岩﨑真紀-text
vol.13

閑話・遭遇率3%、人生を変えるド級の作品

私としては、毒気抜きで気持ちよく褒めたつもりだった前回のコラム。しかしとある方から懸念の言葉を頂戴した。

指摘を受けたのは「TGR札幌劇場祭の審査員としての観劇は大変だったよ、今年は気ままに観てるよ」と書いた冒頭部分。「楽しかった・やりがいがあった的な内容が書かれていない、観る作品は選んでいいとか観て相性が悪かったら…という表現は、面白くない作品が多いとも読める。関係者の気分を害しはしないか」とのありがたいご心配なのだ。

いやはや、忖度力が低くて大変に申し訳ない。
もちろん、多種多様な作品に出会えたことや、演劇関係者の祭の内側に招かれてつぶさに見聞できたことは、とても楽しかった。だがまぁ、私の知る範囲でTGR審査員を務めた方は皆さん大人、「大変」部分は飲み込んで「楽しませていただきました」とおっしゃっている。だから一人くらい「すっごく大変だったんだから!」と叫んでもいいと思うのだ。そうでないと、大人の対応の陰にあるものがいつの間にか「ないこと」になってしまう恐れがある。

TGRの審査に限らず、札幌の演劇イベントのフレームは「観る役割」をほぼ無償・観劇費用の大部分を自腹(!)で担っている方々に支えられて成り立っている。観られていない作品はどのような話し合いの俎上にも載せようがない。だから「観ておかなくては」という気持ちで「頑張って」観ておられる。そういったものを「楽しいのだからいいでしょ」で「大変」部分を切り捨てられるのではお気の毒。だから空気の読めない私がここで「観るのだって大変よ」と発信しておくことに意味はあるはずだ(笑)。

さて「面白くない作品が多いとも読める」という点について。いやぁ、これは本当に失礼しました。「小劇場の演劇作品にはかなりのアタリハズレがある」ということが私には当たり前になりすぎていて、「一般の読者がどう思うか」という点はまるっと失念していた。

「100本の演劇を観たとして、面白い作品が10本ぐらい。すごく面白いのはそのうち3本ぐらい」と言っていたのは、東京で活動する劇団「五反田団」の主宰者で演出家・劇作家の前田司郎。日本の演劇シーンの総本山である関東圏での観劇でさえ、そうなのだ。いわんや札幌をや。

でも考えてみれば当たり前のことだ。本屋で新刊本100冊を無作為に購入したら、全部が自分にとって面白いわけではない。理解できない作品、質がイマイチと感じる作品だってあるだろう。音楽や映画だって同様だ。

企画会議や編集者・プロデューサーの鋭い目に守られて創られた作品でさえ、そうなのだ。誰のチェックも受けず、作演家が創りたいものを好きなように創っている(札幌の)小劇場演劇はいわばインディーズ。諸々の面でアタリハズレが大きいのは当然だろう(もちろんプロデューサーや事務所が強力にコントロールしている、商業演劇に近い作品もあるが)。

「1割しか面白くないものに時間とお金を使ってられるか!」という人は多いと思う。うん、これが演劇の観客が(関係者が願うほどには)増えない原因だろう。今のご時世、手軽で安価でもっと効率のいい娯楽は星の数ほどもある。最初の一本との相性の悪さ、続けて観はしても当たりの出現率の低さ、それにうんざりして観客席から立ち去った知人は多い。…そういったことを隠して全ての作品が面白いかのように書いたところで、情報化社会に暮らす読者はごまかされてはくれないだろう。力の入った作品が多くエントリーし各劇団がそれなりに情報発信をしているTGRといえど「どの公演も連日完売!」とまではならないことでもわかる通り。

しかし前田司郎はこうも言っていた。
「大当たりは3%だけど、その3%はものすごく面白い。映画やドラマなどの面白いやつよりも、ずっと面白い」。

…前田氏は演劇のみならず、テレビドラマの脚本や小説、監督した映画作品などでもさまざまな賞を受賞している。近接する異ジャンルでも高く評価されている方をしてそう言わしめるものが、演劇にはあるのだ。

札幌で演劇に関わっている方々からも、「あの作品に出会って演劇を仕事にしようと決めた」「あれを観たから今の自分がある」という話を聞くことは多い。
開演から終幕まで徹頭徹尾集中し「これはまさに私のために創られた作品だ!」という興奮を感じながら過ごす、濃密な、ただ一度きりの時間。その衝撃と快感の強さは私も味わったことがある。インパクトに運命を射貫かれた人・快感に中毒した人が、演劇に関わるようになり、あるいは小劇場の客席に座り続けているのだろう。

「だろう」と書くのは、私自身は3%の快感の中毒者として客席にいるわけではないからだ。私は演劇作品そのものよりも、札幌で演劇を産業化しようという無謀にも思える試みに取り組む人々とその変化を、興味深く思っている。また、お互いの「面白い1割」や「すごく面白い3%」の不一致さ加減について、他の観客たちと語り合うことを、だ。

私の演劇への関心は「web版のための序文」で書いた通り、北海道という土地に描かれる模様への関心の一部にすぎない。私は演劇とは違うジャンルから客席に迷い込み、驚き戸惑いながら、自分が見聞きしたと思うものを記録し発信しているいち観客だ。札幌の演劇作品についての継続的な書き手が減っている今、前出の序文にある「劇評家を待ち続ける思い」は、より強くなっている。

北海道文化財団アートゼミ事業公演 五反田団『pion』(2016年9月上演)の1シーン。終演後のアフタートークで本文中の「100本観たら〜」という発言があった。『pion』は、獣(男)と女の恋から始まるシュールかつユーモラスな作品。確実に多くの人の「面白い1割」に入るだろう(提供:北海道文化財団)


岩﨑真紀(いわさき・まき)
情報誌・広報誌の制作などに携わるフリーランスのライター・編集者。特に農業分野に強い。来道した劇作家・演出家への取材をきっかけに、北海道で上演される舞台に興味を持つ。TGR札幌劇場祭2014~2016年審査員、シアターZOO企画・提携公演【Re:Z】2015~2016年度幹事。サンピアザ劇場神谷演劇賞2017年度審査員。