年上の女性と二人の若き自衛官
優子は図書館で調べものをした帰りに、突然若い男性から声を掛けられる。喫茶店でコーヒーを飲みながら互いの自己紹介をする。防衛大学校を出た唐沢は、優子の興味をひいた。35歳の自分にとって10歳年下の輝く若さ、体格、知性、マナーにおいて不足はなかった。すぐに親しくなり、同居を始める。自衛官の制服が似合う凛々しい姿を眺め、彼のために食事をつくり、生活は円満で楽しかった。唐沢は知り合いの誰にでも、友人の郁馬にさえも、“わたしの今一番ステキな友達です”と優子を紹介する。
「あなたはステキです。わたしには勿体ないくらいです。こんなステキな年上の女性と交際しているということは、今や、わたしくらいの齢の男にとっては、ある種のステイタスシンボル、男の誇りですよ。これがギャル相手なら、当たり前すぎて、おもしろくもなんともない。」
唐沢との同居は半年を過ぎた頃、破綻する。“愛ってなんですか、愛って、こういうものじゃないでしょう”という言葉を残して、彼は出て行った。
優子の寝酒と喫煙は増えつづけていく。酔って郁馬に電話をかけながら、酔いつぶれて意識がなくなる。駆け付けた郁馬に介抱されたことがきっかけで、同居を始める。
しかし、郁馬の真面目な無邪気さが、気になってしまう。
「私のことは遊び相手と見なせばいいのよ。あなたが、同年配の、結婚を前提として交際できる女性と知り合うまでの、気楽な相手、広い意味での、友だち、として割り切ればいいの」 (中略) 「あなたが、そう言ってくれるのはありがたいけれど、これは、ぼく自身の問題です、ぼくの男としての」
悩みながらも、郁馬は急激に“大人の男の貌”を持ちはじめていく。憂い貌に漂う“不思議な男の色気”に見惚れ、優子は新鮮な目の楽しみを覚えた。
郁馬との関係にも、唐沢の影はまつわりついていた。
そんなある日、唐沢と郁馬の話し合った結果を聞かされた。
「ぼくたちは、あなたを尊敬しています。本来なら、マドンナとして、指一本ふれるべき人じゃなかったのかもしれない。その禁を破ったぼくたちは罪を受けたのでしょう。僕の自信の喪失と、郁馬の強迫観念。陰湿な三角関係とは、全く違いますからね、これは。三人で食事をしたり、ドライブにいったり、楽しく、仲良くやっていけると思います」
無垢(ピュア)で礼儀正しい青年たちの結論は、“二人の共通の恋人”で居てほしい、ということであった。
彼らエリート自衛官はそのうちに勤務地をあてがわれ、札幌を離れてゆくであろう。その日が遠くない事を感じる。優子は楽しかった日々を思い、若い彼らが成長したことを喜んだ。そして、恋でも愛でもない“男遊び“を充分に知ってしまった自分にも、気が付いた。
10年後、20年後の二人には、会いたくはなかった。唐沢と郁馬の二人の肩越しに、将来の景色はなく、現在(いま)だけが見えていた。
札幌が舞台になっている『マドンナのごとく』には、藻岩山を背景にした市立図書館、中島公園の遊園地、市街地を見渡す旭山公園、そしてラム肉料理のレストランなど、行動力のある若き自衛官の運転する車でのスピード感ある風景が展開してゆく。
著者が学んだカトリックの学校には、慈愛に満ちたマリア像が佇み、優しい姿で学生たちを見守っていた。国文科で、中世文学『源氏物語』の講読を一年間受講した藤堂氏には、第51帖で二人の若き貴公子から求愛される高貴な女性、浮舟の気持ちが漂っていたのかもしれない。