍』や『椿三十郎』が有名だが、『白痴』はその前。『羅生門』が伊・ベネチア国際映画祭グランプリを獲得し、世界に注目される直前に撮られた作品だ。原作はロシアの文豪・ドストエフスキーの同名小説で、ロシアの都市サンクト・ペテルブルグだった舞台を、なんと、北海道の札幌に置き換えて映画化した意欲作である。

主人公は、「てんかん性痴呆(白痴)」の亀田(森雅之)。純粋で無垢な魂を持つ彼が、強欲な男・赤間(三船敏郎)、美女・那須妙子(原節子)、令嬢・大野綾子(久我美子)と出会い、濃厚な愛憎ドラマを繰り広げる…という物語。
と聞き、「オ、重たそう」と感じる方もおられるだろう。確かにその通り。
しかも本作は、4時間25分だった内容を、制作会社・松竹の意向で2時間46分に縮める羽目になり、さらに難解に。結果、映画史に埋もれてしまった“失敗作”といわれている。

けれど、時代が変われば、映画の見方も変わる。

三代目駅舎に鉄道管理局、消防本部の望楼…。今や失われた札幌の瀟洒な街並みを眺めるだけでも、一見の価値大あり! 特に、イラストのシーンは、中島公園の名物行事だった「氷上カーニバル」が登場。こんな不思議な祭りが札幌にあったんだ!という驚きと、クライマックスシーンとしての異様な熱気に圧倒されること間違いなしだ。

そして最近、原作本(望月哲男訳、河出文庫)を読んで驚いた。登場人物のキャラクターや重要な場面のエッセンスが、映画の中にしっかり落とし込まれているではないか! フランス版『白痴』(1946年、ジョルジュ・ランパン監督)と見比べると、その差は明らか。断然、黒澤版の方が面白く、「重たい」なんて敬遠していた自分を反省したのであった。

私にとってこの黒澤版『白痴』は、公開から70年近く経ったいま、ようやく輝き出した映画の“原石”だ。もっと磨けば、眩い光を放つに違いない。とすれば、完全版フィルムの消失が悔やまれる。どうか、どうかどこかに現存していますように!


令嬢・大野の家として出てきた洋風住宅。これは、札幌ゆかりの作家・有島武郎が、東北帝国大学農科大学(のちの北大)教授時代の1913年に新築した自邸である。亀田役の森雅之は、この家で暮らしたこともある有島の長男。とはいえ、幼い頃の父の死に強い衝撃を受けており、ロケは複雑な心境だっただろう。当初、北12西3にあった有島邸は、1960年からは北大が所有し、移築された東区北23東8で「有島寮」として活用された(私が担当したカイの特集記事「大学村の森」の一角にあったそう)。有島が特注したというモダンな屋根や窓は、移築復元された札幌芸術の森で今も見ることができる。

●札幌芸術の森・有島武郎旧邸(札幌市南区芸術の森2丁目75番地、TEL:011-592-5111)WEBサイト

「白痴」1951年/黒澤明監督/出演・原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子/166分

新目七恵(あらため・ななえ)
札幌在住の映画大好きライター。観るジャンルは雑食だが、最近はインド映画と清水宏作品がお気に入り。朝日新聞の情報紙「AFCプレミアムプレス」と農業専門誌「ニューカントリー」で映画コラムを連載中。

ZINE「映画と握手」
新目がお薦めの北海道ロケ作品や偏愛する映画を、オリジナルのイラストと文で紹介するA3四つ折りサイズの手作りミニ冊子。モノクロ版は、函館の市民映画館「シネマアイリス」、札幌の喫茶店「キノカフェ」、音更のカフェ「THE N3 CAFÉ」で随時配布中。

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