お酒は好き。けれど、詳しくはないし、味の違いを見極める自信もない。
そんな私が内心ホッとしたのは、鎌田さんがもらした「普段、酒を飲むときは単純にうめぇ~!としか言わないよ」という一言でした(笑)。
全国で約250人という日本酒・焼酎のテイスティング専門家資格「酒匠(さかしょう)」の取得者であり、約3万人が出場した第3回世界唎酒師コンクール(2012年)の日本酒&焼酎部門W準優勝という快挙を果たした鎌田さん。現在、さまざまなメディアや講演、イベントなどで道産酒の魅力を伝えながら、道産酒専門のBARを経営。その傍ら、日頃から酒をたしなむ熱心な“飲み手”でもあるそう。その始まりは、なんと出自までさかのぼるというから驚きだ。
―お袋は「北の誉」(※札幌北の誉酒造:1968年醸造廃止)、おやじはサッポロビールに勤めていて、2人が始めた酒屋の長男として僕は生まれました。子どもの頃から配達や店番を手伝い、あらゆる酒が身近にあったので、僕も自然と酒好きに。飲むことに関して、おやじは何も言いませんでした(笑)。
酒屋の息子で、飲み放題! 飲兵衛にとってはなんとも羨ましい環境だ。とはいえ、若いころから道産酒に注目していたわけではなかったそう。
―ビールを造っていたにも関わらず、おやじは無類の日本酒好き(笑)。「酒どころは米どころ」が口癖でした。その点、北海道は気候・水ともに問題ないけれど、米だけが遅れていた傾向にあります。1998年、北海道初の酒造好適米(酒造り専用の米)「初雫(はつしずく)」ができるまで、道内の酒蔵は道外米や食用米に頼るしかなく、全国的な評価も蔵によって大きくバラツキがありました。僕も20~30代のころは、特に道産酒を意識していませんでした。
実家の酒屋が業務転換したのを機に、鎌田さんは28歳でイギリスに留学。陶器の買い付けやコーディネートなどをし、1991年、30歳のときに帰国する。その後、ファミリーレストランの店長をしたり、すすきのでパブを経営したり、弟の営む「北の居酒屋 風雲児」で料理を担当したりしていたという。
―長く酒や飲食に携わって感じたのが、「地酒」に対する北海道と他県の違いです。たとえば、東北に行くと、「地酒あります」という店では、必ずその土地の酒が「これでもか!」というほど出てきます。一方、北海道では、他県の酒を用意する店ばかり(笑)。その状況は、「吟風(ぎんぷう)」「彗星(すいせい)」「きたしずく」と北海道独自の酒造好適米が次々開発され、それらを使った良質な道産酒が生まれても、すぐに変わりませんでした。僕自身、全国の銘酒を数百アイテム揃える居酒屋に身を置く中で、「地酒ってどういうものなんだろう」と考え始めたんです。
「地酒」と向き合い出した鎌田さんの背中を押したのは、ある老舗酒屋の存在だった。
―すすきので日本酒を扱うパブを始めた1993年ごろ、札幌の老舗酒屋「銘酒の裕多加(ゆたか)」(当時は「裕多加ショッピング」)の熊田裕一社長(当時)たちが取り組む「北都千国会」を知りました。これは、日本酒にこだわる北海道の“酒屋集団”。道外の蔵元酒を扱いながら、道内の酒蔵とタッグを組んでオリジナルの道産酒をプロデュースしたりしていました。その酒の質が非常に高く、「北海道はこんな酒も造れるエリアなんだ」と衝撃を受けました。北海道の人間が北海道の酒を育てる。その姿勢にも刺激を受けましたし、「北海道の酒が変わってきている」という空気を感じたんです。
道産酒の情報を発信したい。その思いを叶えるべく、鎌田さんは2008年、48歳のときに一大決心をする。10年勤めた「風雲児」を辞め、ひとり猛勉強。難易度の高い「酒匠」をはじめ、「北海道フードマイスター」「北海道観光マイスター」などの資格を取得。「北海道ソムリエ」を名乗り、全国で酒のセミナーやイベントを手掛けるようになったのだ。初めて酒に関する資格を取得した2005年から付き合っていた、室蘭の「酒本商店」3代目店主・酒本久也さんの存在も大きかった。
―酒本さんは、漫画「夏子の酒」の主人公のモデルとしても知られる、驚異的なきき酒能力を持つ方。僕のきき酒師の師匠です。酒は、杜氏が変われば味が変わるし、そもそも毎年造りが違う。ここまで知れば一人前、という終わりはありません。そこで僕は修行したのですが、酒本さんに「世界のスタンダードを知らずに、『国酒』は語れないよ」と言われ、日本酒、焼酎、クラフトビール、ウイスキーに加えて、ワインも勉強することに。…が、ワインの世界も広い。広過ぎでしたね(笑)。北海道初のフリーの「国酒ソムリエ」を3年続けた理由もそこにあります。時間が必要でした…。
鎌田さんの名を一躍広めた世界唎酒師コンクールの出場も、酒本さんのアドバイスからだ。
―「鎌田くんは北海道のイメージが強すぎるので、日本酒専門家としての実力、全国的な立ち位置を確かめてみろ」と言われて、締め切り前日に応募することに。すると、「申し込んだなら優勝だな!」となり、思わず「はぁ?」と返しましたよ(笑)。でも、「優勝すれば、北海道の酒を伝えるきっかけになるぞ」と発破をかけられ、本気になりましたね。
このコンクール。「唎酒(ききざけ)」というから、てっきり酒のテイスティング力を競うのかと思ったら、日本酒・焼酎の美味しさや楽しさを、わかりやすく、正しく伝える知識と技術、心のあり方を競うもの。筆記試験のほか、実技やスピーチもあり、決勝ではステージ上で実際に接客しながら酒と料理をプロモーションし、〝もてなしの心〟を披露するという公開審査だった。酒の幅広い知識はもちろんのこと、食とのマッチング力や、それを伝える表現力、実践的なサービス力まで問われるのである。
―日本酒部門と焼酎部門にダブルエントリーし、結果はどちらも準優勝。でも、ダブルの決勝進出が初ということで話題になりました。おかげで業界の方々にも広く知っていただき、僕に対する評価が大きく変わった出来事でした。酒に関するさまざまな発言が注目されるようになり、酒本さんに「今まで以上に鎌田くんは北海道のイメージが強くなったな」なんて言われるようになりましたが(笑)、北海道の情報発信のために動き始めたので、願ったり叶ったりでした。
世界大会で準優勝する前年の2011年秋、鎌田さんは「北海道産酒BARかま田」をオープンさせる。日本酒はもちろんのこと、焼酎、ワイン、ウイスキー、クラフトビールなど、道産酒300種類以上を用意。さらにフードも、オリーブオイル以外はすべて道産で徹底し、〝北海道愛〟を詰め込んだ念願の店だ。
―日本酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキー、リキュールと、北海道は〝酔う手段〟がほぼ全部揃う、全国的に稀な場所! さらに、食料自給率200%以上の食糧基地でもあり、食とのマリアージュが十分表現できる最高のエリアといえます。食文化には、その土地の文化や風土が必ず現れる。観光や歴史も学んできた僕は、気候風土を含めた魅力を伝えるよう心がけています。このマリアージュがさらに浸透し、実現すれば、もっと楽しい北海道のフードビジネスになるはずです。
―そもそも、「地酒ってどういうものなんだろう」という思いが、道産酒の魅力に気づく転機になりましたが、「地酒」の本質は“地元の素材で地元の酒を生み出し、地元の人が積極的に飲むこと”。だから、北海道に生まれ育った僕が、道産酒の魅力を北海道で伝えることに意義があると思うんです。
なるほど。「地酒」の喜びは、その土地にあり。道産酒を生み、育て、味わうことは、北海道に住む私たちの特権といっていいのかもしれない。
気づけば、まもなく開店時間。いよいよカウンターで一献傾けながら、鎌田さんの道産酒愛の続きを伺うことにしよう。(つづく)
「北海道産酒BAR かま田」
北海道札幌市中央区南4条西4丁目MYプラザビル8F
TEL: 011-233-2321
営業時間:18:00~25:00(日曜日&祝日は17:00~24:00)
無休(※12/31を除く)
WEBサイト
「酒匠鎌田孝の動画で楽しむ道産酒」
(YouTubeの専用チャンネル)