『男はつらいよ』シリーズを観ていない人が、私はうらやましい。だって、お調子者で見栄っ張りで惚れやすくて喧嘩っ早くて情にもろいあの寅さんに、これから48回も会えるのだから! そして、彼が旅するたび、恋をするたびに、笑ったり驚いたり心配したり怒ったり泣いたりできるのだから。
東京は葛飾・柴又。草団子屋を営む叔父夫婦と妹・さくら(倍賞千恵子)のもとに、テキ屋で全国を渡り歩く“フーテンの寅”こと車寅次郎(渥美清)が帰ってきて騒動を起こす人情喜劇。毎回登場するさまざまなマドンナや旅先の出来事も見所だが、映画の一番の魅力は、何といっても寅さんにある。
たとえば、函館・札幌・小樽などでロケされた第15作『寅次郎相合い傘』。東京で、マドンナ・リリー(浅丘ルリ子)をキャバレーまで送った彼がそのみすぼらしさに驚き、「一流のステージで歌わせてやりたい」と家族に語る夢の優しさ、切なさ、美しさ。アリアと呼ばれるその見事な語り口に、私は何度でも聞き惚れ、涙してしまう。顔で笑って腹で泣く。主題歌通りの彼の生き方が、年を重ねるほど心に沁みるのだ。
シリーズ48作中、北海道をメイン舞台とするものは8作。山田洋次監督は2018年2月、イベントで札幌を訪れ、北海道ロケが多い理由をこう話した。「北海道の大自然にいるとなんだか落ち着かないんじゃないかなぁ、渥美さんていう人はね。それが面白いから、何度も何度も来たんだと思います」。なるほど(笑)。確かに“北の大地と寅さん”という組み合わせは可笑しいかも。とはいえ、露天商稼業は街にしっくり馴染んでいた気がする。開拓の歴史を持ち、自由な気風の流れる北海道は、風来坊の寅さんにしてみれば案外居心地が良かったのではないだろうか。
さて、今年は寅さん誕生から50年の節目。なんと、22年ぶりの新作『男はつらいよ お帰り寅さん』が12月27日に公開されるという! とはいえ、寅さん役の渥美清さんは故人となっているわけだから、どんな風にスクリーンに帰ってきてくれるのか。今から楽しみだ。
ちなみに、『男はつらいよ』定番シーンのひとつが、鉄道。詳しい路線や駅については色々な解説書を参照いただくとして、私が気になったのは第15作で寅さん一行が乗った函館本線の列車の座席(イラスト)。青色モケットの4人掛けボックス席、窓枠下のミニテーブル&灰皿箱…子どもの頃乗ったのがまさにコレ! 調べたところ、その客車は「キハ40(ヨンマル)」。現在も主に釧路管内で活躍中だとか。あの妙に硬い椅子に、もう一度座りたいなぁ。
「男はつらいよ」シリーズ 1969~95年/山田洋次監督ほか/出演・渥美清
新目七恵(あらため・ななえ)
札幌在住の映画大好きライター。観るジャンルは雑食だが、最近はインド映画と清水宏作品がお気に入り。朝日新聞の情報紙「AFCプレミアムプレス」と農業専門誌「ニューカントリー」で映画コラムを連載中。
ZINE「映画と握手」
新目がお薦めの北海道ロケ作品や偏愛する映画を、オリジナルのイラストと文で紹介するA3四つ折りサイズの手作りミニ冊子。モノクロ版は、函館の市民映画館「シネマアイリス」、札幌の喫茶店「キノカフェ」、音更のカフェ「THE N3 CAFÉ」で随時配布中。