財政破綻の過疎地に新たな扉を開く
北海道の中央に位置する苫沢町は老人だけの世帯が多く、活気のない財政破綻した山間の町である。『向田理髪店』を営む向田康彦(53歳)は、30年前に父親から引き継いだ稼業を自分の代で終えるつもりでいた。一応、中心街に店舗を構えてはいるが、客の大半は高齢者なので前途洋々とはいえない。
変化のない虚しい日常を送る中、思わぬ事態が起きた。正月に帰ってきた息子の和昌(23歳)が熱く語った。
「おれは地元をなんとかしたいわけさ(中略)理髪店を継ぐことにしたから。
サラリーマンにはいくらでも代わりがいるけど、苫沢の散髪屋は代わりがいねえべや」
康彦は反論を抑えて、もう少し待てと諫めた。老後を思うと有難い、だがこの町に明るい未来は望めない。息子は札幌の商事会社を辞めることに未練はないというけれど、本心は仕事がうまくいかなくて、逃げ帰るのではないのかと、胸に複雑な痛みを感じた。かつての自分と同じ道を歩んでしまうのではなかろうか…。
札幌でうまくいかなかったのは、30年前の自分だ。大学を出て、中堅の広告代理店に就職し、張り切って働いていた(中略)自分にはアイデアを出す能力がないことを思い知らされた(中略)無から有を生み出す創造力に欠けていることを思い知らされた。
弱さを隠し故郷に逃げ帰った。そんなトラウマを息子に重ねてしまうのだった。
雪で閉ざされる廃墟地はゴーストタウンと化す。不気味な静寂が夜に漂う。
北国の過疎地にようやく夏が訪れる頃、町民を驚愕させる事件が勃発した。
東京で暮らしていた広岡秀平が詐欺容疑で逃亡していると、名前と顔写真を交えてTVは放送していた。被害者の老人が自殺したこともあり、犯罪として扱われている。
「おい! これ、広岡君の息子でねえか!」(中略)康彦は、思わず腰を浮かせ、大声を上げた。驚いた母が入れ歯をテーブルに落とし、ふがふがと呻いている。
秀平は和昌よりも2つ上で子供の頃は一緒に遊んでいた。店に来るときは行儀のよい子だったと、康彦は20年前の光景を回想し、広岡家の様子を気にかけた。マスコミが殺到する前にどうにかしたいと迷うが、既にテレビ局が動いていた。広岡家はマスコミが殺到し翻弄された。寝込んでしまう母と自殺を考えてしまう父は、町民に支えられながらなんとか平常心を保つことができた。そんな頃、青年団と共にする和昌の行動に、康彦は疑念を抱く。まさかあの連中、秀平を匿っているのでは? だとしたら犯罪だ。そんなとき携帯が鳴り警察署へ向かった。
なんと、和昌と数人の団員が容疑者を警察に出頭させた事を知る。
一晩匿っていた事実は罪には問わないと署長は言う。腑に落ちない康彦に和昌は説明をする。
「秀平さんから連絡があったべさ(中略)逮捕されるのはしょうがないとしても、自分にも言い分はあるし、それをおふくろに聞いてもらいたいし、何より手錠をかけられる前に、ちゃんと謝りたいって(中略)昔は何かあるとつまはじきだったそうだけど、これからの小さな町はちがうべ。みんなが仲良く暮らせる偏見のない町作りだべ」
若者たちはこの町を見捨ててなどいなかった。過疎化が進むなか未来に兆しが見え始めた。熟したメロン畑にも爽やかな風が吹き始めた。
苫沢町のモデルは夕張市と思われる。かつては石狩炭田の都市であった。現在は繁栄の面影や産業の名残はないけれど、たくましく生きる姿がある。この町の夏を彩るメロン畑の壮観なる風景は、人々の心を和ませてくれる。