お菓子は人やまちの記憶を明日へとつなぐ

いきなり私事で恐縮ですが、娘がまだ小さかった時、道すがら立ち寄ったまちのケーキ屋さんで、ショーケースに手の平と顔を押し付けるようにして並んだケーキを真剣に見つめ始めました。ガラスに手や顔の脂がつくので慌てて引きはがそうとすると、店主さんが「こんなに楽しそうに見てくれて、うれしいです。どうぞお気になさらず」とほほ笑んでくれたことが忘れられずにいます。

北海道はいま、スイーツ大国であり、札幌のデパ地下のお菓子フロアや新千歳空港に出店している有名なお菓子屋さんは連日大賑わいです。一方で地域に根差し、愛され、まちの歴史や物語を伝える銘菓もたくさんあります。

お菓子は「生活必需品」ではありません。でも、一人ひとりの日々の暮らしにつながって「わたしの必需品」であったりはするはずです。
今回の取材のなかで聞いた、六花亭のお話は印象的でした。2018年9月6日に発生した胆振東部地震で北海道がブラックアウトしたとき、何かできることがあるかもしれないと店を開けたそうです。とはいえ、工場も止まって商品の入荷もないなか、お菓子を買いに来る人はいるのか、この非常時に誰からも必要とされないのではないかと半信半疑で店に立つスタッフの前に、驚くほど多くの人々がお菓子を買いに来たそうです。おやつをほしいのではなく、栄養補給のためでもない。「六花亭さんなら開いているかもしれないと思って来た」、と。甘さとは別のホッとするいつもの時間、日常を求めてきた方々がたくさんいた、と。お菓子という小さな商品の底力を感じるエピソードでした。

生まれ育った空知は炭鉱産業で栄えました。それぞれのヤマのまちに、炭鉱で働く人々が求めた甘味がありました。そのいくつかは今も往時と変わらぬ味を提供しています。そうした今も愛されるまちのお菓子屋さんの営みや継承、長年の営業に終止符を打ったお店の記憶、菓子企業の未来へ向けた挑戦など、北海道のお菓子の物語を伝える特集です。

伊田行孝─text
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