歩いてみたら、出会えた、見つけた。

暮らしびと

平取で感じた音や気配、 すべてが作品になる

版画家 こだまみわこ
廃校になった小学校をアトリエに、たった一人で暮らす版画家がいる。近くにお店もないのに、「パソコンも、車もいらない」と笑う。そのモノづくりの現場を、ちょっとだけのぞいてみた。
矢島あづさ-text 露口啓二-Photo

アトリエに掛けられた木版画「川のうちそと、川をめぐる」和紙182.5×274.5㎝(2005年)沙流川河口から宿主別川の源流をめざし、毎週のように川歩きをしている同好会から誘われて。途中からの参加だったが、 クマの足跡を発見したり、泥から馬が自力で脱出したり、そのとき見たもの、感じたことをたまらなく作品にしたくなった

25年前、廃校をアトリエにした

平取町で暮らすようになって25年。隣まちの門別町(現・日高町)に遊びに来たのがきっかけだった。たまたま入った喫茶店で廃校の話題になり、役場のKさんがアーティストの千代明さんがアトリエにしている旧鳩内小学校に案内してくれた。「いいなぁ…」とつぶやいたら、「同じような廃校、あるよ」と、連れて来てくれたのが平取町の旧川向小学校だった。近くには沙流川が流れ、上流に目を向けると日高山脈が連なる。馬が駆け回る牧場に囲まれたその廃校は、制作の場として魅力的に感じられた。

札幌での生活にピリオドを打ち、門別町在住の彫刻家やカメラマンと一緒に旧校舎をアトリエとして使いながら、地域の文化・芸術活動の場となる「沙流川アート館」の運営に参加させてもらった。難しい手続きは、すべて役場のKさんがやってくれた。なぜ、隣まちの役人が、これほど親身に世話をしてくれたのか、いまでも不思議だが、敷地内にある元教職員宅がすみかになった。ギャラリーや絵画教室、育児サークルの場として活用されるうちに、さまざまな人と出会い、ここでの暮らしが作品に影響していく。

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北方少数民族ウイルタの振楽器「ヨードプ」は魚皮で作られている。
ギャラリーで展示会をした進藤冬華さんと一緒に作った

ここでの暮らしがなければ、作品は生まれない

正直、この地に夢や希望、就職先があったから移り住んだわけではない。作家活動を断念したり、東京をめざしたり、結婚をしたり、このアート館を何人ものアーティストが通り過ぎた。私がここを離れないのは、作家として追いつめられ、最後にたどり着いた場所だから。写実的な油絵から空想的な木版画に転向したのも、この地で感じたことを表現するのにしっくりくるからだ。

パソコンも車もない生活だけど、夏は自転車があるし、町中までスクールバスに乗せてもらえる。それに地域の人がいろいろなモノを持ってくる。収穫したてのトマトやカボチャであったり、建物を取り壊すときに出た材木であったり。やってくるものは、すべて受け入れる。いらないものでも「あの人なら使うかもしれない」とアレコレ考えるのも、また楽しい。

この辺に住んでいる人たちは、私の版画を見て「これはあそこでしょ」と、すぐに気がついてくれる。免許を持っていないので、誰かの車で移動しただけでは、地理的なイメージがわかない。歩きながら絵にすることで、このまちのことがわかり、すべて腑に落ちる。

森や川を歩けば、エゾシカやヒグマの気配を感じ、渡り鳥の訪れにも敏感になる。雪や風、草花の芽吹き、暮らしの中で感じるひとつひとつが、作品のモチーフになり、ここにいる自分にしか表現できないと実感できるのが、なによりもうれしい。(談)

「森の中」油性木版 和紙 65.5×91.5㎝(2015年)

「森の中」油性木版 和紙 65.5×91.5㎝(2015年)
第 21 回鹿沼市立川上澄生美術館木版画大賞 大賞受賞作品
北方民族をテーマに作品づくりをしていたとき、飼っていたネコが急死した。そのときの混乱した心象から生まれた作品。北方に生息するトナカイ、昼寝するネコと人間、ツチブタ、コケ玉、そのひとつひとつが森の中で生き続けるように
(画像提供:鹿沼市立川上澄生美術館)

「たこいときれた」油性木版 和紙 137.0×182.5㎝(2006年)

「たこいときれた」油性木版 和紙 137.0×182.5㎝(2006年)
飼い犬「たこ」の命がもう長くはないと聞いて、リードを外して校庭に解き放してやった。それが、よかったのか2年も長生きした。いま、アトリエとして使っている旧川向小学校に通っていた生徒たちが、共同作業で描いたような作品にしたかった
(画像提供:北海道立北方民族博物館)

こだま みわこ 略歴
1963年 北海道北見市生まれ
1985年  兎の会(3人展) 2010 年まで隔年
(ギャラリーいず/東京・銀座、他)
1987年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
1989年 武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻
油絵コース修了
2006年 「こだまみわこ版画作品展」
2009 年より隔年(創画廊/東京・東銀座)
2015年 第 21 回鹿沼市立川上澄生美術館木版画大賞展 大賞
「こだまみわこ作品展 木版画 北の自然と暮らし」
(北海道立北方民族博物館/網走市)
2016年 「こだまみわこ展」
(鹿沼市立川上澄生美術館/鹿沼市)
こだまみわこ木版画展「隣りの森に聴いた」
(ギャラリーオマドーン/桐生市)
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「心の凝りがほぐされて ~沙流川アート館にて~」
 フォトグラファー 露口啓二

もう5年も前、沙流川周辺を撮影していたころ、左岸の丘陵地帯のサラブレッド生産牧場の合間に、ひっそりと、しかし屹然と佇むアート館は、常に気になる存在でした。そこを拠点に、自身の作品制作、ギャラリーの運営、絵画教室と多彩な活動を繰り広げる児玉美和子さんと出会ったのもそのころ。図らずも昨年、アート館で写真を展示することになり、展示の最終日に一日だけ滞在しました。その数時間は、フクロウが営巣しているという環境のなかで、東京から平取に移り住んだという赤ちゃんを抱いた女性(5/25掲載記事「東京から平取に嫁いだ理由」に登場する川奈野浩林さんと祐仁君です)、平取周辺の地名を研究しているおじさん、農業からの転職を模索している青年、アイヌ文化の伝承に関わっている女性などなど、多彩な生き方をしている人たちと出会い、心の凝りがほぐされるような、身体の隅々にまで血が巡っていくような、至福の時間でした。
このアート館は、地域のコミュニケーションセンターとしても、とんでもなく重要な場だと実感しました。例えば自治体などが計画しても、おそらくうまくいかないようなことが、ここでは、図らずも成立してしまっている。児玉さんの人柄(きわめつきの自然体)にもよるのでしょうが、とても大事なことが起こっているように感じました。ここで展示をやって本当によかったと、つくづくそう思っています。

●沙流川アート館
1991年に廃校となった平取町立川向小学校の校舎を改修し、アトリエや絵画教室など、地域の文化・芸術活動の場として活用。ギャラリーでは年5、6回(6月~12月)、版画家こだまみわこをはじめ、絵画教室の生徒、道内各地で活躍するアーティストの展示会を開催している。
北海道沙流郡平取町川向61 TEL:01457-2-2127

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