ホタテを育てる。
漁師も育てる。
森由香-text 露口啓二-photo
北海道の漁業を支えるホタテ漁
北海道の海の幸の中でも、安定した人気を誇るホタテ。その水揚げ量は全国の8割を占め、堂々の日本一。また、「捕る漁業」が落ち込む中、「育てる漁業」の代表として北海道の漁業を支えている。近年は、品質の良さに加え、健康食材として天然魚介類を求める志向が追い風となって、中国やアメリカなど海外への輸出も伸びている。
育てる漁業―ホタテの養殖には、大きく分けて2つの方法がある。ホタテの赤ちゃんである稚貝(ちがい)を海に放して海底で成長させる「地まき式」と、稚貝に穴をあけロープで海中に吊るして育てる「耳吊り式」だ。地まき式はオホーツクと根室方面、耳吊り式は太平洋側の内浦湾と、エリアもはっきりと分かれている。内浦湾はホタテの栄養源となるプランクトンが豊富で、湾沿いに位置する八雲町はホタテを基幹産業とする町。1970年頃から耳吊り式の養殖を始め、現在、落部(おとしべ)漁業協同組合に所属する232人の組合員(平成27年度)のうち、100漁家170人余りがホタテに関わっている。
八雲町落部の村上朝克(もとかつ)さんは、ホタテを中心に、ナマコ、昆布、スケソウダラなどを捕っている三代目の漁師。養殖だけでも十分忙しいのだが、ホタテは資材も人手もかかるため、ほかの魚種の漁も必要なのだという。
ホタテ養殖は、海中に浮遊する稚貝を“採苗器”に付着させることから始まる。6月に投入した採苗器を1カ月ほどで引き上げ、わずか数ミリの赤ちゃんを取り出し、籠に移してまた投入。このように、成長に合わせて籠を変え、枚数を減らしながら海中で育てていく。
春を迎える頃には、浜が一番忙しくなる“耳吊り”作業がある。5cmほどに育った貝に1枚ずつ穴をあけ、テグスを通してロープに固定する。それを幹綱いわゆる桁(けた)と呼ばれる太いロープに吊るし、海中で10cm近くまで育てる。
水揚げまで約2年間、貝に付着する物を取り除き、浮き玉を調整してと、見回りも欠かせない。あのプリプリとした甘いホタテが食卓に届くまで、かなりの手間と時間がかかっているのだ。
厳しい海にもまれて、親方へ
自分の船を持ち、漁の采配を振るう漁師は“親方”と呼ばれる。村上さんは40歳。親方衆の中でもかなり若手だが、漁師のキャリアは長い。
「学校へ行く前に、沖に連れていかれたからな(笑)。兄貴と一緒に船に乗って、仕事を手伝うのが普通だったから、中学を卒業したらすぐ漁師になったよ」。
親方であるお父さんから「ほかの漁も体験して来い」と言われ、16歳の時に向かったのが、世界一過酷とも言われるベーリング海のカニ漁。「3カ月間ずっと海にいた。仕事はキツかったけど、いろんな人間が集まってくるから面白かったな」とサラリと言う村上さん。その後もアラスカへ行って鮭の加工を体験するなど、独自のやり方で修業を重ねていった。転機となったのは26歳の時。お父さんが倒れ、親方を継ぐことになったのだ。
「子どもの頃から船には乗っていたし、漁師の仕事はひと通りわかっていたけど、自分が親方としてやるとなると不安でどうしようもなかった」。
結婚し、子どもが生まれ、家族のためにと一生懸命に働いた。そして、親方になって6年、ついに自分の船を持つことができた。代々続いてきた「第八朝丸」の名前を印した新しい船を見た時は、「そりゃあ、うれしかったよ」と日焼けした顔をほころばせる。新しい朝丸は9.7トンとかなり大きいため、家族以外の人も雇用し、仕事の規模を広げていったという。
漁師を目指す若者がUターン
「第八朝丸」の乗組員は村上さんの家族を含めて7人。その1人が、この春から研修生として働いている松岡直哉さんだ。八雲町で生まれ育ち、釣り好きが高じて大阪の海洋専門学校へ進学。「育てる漁業」に関わる仕事を探していたところ、偶然にも村上さんの求人を見つけ、八雲へUターンすることになったそうだ。
「親方はなんでも一人でできてしまうスゴイ人。親方のようにはなれないけれど、ゆくゆくは漁師になりたい」。親方と並ぶと余計にスリムに見えてしまうが、すでに船舶免許を持つ、根っからの海好き、魚好きの青年だ。
ホタテ漁の船は夜中の2時に出発し、戻ってくるのは約10時間後の昼頃。海の上を仕事場とする以上、いつも危険は隣り合わせだ。親方はホタテを育てながら、乗組員の命も守らなければならない。そして、耳吊りの最盛期は作業場で20人以上の人が働くほど、地域の雇用にも貢献している。
では、漁師になるにはどうすればいいのか? まず、漁業協同組合の准組合員となって、漁師のもとで働いて仕事を覚える。漁協から正組合員と認められれば、その日から漁師になることはできるそう。もちろん資金なども必要だが、何より問題なのは「技術」と村上さんは言う。
「5年くらいの経験ではまず無理。特にホタテはお金も人もたくさん使うから難しい。単独でやるなら、昆布、なまこ、ウニなど、魚種を選んで技術を磨くこと」。
実際、漁師の仕事がしたいと、村上さんのところへ来る若者はいるが、長続きしないのが現状だ。そんな中で、松岡さんの仕事ぶりについては、「まじめだな」ときっぱり。「船に乗せる人間は、まじめじゃないと危なくてしょうがない。その点、松岡は大丈夫。あとは、船の上で覚えるしかない。これからだ」。
漁業は、親方をリーダーにチームプレーがものをいうシゴト。「いろんな人と話せるところが面白い」と言う松岡さんは、コミュニケーション力でも適性ありと感じる。スーパーな親方のもとで、どんな漁師に育っていくのか、期待がふくらむ。