「植物は生きているから、空気を変える瞬間がある」
vol.23杉田光江さん/札幌市 風に吹かれて、種をまき散らすタンポポの綿毛。儚いイメージを持たれるけれど、そこに動物のような鼓動を感じる人はどのくらいいるだろう。綿毛を持つ植物の種を使ってインスタレーション作品を作り続けている杉田光江さんの個展に出かけた。「これは何の種ですか?」そんな質問を扉に、知られざる種の世界へと惹きこまれてしまった。
種の動物的な一面も見てほしい
「種は乾燥しているけれど、枯れたドライフラワーとは別物です。植物としての“気”が残っているからかな。とても惹かれる存在です」と、杉田光江さんは綿毛のように柔らかな笑みを浮かべた。横浜で生まれ育った杉田さんが草月流の生け花を習い始めたのは中学生の頃。当時としては珍しいフラワーデザインの科目がある恵泉女学園短大園芸生活学科に進学。卒業後はヒルトン東京内にあるフラワーショップに勤め、ホテルの宴会場やブライダルのフラワーデザインを担当していた。ご主人の転勤を機に、札幌へ移り住む。
なぜ、華やかな生花ではなく、綿毛の種を素材に選んだのだろう。「命を扱う生け花は水から離れられない。生花の美しさは圧倒的ですが、もっと、制限のない素材で表現したくなりました。同じ植物でも、切った瞬間から死へ向かう花と、子孫を残すためのエネルギーを蓄えた種とは大きな違いがあります。私が表現したいことは、生命力の源である種だからできること。種を大量に集積していくと、異空間へと空気を変える瞬間があります。植物がその空間を支配するというか…。その一瞬がとても魅力的で、またあの感覚を味わいたいな、と思うんです」。長年植物と向き合ってきた杉田さんは、「美しいとか可憐だとかいわれる花も、生殖するために咲くものなので、結構したたかだなぁ…と思うことがあります。種も同じように、タンポポの綿毛といえば、儚いイメージを持たれていますが、あれは生命の塊。動物の卵と一緒だと思います」
綿毛たちはペットのようなもの
杉田さんがタンポポの綿毛と対峙し始めたのは30年ほど前。丸い形のままのタンポポの綿毛を友人からもらって、作品の素材として興味を持つ。綿毛が飛ばないようにヘアスプレーをかけてみたり、あれこれ試行錯誤を繰り返した2年目の初夏、草刈りをして根から抜き取られたタンポポの山の中に、ふわりと丸い形のままの綿毛を発見した。「何故かしら?」杉田さんはじっくり観察をして、あることに気づく。花がしおれて綿毛が開く前のしぼんだ状態で採取し、そのまま室内に放っておくと綿毛が自然に丸く開くのだ。何という生命の神秘だろう。「作品のために大量に作る場合は、もうひと手間必要ですが、飾りとして数個作る程度なら、誰でもこの方法で綿毛が飛ばないようにできるんです」。
個展会場で見かけてから、気になっていたガマの綿毛について尋ねてみると、素材をストックしている作業場からフランクフルトのようなガマの穂を持ってきて、球形の綿毛になっていく過程を説明してくれた。「自然界のガマの穂は、秋になって種が熟すと、はじけて綿毛があちこちに飛んでいくんですね。私は種が熟す前に収穫したものを保管しておいて、作品を準備する段階で、こんな風に穂の部分をひっくり返すのね。ガマの場合は穂の外側が種で、内側が綿毛なの。内側の綿毛は最初、小動物の毛皮のような手触りで、そのまま放っておくと、ムクムクコロコロと球体の綿毛が生まれていくの。なぜそんな変化をするのかはわからないけれど、本当に呼吸をして生きているみたい。もう、それが可愛らしくて、私にとってはペットみたいなもの」と、杉田さんの綿毛への愛情はかなり深い。
自然を愛するスウェーデンで理解されて
昨年6月、杉田さんはスウェーデンのウステルビーブリューク(Ӧsterby bruk)村で開催されたアートエキシビション「CROSSROADS十字路/分岐点」に参加した。この村は、ストックホルムから車で75分ほど北上した位置にあり、スウェーデンの中でも最高品質と世界的に評価されたダンネモーラ(Dannemora)産の鉄鉱石を生産し、かつては“鉄のまち”と呼ばれていた。その一角にある鉄工場の倉庫跡オングハンマル(Anghommaren)を展示会場に、日本人とスウェーデン人のアーテイスト12人が同じ空間と時間を共有し、4000人を超える人々が交流する場となった。
杉田さんが滞在したのは3週間。種は持ち込み禁止の国もあるため、当初、素材を運ぶのも難しいと考えていた。ところが、タンポポとホルジュームの持ち込み許可が下り、現地に到着して1週間で作品を完成させることができた。「北海道と似た気候で、6月はちょうどタンポポの綿毛の季節。日本から持って行った綿毛とスウェーデンの綿毛を合わせて使うこともできました。私はアート出身の人間ではありませんが、植物を形や色だけでなく、生き物として扱えていると自負しています。言葉も通じないのに、日本よりも作品に対する反応が大きく、深く理解されたことが、とても嬉しかったです」。自然教育が徹底しているスウェーデンにおいて、北海道の作家が注目されているなんて、想像するだけでも心が躍る。
そら色のたね
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