北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
企業編【木製家具メーカー】

「どんなフォルムも、なんとかカタチにする」

vol.7 
株式会社 匠工芸 工場長・下地雅光さん/東神楽町
ここ数年、「旭川家具」が一つの地域ブランドとして注目されている。旭川市をはじめ東川町、東神楽町には80社近い家具メーカーがあり、そのうち旭川家具工業協同組合に属する会社や工房は約40社。組合員数が増えている家具産地は、全国でも他にはないという。
矢島あづさ-text 伊田行孝-photo

強度に支えられたデザインと機能性

大雪の山並みを望み、アスパラや稲穂が育つ東神楽町の丘陵地帯に、匠工芸はある。職人や技術スタッフは総勢46人。工場内を見渡すと想像以上に若手が多い。「ここで、ものづくりをしたい」と、全国から若き職人が集まってくるのはいったいなぜなのか。1級家具技能士であり、現場を取り仕切る工場長の下地雅光さんにお話を伺った。

「椅子のデザインをしたくて、地元の大学に進みました。ちょうど旭川で国際家具デザインフェアが3年に1度行われるようになり、デザインコンペで世界各地からの刺激を受けられる環境でしたから。僕が入社したのは23年前。まさか、職人として椅子をこんなに作り続けるとは思っていなかった」という。人々のライフスタイルが変わり、タンスや食器棚など、いわゆる箱もの家具の需要が減る中で、椅子など脚もの中心へと転換し、よりデザイン性を高めていこうとする時代に育てられた。

匠工芸では1年に数人、国内外からの学生を職人研修生として受け入れている。遠方からはるばる旭川へ、何を学びにやってくるのだろう。「他の会社では嫌がるような作りにくいフォルムでも、うちの場合はなんとかデザイナーが描いたカタチにしようとする。量産は後から考える」という。たとえば、繊細な曲線が重要なデザインであれば、そのイメージを壊さずに強度を出せるまで試作を重ねる。「図面に起こせないカーブを実現したり、強度試験を10回繰り返した製品もある」と笑いながらも、すべての製品の試作を担当する工場長の顔には作り手としての誇りが感じられる。

日本有数の家具産地であっても、大量生産の効率化を優先する地域では、職人が機械のように流れ作業で同じ部材しか作らない場合も多い。匠工芸がめざすのはその対極にある「ものづくり」だ。「人間が頭を使わなくなるから部品図を作るな。全体の原寸図を見た上で、その部品がどう使われ、寸法を間違うとどうなるのか、自分で考えなければ、ものづくりではない」というのが、技能五輪国際大会で銀賞を獲得した職人、桑原義彦社長の口癖らしい。

正面、側面、平面から見ても、角度の寸法が出なかったアームのデザイン。下地工場長がデザイナーのスケッチを見て勘でカタチにし、製品化されたロープチェア。腰のフィット感が素晴らしい(製品写真提供:匠工芸)

薄板の間に木材を挟んでプレスすることで、こんなカーブも可能になる

旭川国際コンペで入選したテーパードチェア。製品化するにあたり、強度試験を10回繰り返した。下地工場長は「心の強度試験でもあった」と振り返る。軽くて背のあたりが心地よい(写真提供:匠工芸)

接着面が増えるので強度が増すフィンガージョイント

頑丈な太さのある部材から生まれるのが、エゾシカの角のような美しいフォルム

クレールシリーズのダイニングハイバックチェア(写真提供:匠工芸)

こだわりは、人の手を感じられること

現在、匠工芸で生産している家具の8割は椅子、1割はテーブル、1割はその他の家具。以前はデザイナーから依頼されたものを製品化していたが、最近は自分たちのコンセプトをデザイナーに提案して考えてもらう仕事が増えている。新しい椅子を完成させるためには半年以上はかかる。まず、デザイナーのスケッチや図面から工場長が試作を繰り返し、量産するためにはどうしたらいいか、手順などのパターン化を考えるからだ。板材から無駄なくパーツを切り出す「木取り」の作業を終えると、製品ごとに各製作班に振り分け、責任を持って担当した製品の全工程を行う体制になっている。

匠工芸のおもしろいところは、常に「高品質」を守りながらも、ものづくりに対して壁を作らないことだ。デパートや家具店以外の販売ルートも切り開く。インテリアの企画や製造を手掛ける「アッシュコンセプト」とのコラボで生まれた「マッシュルームスツール」は、雑貨店で月に300~400脚は売れるヒット商品になった。最近人気の「アニマルスツール」もこのプロジェクトから生まれた製品だ。2011年3月11日の東日本大震災に生まれた子どもに「希望の君の椅子」を贈るプロジェクトにも積極的に関わる。

分解して持ち運べる手軽なマッシュルームスツール(写真提供:匠工芸)

工場内を見学すると職人たちから「こんにちは」と声が掛かる。この気持ちの良いすがすがしさ、可能性が広がる雰囲気はどこから生まれるのだろう。常務取締役の中井賢治さんは「うちの社長は人づくりを大切にしていて、会社にとってマイナスになったとしても、腕を上げた者には独立も認めている会社」という。ここで働く全員に技能士資格検定を受けさせ、技能を高める努力を続けている。そのため、就業時間外に工場で練習したり、自分の好きなものづくりもできる。家族のために作ったダイニングセットが好評で製品化されたことや、エレキーギターを製作してプロが買いに来たこともある。

「匠工芸がなければ、旭川の工房作家はこれほど多くは育たなかっただろう」といわれるほどの技術と才能を輩出し、地域産業を支えているのは確かだ。効率化の真逆にあるような「ものづくり」から生まれた椅子に座ってみると、背中や腰にかけてのフィット感、包まれるような座り心地は、海外で大量生産された椅子とは雲泥の差。「人の手を感じられる」、これが匠工芸の品質であると実感できた。

工程順に見ていくと、最後の仕上げはしっかり手作業であることがわかる

玄関の真正面に展示されているノミやカンナなどは社長が使っていた道具。年季の入った一つ一つから、匠工芸の原点が感じられる


1階のショップコーナーには、職人たちが就業時間外に作った木工クラフトも並ぶ。売り上げは製作者に還元している


匠工芸本社の2階にはショールームが設置され、ゆっくりとすわり心地などを味わうことができる

株式会社 匠工芸
北海道上川郡東神楽町南1-24
TEL:0166-83-4400 
※工場見学は要予約
Webサイト

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