【旧永山武四郎邸~まちと歴史的建造物の楽しみ方-2】

「永山武四郎邸」で遊ぶ、学ぶ、参加する

6月22日にセレモニーが開催され、リニューアルオープンした旧永山武四郎邸。展示内容が充実し、見どころが増えた旧永山邸。旧三菱鉱業寮側は、会合やイベント利用も可能に(撮影:伊田行孝)

2018年6月23日、新たな観光文化スポットとしてリニューアルオープンした「旧永山武四郎邸及び旧三菱鉱業寮」。カフェや多目的スペースができ、より多くの人が楽しめるようになった。ただ見学するだけでなく、少し“滞在”することで見えてくる、歴史的建造物の魅力とは。
新目七恵-text 黒瀬ミチオ-photo

ナガヤマレストが目指すもの

カレーライス、ビーフシチュウ、スパゲッティ…。
今やすっかり定番となった“洋食”が、日本に普及したのは明治30年代という。
札幌に初めて西洋料理店が登場したのは、1881(明治14)年のこと。東京で修業し、札幌農学校の教師とともに来札した原田伝弥が、大通西2丁目に開いた「魁養軒(かいようけん)」である。

この店に永山武四郎が行った…かどうかは分からないが、開拓使は欧米文化を積極的に取り入れた。それは食事も同様で、永山も札幌で洋食を味わったのは間違いないだろう。

旧三菱鉱業寮1階に新設された「ナガヤマレスト」は、永山が生きた時代に好まれた洋食のイメージを継承しながら、現代的な流行のスイーツも扱うカフェレストランだ。和洋折衷建築である旧永山邸の特徴を反映した店のコンセプトは、「和洋折衷喫茶」。

店名「ナガヤマレスト」の「レスト」とは、「休む、休憩」などの意味。年配者には馴染み深い言葉を用い、新しさも感じられるようなネーミングとして考案したそう。夏季には屋外の席も楽しめる(撮影:伊田行孝)

店のロゴマークを生かしたオリジナルのステンドグラスが彩る店内は、市民や観光客でにぎわう。
メニューに並ぶ「牛100%ハンバーグビーフシチュー」「永山邸カレー」「厚切り牛ヒレレアカツサンド」「スパゲッティ ナポリタン」などの文字は、老舗洋食店の雰囲気を醸し出す。一方、「十勝新得町北広牧場のソフトクリーム」「ナガヤマパフェ」などの冷たい甘味も、これからの暑い季節に嬉しい。

カフェレストランの登場は、旧永山邸の存在をアピールする絶好の機会といえるが、「ナガヤマレスト」が目指すのは、“旧永山邸の中にあるカフェ”だけではないという。
「ナガヤマレストに行ったら、ここが文化財だったんだ、とお客様が気付くような“目的地”になればと思います。周辺地域の方々の生活に、花を添える場所でありたいです」とクリエイティブ・ディレクターの野村ソウさんは話す。

「人が集い、交流して〝輪〟を作り、旧永山邸という文化財を未来へつなげたい」と話す野村さん。そんな思いを込めた円形のモニュメントが、店内に飾られている。ぜひ探してみてほしい(撮影:伊田行孝)

確かに、興味がない人に、旧永山邸の価値をいくら説いても伝わらないだろう。けれど、「おいしいグルメがある」「楽しい時間を過ごせる」となれば、ふらり足を運ぶかもしれない。
それで喜んでくれればよし。ふと見た窓枠や柱に、時代を感じてくれればなおよし。さらに、館内のパネルや展示物で、旧永山邸の歴史に興味を持ってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

 

永山の時代と現代をつなぐ、旧三菱鉱業寮

さて、旧永山武四郎邸が建ったとされる1880(明治13)年より1年前のこと。
北海道開拓史において重要なスポットが、幌内(現・三笠市)に誕生した。
北海道初の近代炭鉱、幌内炭鉱である。
開鉱から3年後の1882(明治15)年には、石炭運搬のための幌内鉄道が全線開通。1906(明治39)年の鉄道国有法をきっかけに、財閥系企業がこぞって道内の新鉱開発に乗り出す。

こうした中、1911(明治44)年に旧永山邸を買収し、北海道進出の拠点としたのが、三菱合資会社(後の三菱鉱業株式会社)。ハーフティンバー・モチーフの洋館「旧三菱鉱業寮」が、旧永山邸の隣に増築されたのは、1937(昭和12)年のことだ。

当時、各地に民間企業の倶楽部が建てられたが、道内で現存する例は少ない

それは、1931(昭和6)年の満州事変以降、一気に増産へと転じた石炭産業活況期の出来事。民間企業が社員のために用意した福利厚生施設だけあって、華やかで優雅な昭和時代の息吹が建物の随所から感じられる。

階段を上がって正面はホール。椅子に座れば、窓からの向こうに緑が輝く

手すりなどの細かい装飾意匠も見どころ。気品ある赤絨毯が往時を想起させる

モダンな丸窓は、建物の中からも外からもよく映える


旧永山邸と並ぶことで、「明治前半期と昭和期の時代様式をそれぞれよく表し、共存しているという点でも建築的価値が高い」というが、旧三菱鉱業寮が伝えるのは、建築様式の変遷だけではない。

石炭産業は、鉄道や港湾の整備を促し、北海道の発展をぐんと推し進めるエネルギーとなった。それは、永山が人生を賭けた、屯田兵による北海道開拓の、次のステップといえるかもしれない。

旧三菱鉱業寮は、“炭鉱(やま)の記憶”を宿す貴重な遺産だ。
それが、札幌の街中に現存し、しかも、“開拓の記憶”を持つ旧永山邸と隣り合っていることに、不思議な感慨を覚えるのは、私だけではないだろう。
明治と昭和。2つの時代を体感することで、私たちは今、そして、未来をも見通す力を育むのかもしれない。

ちなみに、室蘭には、大正初期に建てられた「旧三菱合資会社室蘭出張所」が現存する。
こちらは、石炭の積み出しや炭質分析の作業を行っていたそうで、石炭積出港として発展したまちの歴史を伝えている。

 

まちの記憶の“スパイス”に

今回のリニューアルでは、旧三菱鉱業寮2階の和室3つの貸し出し(午前700円~)をはじめ、展示スペース「みんなのギャラリー」、図書閲覧スペース「まちの図書館」が登場したのもポイントだ。これらに共通するのは、“旧永山邸を身近な存在に”という思い。

地域をテーマにした写真や絵画などの展示スペース。もとは物入れだったが、リニューアルを機にギャラリーとして開放された

旧永山邸の建物や北海道の歴史に関する書籍、「さっぽろ文庫」などを自由に閲覧できる「まちの図書館」

「とにかく、多くの方にどんどん使ってほしい。そして、この場所を好きになってもらいたいんです」と語るのは、指定管理者のひとつ、株式会社ノーザンクロスの萩佑さん。今後は、ガイドやイベントなどを主体的に行う旧永山邸のファンクラブを組織し、市民サポーターを増やす計画だという。

道内の歴史的建造物の保存活用を支えるNPO法人歴史的地域資産研究機構(れきけん)代表理事の角幸博氏は「これからも含めて、色々な歴史が積み重なっていくのが、歴史的建物の良さ。さらに、その場所をある一定時間楽しめる方が、建物の良さに気付けるはずです」と話す。

「以前、旧永山邸で宿題する小学生たちを見て微笑ましく思いました。そうした使い方を今後も大切にしてほしい」と角氏

旧永山邸は、観光名所・サッポロファクトリーに隣接し、近くにはこども園や新築のマンションもある。周囲には永山記念公園が整備され、子どもや若夫婦の利用も多い。
「遊びに来る子どもから、昔を懐かしむお年寄りまで、さまざまな世代が旧永山邸に訪れれば、市民と歴史的要素が融合する魅力的な空間になるでしょう」と角氏。特に、「子どものときの体験は、大人になっても残るもの。旧永山邸が、そんな記憶の“スパイス”になれば」と期待を寄せる。

「れきけん」のガイド冊子に、「歴史的地域資産チェックシート」というページがあった。その価値評価の基準には、「歴史的価値」「地域的価値」「文化・芸術的価値」「環境的価値」「活用価値」に加え、「思い入れ価値」の言葉が。チェック項目を読んで、納得した。

住民の愛着があるか。
特別な愛称で親しまれているか。
絵画や写真の題材となっているか。

どんなに歴史があり、立派でも、そこに“愛”がなければ、価値は深まらない。
旧永山邸が、札幌の誇る歴史文化スポットになり得るかは、ここで遊び、集い、参加する私たち自身に委ねられている。

札幌市旧永山武四郎邸及び札幌市旧三菱鉱業寮
北海道札幌市中央区北2条東6丁目
TEL: 011-232-0450
開館時間:9:00~22:00(貸室は21:00まで、カフェの営業は11:00から)
休館日:毎月第2水曜日、年末年始
入館料:無料
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