北国の染め織りにいだく華麗なる激情
本の表は優佳良織作品『ナナカマド』、背は『サンゴソウNo.1』、裏は『花ゴザNo.1』のカバー写真に包まれている。その色彩の重なり合いの深みと厚みから生まれるあでやかさと手織りのあたたかさに邂逅すると、手に取らずにはいられないほどの魅惑的な懐かしさを感じる。著者は旭川に生まれ、学生時代から古代美術や染織工芸について研究し趣味で機織りの勉強をしていた。旭川市と道立工業試験場から、「北海道の織物をつくり上げ、それを主婦の内職に」と相談されたのは35歳ころであったという。
私が染織工芸の道に入った動機はいくつかある。その動機のひとつに、北海道にある優秀な緬羊の毛で郷土の織りものをという強い願望があった。(中略)この材質で、色彩的に北海道らしいものをつくりあげてみたい、というのが最初の動機でもあった。
緬羊の歴史を調べていく中で、札幌郊外の羊ヶ丘を訪れた。石狩原野の広大な丘陵地帯に放牧されていた何百頭もの緬羊の群れ。北海道大学恵迪寮歌にうたわれたそのままの風景に心を奪われ、感動を覚えたのだった。北海道のうるわしき風土、それを織りに表現したいと切望した。後に道立工業試験場を初めて訪れ、染織技術を見学している。
緬羊の毛を洗い、脂肪をとり、図案にあわせて幾通りにも染めわける。さらにそれを何色にもミックスして糸に紡ぐ。(中略)1ミリのゆるみも許されない技術。ひとつの文様を表現するために、数えきれないほど手を動かし、足を踏みかえて織っていく。手仕事の中にある素朴さ。こころをこめたあたたかさ。そしてきびしさ。そのことに感動し、魅せられてしまったのだ。
本の扉には、親交の深かった彫刻家・故木内克の手書きで『手のぬくもり』の題字、織元・木内綾を彷彿とさせる画家・富重忠夫による『織姫』の口絵、そして、染織作品『流氷』、『ミズバショウ』、『ハマナス』などの写真が続く。『流氷』は油絵的絵画手法で織られた初めての作品。『ミズバショウ』は北海道の花をテーマにしたもののはじまりで、このあとに花シリーズの作品が繰り広げられる。
作品テーマ『流氷』の編では、「流氷」を染め織りで表現することを企画してから、作品として織り上げるまでの壮大なドラマが語られ、読む者をいきなりドラマの中にぐいぐいと引き込んでいく。
毎年真冬になるとオホーツクの海に出かけた。そこで、自然の過酷なまでの厳しさを思い、凍てつくような寒気のなかで、あかず氷原をながめた。深夜、再びでかける。(中略)流氷の去る時、また出かける。寒気は緩んできているが重装備で出かけていっても、浜辺に立っていると、全身がこおってしまう。カゼをひいたことも再三あった。
行くたびに違ってみえる流氷の表情、立って眺めるだけでなく、這うような姿勢になって眺めてみるなど、傍からその姿をみると、この極寒の中、気がふれたのではと思うほど。そんな繰り返しのなか、何年かが過ぎていく。
こうしてオホーツクの海の色を追い続けて、糸を染め分け、つむいでいるうちに、百色以上の色になった。それでもまだ、納得できる色での表現、作品のイメージが定まらない。自然の色彩の神秘さに、暫し、創作意欲を失ったこともあったという。
そのような折、北海道新聞で紹介された流氷画家・村瀬真治さんを紋別市のアトリエに訪ねた。「春になって歓び、優しい表情の流氷」の絵画と出合い、ヒントを得、すぐさま機に向かい、念願の油絵的絵画手法で初めて織り上げることができたのである。
この染め織りへの創作姿勢は作品『流氷』のみならず、どの作品にもつらぬかれ、北海道の美を優佳良織で産み出すための真摯さと激しさが圧倒的な力をもって迫ってくる。織りのテーマを北海道の風土とフォークロアと定め、多彩な色の調和に美の実相を飽くこと無く求め続けた。著者は「工芸品はそれをつくる者の心である」との信念を語っている。
作家三浦綾子は歌人斎藤茂吉の次の歌に永年の友人である木内綾の姿を見ていた。
「あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり」