どこにもない街をつくる─M'S雑居群

南2条通と狸小路7丁目の間にある「M'Sスペース」は、1995年にM'Sカンパニーの斉藤正広さんが初めて手がけたテナント施設

狸小路周辺には、M'S(エムズ)と名の付くビルが点在している。さまざまなジャンルの飲食店が入り、ビル全体が一つの街のようだ。たくさんの窓からいろんな色の灯りがもれて、老若男女が吸い込まれていく。M'Sビル群の仕掛け人を訪ねた。
石田美恵-text 伊藤留美子-photo

「血が騒いで」

M'Sビル群は現在9棟。狸小路とその北側の南2条から南3条にかけて、東は東1丁目と、少し間を空けて西は7丁目から9丁目にかけて点在している。新築のビルは数棟で、多くは古くからある建物の内部を全面改装し、建物ごとに表情は違うけれど、どれもハウルの動く城のような有機的な雰囲気にみちている。
入居しているテナントはイタリアンやフレンチ、居酒屋、バー、スープカレー店、喫茶店などジャンルはさまざま、合わせると約120軒にのぼる。M'Sビル群だけでハシゴ酒を楽しむ人も多いという。この魅惑の空間をつくり続けている人は一体どんな人なのだろう。

M'SカンパニーとMARO企画の代表である斉藤正広さんは、1971年に北海道デザイナー学院を卒業し、店舗デザイン・設計・プランニングを行う会社に就職。その後独立し、自身も飲食店の経営者、店舗プランナーとして活躍を続ける。1970年代後半から2000年代にかけ、音楽喫茶店にはじまり、カフェバーやビヤホール、屋台料理店、イタリアン、和食店、焼酎バー、ワインバーなどの飲食店を次々と開店し、いずれも繁盛させてきた。なかでも1989年に開店した「屋台料理CAMCAM(カムカム)」は札幌のエスニック料理のパイオニア的存在で、オープンから間もなく大人気店となり姉妹店も増えていった。今もCAMCAMや赤柱(現・ASIAN MARKET「スタンレー」)、肴や、菜 もっきりや、WINE厨房 月光といった店舗は健在だ。

当時のスタッフは、かつてこんな風に話している。
「あの頃のまろさん(斉藤さんの愛称)はノリにのってて、次から次へと新しい店を出すからついていくのがたいへんだった」
ご自身はこうふり返る。
「当時は『札幌にないものを作りたい』って発想で、やりたい店のイメージがゴロゴロありました。お客さんよりも店側の発想のほうが勝っていて、工夫して良い店をつくればお客さんが来る時代だったと思います。今は食べ物でも何でもお客さんのほうが詳しいけどね」

M'Sカンパニー&MARO企画の代表、斉藤正広さん。みな親しみを込めて「まろさん」と呼ぶ(撮影:伊田行孝)

最盛期には同時に10軒ほどの店を経営しながら、1995年に初のテナント施設となる「M'Sスペース」をオープンさせた。当初は別の場所にあったCAMCAMをM'Sスペースに移転し、ほかの区画をテナントとして貸し出すことに。これをきっかけに、それまでひっそりしていた西7丁目界隈に店の灯りが増えていった。
「もともと店舗の図面を書いていたので、そっちのほうが大得意なんです。やっぱり血が騒いだというか、飲食店の経営よりも店舗空間をつくるのに専念したくなっちゃって。いまのM'Sの雑居群みたいな建物は札幌になかったですし」

その後はテナント施設のプランニング・運営に軸足を移し、新しいビルをまたしても次々とオープンさせる一方、経営していた店はそれぞれの店長に譲り、「どの店も流行っていてタイミングも良かった。みなさんお金がないので5年ローンとか10年ローンとかで少しずつ払ってくれました」とのこと。「札幌にないものを」とつくり出し、多くのスタッフと育ててきた場所は今も灯りをともし続けている。

M'Sスペースオープン当初からの古株で、同ビルの顔となる1軒「たぱす」。バラエティー豊かな料理とお酒、店主・堤幸江さんの温かな人柄に惹かれて幅広い客層が集う。斉藤さん自身も10日に1度は訪れるそう

堤幸江さんは、斉藤さんが1977年にオープンした喫茶店「ぜんまい仕掛け」のお客さんだった。「まろさんとは50年の付き合いです」

同じくM'Sスペースの顔である「屋台料理CAMCAM」はM'Sの原点といえる存在。アジアン気分を盛り上げる屋台の活気と雑多感があふれている(撮影:石田美恵)

「水と電気はこちらで用意」

かつては薬局や八百屋、工場などだった古い建物を改築する際、元の建物のほぼ外壁しか残さない。壁を取り払い、柱を移動し、ときには屋根まで取り払うので、ほとんど新築のようなものだ。新しい壁や通路をつくり、複数の店舗が入れるように自由にデザインしていく。
ビルに入って1軒の店に入ると、隣の店の様子がちょっと見えて気になり、次に入ってみたくなる。トイレを探して細い廊下を歩いていくと、今度はこっちの店に来ようと思う。そんな建物を生み出すアイデアの源泉のようなものは、どこにあるのか。
「もともと新宿ゴールデン街や吉祥寺のハーモニカ横丁みたいな"雑多な雰囲気"が大好きなんです。M'Sスペースをつくった頃は屋台村が流行っていて、そういうのを一つのビルでできたら面白いんじゃないかという発想でした」

斉藤さんは頭の中でシャッと図面を引くように続ける。
「小さな店舗をつくるときは、壁をつくって小分けにしていきます。冷蔵庫やコールドテーブル(冷蔵庫と作業台が一体化した厨房機器)を設定し、厨房の通路は450ミリあれば十分。それにカウンターと椅子を置いて、奥の通路は420ミリでOK。ということは、奥行きが2メートル少しあれば店ができるんです。太めの人は少し大変だろうけど、普通の人はそれくらいで大丈夫。あとは店主が1人でも料理をメインにするなら、厨房のスペースを少し広げてあげるとかね」
どんな店舗が入るかによってデザインを決めていく。それから、テナント施設づくりで一貫しているのは、「水と電気はこちらで用意する」ということ。内装は店主が工夫して自作もできるが、いちばんお金と手間がかかる水回りと電気配線の工事は、全て終えてから貸すことにしている。

そもそも「M'Sの新しいビルができるらしい」という情報は、周辺で飲食店をやりたい人たちの間ですぐに広まり、テナントの多くは不動産業者を通さず、直接交渉で決まる。改修工事をする際はそれぞれの店主にシンクなどを置く場所を聞き、ぴったり合うように水道の蛇口をつける。コンセントの位置一つとっても、どこに何を置くのか細かく要望を聞いてから決める。そうやって丁寧に図面を描き、工事中は現場監督として通い、長いときは約半年かけて1棟のテナント施設が完成する。
「店舗づくりは楽しいですよ。ここにこんな店が入ってほしい、と空想しながら平面図に当てはめていくのが楽しい。ここはカフェ、こっちはちょい飲みの店とか、考える課程がわくわくします」

M'Sスペースの趣ある階段。この先に何があるのか期待が高まる

M'Sビル群の特徴の一つ、廊下の「小窓」から、店内の様子が少し見えるようになっている。「何も見えないと知らない店に入りにくいじゃないですか。だから、かすかに見えた方がいいかなと思って」

狸小路7丁目にある「TANUKI SQUARE」は2棟の建物をドッキングさせたユニークな構造。迷路のように巡る細い通路が楽しい

TANUKI SQUAREの南側に建つ「M'Sビルジング」は、青色のらせん階段が地下から3階までをクルリとつなぐ。ビル内でTANUKI SQUAREにつながる抜け道も隠れている

南4条西1丁目に建つ「M'S仲町」はビルに挟まれた仲小路の奥で、独特の存在感を放つ

最新のテナント施設は狸小路9丁目に2023年にオープンした「M'Sウエスト」。かつては酒店だったビルを約半年かけて改装した

「ど真ん中はロマンがない」

M'Sビル群は、すすきのや大通にはなく、狸小路周辺も中心部ではなく東西の先端に固まっている。その理由をたずねると、「ど真ん中につくるのはロマンがないし面白くない。借りるにしても高すぎるし」と教えてくれた。南2条東1丁目、二条市場の向かいには2006年にオープンした「M'S二条横町」をはじめ、「M'Sイースト」「M'SイーストII」の3棟が並んでいる。
創成川東側は今でこそ個性的な店が集まり、若者でにぎわう場所になっているが、2006年ころは夜になると人通りの少ないひっそりとしたエリアだった。「創成川イースト」という呼び名も定着しはじめたばかりで、街がどう変わっていくのかまだ見えていなかった頃に、なぜテナント施設をつくったのだろう。

「数年後に創成川公園が整備される計画も知っていましたが、直感ですかね」
M'S二条横町がオープンしてから、周辺に少しずつ他の飲食店も増え、夜の灯りが増えるにつれて人通りも増えた。
「僕は雑多な街が大好きなので、そういう街をつくりたい。中心部には、まぁそんなに必要ないでしょ」
少し遠くても、わざわざ足を運びたくなる飲食店。女性が一人で入りやすいお店。新しいことに挑戦したい店主があまりお金をかけなくてもスタートできる場所。小窓や入口から店内をのぞくと、立ち寄ってみたくなる個性的な店がたくさん並んでいる。どの店もさりげなく開放的で、かつ親密な空気が漂う。まろさんが思い描いた街の中を、今夜もふらりと散歩してみよう。

創成川イーストにずらりと並ぶ3棟、「M'S二条横町」「M'S EAST」「M'S EAST II」は二条市場が閉まったあとも界隈を賑やかに照らし出す

  • M'Sスペース 北海道札幌市中央区南2条西7丁目
  • PENCIL BLD 北海道札幌市南2条西6丁目
  • M'S二条横町/M'S EAST/M'S EAST II
    北海道札幌市中央区南2条東1丁目
  • TANUKI SQUARE 北海道札幌市中央区南3条西7丁目
  • M'S仲町 北海道札幌市南2条西1丁目
  • M'Sビルヂング 北海道札幌市南3条西9丁目
  • M'S WEST 北海道札幌市中央区南3条西9丁目
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