雪像の中から見つかった
現金のミステリー
雪まつり会場のある大通公園の市民広場(市民が制作した雪像コーナー)で、重機を使って雪像の解体作業が行われていた。作業中に重機の運転手が、雪像「白い神々の像」の中から現金を見つけ、警察に届け出た。
札幌市観光課の職員「彼」は部長から、現金の遺失者の調査を指示された。早速、刑事が市役所に来て、彼は現金発見時の様子を説明した。
「十時ごろだったそうです、運転手が三千万円を見つけたのは。白い雪の中に、黒と黄色の固まりが見えたので、運転台から降りて近づいてみると、黄色い紐のかかった黒いビニール袋の包みだった。運転手はそれを持って、少し離れた場所で同じ仕事をしている同僚の所へ走って行った。『爆弾じゃないか』『お金かもしれない』と言っているうちに、薄気味悪くなって警察に駆け込んできた、というわけです」
刑事は「彼」から、雪像作りの過程、制作者の応募方法等を聞いた。雪像作りの応募申込書のコピーを取るため、「彼」から申込書を借りて、刑事は警察署に戻った。
数日後、刑事から遺失者に心当たりがある人が出てきたので、取調べに立ち会って証言の正当性や矛盾点を指摘して欲しいとの連絡があった。翌日、「彼」は署に向かった。
事情聴取に現れたのは、不動産会社の社長だった。社長の証言によると、専務が会社の金庫の中に3千万円の領収書と手紙を入れて、先月に姿を消した。「彼」は別室で社長の証言の一部始終を聞いたが、矛盾点はなかった。また、専務が雪像の中に入れたという証拠も無かった。
社長の事情聴取の終了後に、2人組の若者が現れたため、引き続き聴取となった。2人は心当たりの人物を、仮名Aとした。3人で宝籤を共同購入して、Aが3千万円を当てた。当選後に当選金の配分を巡って相談したが、結論が出なかった。その後、Aは籤を銀行で換金して行方をくらませた。
3人の聞き取り終了後、刑事は雪像作りの申込書を見て気が付いたことを、「彼」に言った。刑事は応募者の中に、還暦を迎えた3人の生年月日とデッサンに注目した。
「三人の生年月日は、レストラン氏が一月十七日、チェーンストア氏が二月一日、そしてガソリンスタンド氏が二月五日なんです。この日に思い当たることはありませんか?」
「二月一日はスノーフェスティバルの開幕日、五日は閉幕日ですね。一月十七日は……」
「三千万円がくるんであった新聞紙の日付です」
彼は小さな声をあげた。刑事は(中略)テーブルに三枚の紙を並べた。
「三人の雪像作りの申込書です。デッサンをご覧なさい。(中略)年が同じだと、考えることも似るもんなんですね」
1週間後、刑事から新しい情報が入ったとの連絡があり、「彼」は署に向かった。4人目は初老の婦人であった。婦人の息子が定期預金3千万円を解約、「しばらく旅に出る。心配しなくてもいい」というメモを残して、失踪した。刑事はしばらくしたら戻るのではと言って慰めたが、逆に婦人を怒らせしまい、聴取が終了した。
「彼」が役所に戻ろうとした時に、刑事は申込書を返却。それと同時に、新聞のスクラップを何枚か見せた。
「この新聞のこれとこれ、こっちの新聞のこれもですが、文章こそ違え同じ趣旨の投書です。名前に覚えがあるでしょう」
「こ、これは……」
彼は名前を見、投書を斜め読みしながら、自分の顔色が変わっていくのがわかった。
「雪像に三千万円を入れたのが誰で、何のためにか、ということは私ども、いや私には結局わからなかったことになるでしょう。私の仕事は終わりました」
その後、警察に情報が寄せられることなく、拾得物の時効が成立した。拾得者である運転手は権利を放棄したため、3千万円は札幌市の所有となった。市長は、白い神々の像と全く同じブロンズ像を造り、同じ場所に建立することを決めた。
「彼」と刑事は像の除幕式に参加。その少し離れた楡の大木の下のベンチで、3人の初老の男性が像を眺めていた。
さっぽろ雪まつりは1950(昭和25)年から始まり、国内外からの多くの観光客で賑わう。近年では雪像の解体作業にも注目が集まり、見物客の中には作業の一部始終を写真や動画に収める人もいる。作業は閉幕の翌日の深夜から昼にかけて行われる。危険が伴う作業のため、具体的な時間の公表はしてない。