地球時間で地域を歩こう。

▲アポイ岳から太平洋を望む

日本列島の成り立ちへズームイン

立山の かぶさる町や 水を打つ

標高3千メートル級の立山(たてやま)を主峰とする立山連峰(富山県)がおおいかぶさるような富山の町。厳しい暑さをしずめようと人々が通りに水を打っている——。
山岳俳人とも賞される前田普羅(ふら)の、雄渾(ゆうこん)で清冽(せいれつ)な夏の名句だ。すぐれた詩歌は、人と大自然の関わりの思いがけない断面を切り取り、人間と自然を結びなおすような回路を作り出す。では、科学はどうだろう。科学に、大自然と地域の営みをとらえ直したり、そこから新しい世界観をいきいきと作り出すことができるだろうか。北海道マガジン「カイ」は、そんな思いから北海道の山岳や大地をとらえ直してみたいと思う。

縄文時代に最も価値ある装飾品だったヒスイの日本の主産地は、富山県や新潟県にあった。ヒスイはそこからはるばる北海道にも渡っていた。そのことは、ヒスイが生成された地質学的にも、そのはるか後の交易から見る文明史的にも、ともに日本列島を形づくる大きな営みのひとしずくだったといえるだろう。富山県には「立山黒部ジオパーク」、新潟県には「糸魚川ジオパーク」がある。太古を今日に直結させるジオパークには、目の前の歴史や地理の枠組みを越えて列島をとらえなおしていく、スリリングなシナリオが書き込まれている。

谷口雅春-text


「地域の新しい見方」としてのジオパーク

ジオパークは、地域の歴史や産業、そして暮らしを新しい手法で結んだり編集することができる。例えば北海道の中央部にある、三笠市の三笠ジオパークの例がわかりやすい。
三笠のはじまりは、幌内炭鉱の開山にあった(1879・明治12年)。石炭を小樽港から積み出すために、ほどなくして日本で最初の産業鉄道である幌内鉄道が開通。そもそも一帯には、良質な石炭が作られる、数千万年をさかのぼる植物の歴史と造山運動があった。そして1億年前、このあたりは巨大なアンモナイトや大型爬虫類が生きる海だった。

三笠を語るキーワードは3つ。「石炭」「鉄道」「アンモナイト(化石)」。それぞれ全国のマニアや研究者たちのあいだではとても名高いものだが、全体を束ねたり貫くものがなかった。だからまち内外への広がりに欠けていたという。しかし太古からの大地の変遷とまちの現在を直結するジオパークという「世界の見方」によって、これらが見事に一枚の大きな物語に織り上げられた。地域に新鮮な気づきと学びがもたらされたのだ。北海道のほか列島各地でジオパークの取り組みが広がっている背景にも、こうした構図や動向が見てとれるだろう。

山あいに残された、旧奔別炭鉱立坑櫓(ほんべつたんこう・たてこうやぐら)

北海道博物館の特別展「ジオパークへ行こう!」

7月9日から9月25日まで、札幌の北海道博物館では、「ジオパークへ行こう!-恐竜、アンモナイト、火山、地球の不思議を探す旅—」と題した特別展が開かれている。北海道の自然・歴史・文化の魅力を、ジオパークを切り口にあらためて探しだそうとするもので、道内5か所にあるジオパークと深く連携した、全国的に注目される展覧会だ。

特別展のイメージキャラクター、大地くんとめぐみちゃん。構成は、ふたりが北海道の大地への冒険の旅に出るストーリー。ナビゲーターを務めるのが、学名から名づけられた、ナキウサギのオコトナ

「夏休みのファミリーに、北海道博物館の展示を見てから、ぜひ実際に北海道各地のジオパークまで足を運んでほしいのです」。企画担当の学芸員栗原憲一さんは、狙いをそう話す。展示にはそのためのさまざまな仕掛けがいっぱいだ。
企画は6章構成。まずアンモナイトやモササウルスといった太古の北海道になじみ深い生きものたちから始まる古生物の世界と、北海道の成り立ちを地殻変動や岩石や鉱物でさぐるのが第1章から第3章まで。4章では農業やワイナリー、水産業など現在の地域産業と大地の関わりの解説があり、5章では松浦武四郎を入り口に、アイヌ語地名の意味などから近世以前の北海道に迫る。そして最後の第6章は、道内5カ所のジオパークへ出かけようという具体的な呼びかけになっている。

栗原さんは、広域にある複数のジオパークが力を合わせて取り組むこうした規模の展覧会は、日本でも例がないと語る。北海道がひとつの大きな島だからこそ、この展示がわかりやすく成り立つのだろう。そして全体の主旨を、「単なるジオパークの紹介に終わらず、ジオパークの考え方や仕組みについて掘り下げていくことにあります」、と強調する。

開会式後の特別観覧会で説明する栗原憲一学芸員

大地の内部のダイナミックなメカニズムを解説するパネル。該当する本物の岩石が、たくさんの子どもたちの手で貼られたもの

さらに栗原さんは、例えば「北海道が日本の古生物研究の中心のひとつであることを知ってほしい」と言う。太古の大地とそこで生きていたたくさんの生きものたちのことを、ロマンや物語として表面的に楽しむだけでなく、普遍的な科学として理解してみる。地域の名産品にしても、それらの母体である大地がもたらす環境を科学の目でとらえれば、借りものや一時のトレンドには収まらない次元から深く強く地域の魅力が発信できるし、受けとめることもできるだろう。

栗原さんの専門は古生物学。しかしフィールドワークや論文を書くといったことだけではなく、こうした企画展もまた、自らの研究のアウトプットだと考えている。「科学者が専門の知見を、開かれた公共の場で広くいきいきと社会に投げかける。そのことで科学も地域社会も得るものは大きいと思います」。ジオパークは、科学と社会の関わりを深く豊かに耕していく、科学リテラシーの実践の場でもあるのだ。

特別展の企画担当学芸員の栗原憲一さん

世界をもっと根源的に考えるために

人口が減りつづけ経済はずっと踊り場。このままでは地域がさらにやせ細ってしまう。列島の多くの人々は、そんな危機感を共有しているだろう。こんな時代にこそ、目先の効率や数字を追いかけるだけでなく、物事を徹底して根源的に、そしてはるかに長い時間軸で考えていく必要があるはずだ。そのための大きなヒントになるのが、ジオパークという「世界の見方」にほかならないと思う。

自ら内側から変わっていこうとする地域がよって立つべきもの。それはまず、その土地で途方もなく長いあいだ移ろい重ねられてきた大地の営みであり、それらを読み解き関わってきた先人たちの英知だ。いま地域社会に起きている逆風は、大地の時計で見ればほんの一瞬のものにすぎない。スケールや効率を求めていくばかりの価値観が、この先何百年もつづくはずはない——。ジオパークを訪れる僕たちには、そんな世界が見えてくるかもしれない。

自然生態系が豊かであるためには、まずなんといっても複雑な多様性が重要だ。同様にいまあるたくさんのリスクをかいくぐってこの社会が生きのびていくためには、規模や効率への志向をときには乗り越えながら、そこにあるものの意味や価値を幾様にもとらえていかなければならないだろう。これからの地域のあり方を大地と暮らしの中から主体的に見いだしていくために、ジオパークは、参照すべき社会のいちばん下のレイヤーとして存在し、活動している。


北海道博物館
北海道札幌市厚別区厚別町小野幌53-2
WEBサイト


北海道博物館第2回特別展

ジオパークへ行こう!

-恐竜、アンモナイト、火山、地球の不思議を探す旅—

会 期 平成28年7月9日(土)~9月25日(日)
時 間 9:30~17:00(入場は16:30まで)
休館日 月曜日(ただし、7月18日、9月19日は開館)、7月19日、9月20日
会 場 北海道博物館2階 特別展示室
特別展
観覧料
一般600(500)円、大学生・高校生300(200)円(高校生は土曜日は無料)
※( )内は10名以上の団体料金 ※中学生以下、65歳以上の方は無料
WEB 特別展のサイト

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