二風谷イタが語ること

貝澤徹氏が曽祖父貝澤ウトレントクの作品(近代)を模刻したイタ。直径290mm(二風谷アイヌ文化博物館所蔵)

経済産業省が認定する「伝統的工芸品」は現在235品目。北海道では唯一「二風谷イタ」と「二風谷アットウ」の2品目が認定されている。それはアイヌの伝統的な生活具が今もこの地で造られていることの証左でもある。二風谷コタンの旅を「イタ」の話から始めてみよう。
露口啓二-photo

伝統的工芸品指定に結ばれた歴史

二風谷イタとは、沙流川流域に古くから伝わり、現在はおもに平取町二風谷で伝統的技法が継承されている、木製の平たい形状のお盆です。アイヌの伝統文化には、例えば刃物の鞘やタバコ入れ、衣服やゴザ、織機のヘラなど、日常使う道具を文様で美しく飾る志向が強く流れています。
カツラやクルミの木などで作られるこの工芸品の最大の特徴は、モレウノカ(渦巻の形)、アイウノカ(棘のある形)、シノカ(目の形)、ラノカ(ウロコ文様)などに代表されるアイヌ文様が、表の面全体に彫り込まれていることにあります。
二風谷イタは2013年の3月、北海道では初めてとなる、経済産業省による「伝統的工芸品」の指定を受けました。これは主に日常生活で使われる手づくりの工芸品を対象に、伝統的な技法と素材によって産地が一定の地域で成り立っているモノづくりを支援していく仕組みです。全国には253の指定産品があります(2019年11月現在)。二風谷イタ・アットウ以前、北海道には指定を受けたモノづくりがありませんでした。開拓史観による北海道の歴史叙述において、アイヌ民具の技巧が正しく評価されてこなかったという背景もあると考えられます。

二風谷のイタが最初に史料に現れるのは、幕末の安政年間(1854~1859)。松前藩が幕府に献上する産品の中に、沙流川流域の半月盆や丸盆の記録があります。献上品となるほどの完成度があったという事実は、それに先行する地域の長い営みが想像できます。
時代が下って1890年代(明治20~30年代)。貝澤ウトレントクと貝澤ウエサナシは、ラノカ(ウロコの形)を多用した盆や茶托などを販売していました。『平取町史』(1974年)には、彼らが作品を札幌で販売したという記述があります。貝澤ウエサナシの作品はいま平取町立二風谷アイヌ文化博物館にあり、今日の作品とも共通する文様や作風を見ることができます。
また1904(明治37)年、アメリカの人類学者フレデリック・スターはアイヌ研究のために来日しました。彼が集めた資料の中には、二風谷のイタも含まれていました。

ウエサナシ作(近代) 254mm×332mm(二風谷アイヌ文化博物館所蔵)

観光ブームが育んだ継承の道

現在のイタの作り手の中心は、ウトレントクから数えて4代目の世代です。青年時代の彼らが腕を磨いた1960年代から70年代。高度経済成長やモータリゼーションの発達によって、北海道に観光ブームが起こりました。道内外に北海道の豊かな自然や独特の文化が知られるようになり、人々はまだ見ぬ北海道を目ざしたのです。平取町の中心を通る国道237号は道央と道東や道北を結ぶ大動脈だったので、多くのツーリストがアイヌ文化が色濃く残る二風谷にも降り立ちました。
こうした観光客が求める土産品や贈答品のために、イタのほかにクマやニポポ人形、レリーフなど、さまざまな木彫りが作られました。二風谷の木彫は、工芸品の枠組みから観光土産品の領域にも展開したのです。地域は好景気にわき、町内外から多くの若者が木彫の技法を学びに来ました。この時代を担った3代目の世代から、現在の作り手たちはアイヌ文化の木彫の技法をさずかったのです。技術の継承や人材育成、そして商品の流通の仕組みなど、地域のモノづくりが産業としての底力を培ったのも、この観光ブームでした。そして作り手たちは時代の追い風を受けながら、伝統だけにとどまらない、そして従来の観光土産品のイメージやクオリティを超えた、新たな手法やデザインにも取り組んでいきました。

 

イタのいまと未来

二風谷イタは現在、二風谷民芸組合が中心となって製造と販売を行っています。組合は、次の時代を見すえた技法の継承にも力を入れています。作家にとってイタは、画家にとってのキャンパスです。一般の日用具に比べてとても大きな平面に、みずからの発想とデザインを自由に展開することができるイタの制作は、工芸の伝統と作家の個性が交わる豊かな世界です。
昭和の観光ブームが二風谷の工芸に大きな活力をもたらしたように、二風谷イタはいま「伝統的工芸品」の指定を受けて、さらに新たな歩みの章を綴ろうとしています。二風谷の歴史風土とアイヌ文化が生み出す文様の一本一本の線は、しなやかな生命力に満ちています。先人たちが作り上げた伝統を糧に、イタの未来は、工芸やアートの境界を超える新しい可能性を開いていくかもしれません。
*本稿は2015年に二風谷民芸組合が発行した「伝統的工芸品・二風谷イタ」(制作:ノーザンクロス)から抜粋・再編集した

作者不詳(近代) 直径600mm(二風谷アイヌ文化博物館所蔵)

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