考えてみれば、二条市場で買い物したことがない私。
後ろめたさを感じつつ、事務所で初めてお会いした鮮魚店「池田商店」の池田訓久さんは、こう言った。
「何を食べたいか前もって言ってくれれば、お造りでも何でも用意するよ」。
オリジナルのお造り! 食べてみたい。けれど、高いのでは…。すると、予算を決めた注文もOKという。そこでお願いしたのは、「3000円以内で、2人前のお造り」。魚種はお任せだ。
というわけで、数日後の2016年11月末、二条市場へ。
池田さんから刺身を受け取るのは“最後のお楽しみ”にして、まずは市場をめぐってみる。
予想外、いや、予想通りというべきか。
「札幌市民に人気の商品は?」と問い掛けると、店員さんの中には「う~ん」と返答につまったり、「観光客が多いから…」と困り顔の人も。
そんな中、「うちには水槽があるよ!」と手招きしてくれたのは、南二条通りに面する「橋本商店」の橋本浩司さん。案内された通路には、ホタテやカキがどっさり入った大きなケースが。
橋本さんは佐呂間出身。故郷で漁師となった同級生から直接仕入れるなどして、常に新鮮な魚貝類を用意しているのが自慢だという。
観光客向けにその場で焼く道具もあるが、買って帰る地元客もいるとか。
「酒蒸しで食べると美味しいよ。近くにある顔見知りの居酒屋なら、持ち込みもできるし」。酒蒸し&持ち込み! 昼間だけれど、気持ちはすでに夜モード。飲兵衛の血が騒ぐ。
続いて、通路となりの「須田商店」へ。すると、北海道の冬の味覚・飯寿しを発見。ハタハタと紅鮭の2種類がある。「観光客用ですか?」と尋ねると、「地元の方が多いですね」と、須田純子さん。
「こうじのなれ具合が絶妙なのよ」と、紅鮭の切り身を試食させてくれた。ほお張ると、ほのかな酸味が口いっぱいに広がる。
「これも人気よ」と、続いて見せてくれたのは、木箱に入った筋子。真っ赤な粒が美しい。釧路のメーカーから取り寄せている秀品で、今季の初物という。
さらに、「甘塩で口どけがパラパラしている」という鹿部産のタラコ、「小樽の問屋の特注品でスルメが柔らかい」という松前漬。次々商品が出てきて、目移りしてしまう。どれも量り売りなのも嬉しい。須田さんの気さくな口ぶりも相まって、思わず「全部ください!」と言いそうになった。
珍味を薦めてくれたのは、「長谷川昇商店」だ。「干し氷下魚(こまい)」と「ポンたら」は、「最近では手に入りにくいと、懐かしんで買う方がいます」とのこと。どちらも北海道の名産品。私も子どもの頃食べた記憶がある。炙ったり、マヨネーズをつけると絶品。酒のアテにもピッタリだ。
ほかにも、ホッケや紅鮭ハラス、イクラの醤油漬(各店こだわりあり)など、「今夜のおかずにいいかも」と思える商品を教わり、取材は終了。
意外(というとお叱りを受けるかもしれないが)だったのは、カニを買う地元客もいるということ。バーベキューの食材や誕生日祝いにするのだそうだ。
店の方から話を聞くと、買い手の暮らしぶりが見えてくる。
買ったばかりのホタテを酒蒸しにして、ビール片手に疲れを癒すサラリーマン。
「今年も美味しいねぇ」と言いながら、飯寿しを味わう夫婦。
茶の間でテレビを眺めながら、ポンたらをつまむ家族。
たとえ少なくても、そんな風景がある限り、二条市場は今も“市民の台所”なのかもしれない。
さて、お造りを注文した私が、「池田商店」の池田さんから受け取ったのは、えりも産バイ貝、ボタンえび、ホタテ、苫小牧産ホッキの4種盛り合わせだった。おつりが出たので、店のケースにあったマグロの頬肉(2枚500円)を追加したところ、店特製の生姜汁に漬け込んでくれた。
帰り際、「今日はこんなのもあるんだ」と、池田さんが店の奥から出してくれたのは、大きなマガレイ。つい、「これも…」と口走ったところ、「買い過ぎ、買い過ぎ。今度にしときな(笑)」と、こちらの懐具合を心配される始末。人情(?)という市場の醍醐味まで体感した。
その夜。ホッキのコリコリした歯ごたえや、ボタンえびの濃厚な甘みを堪能した私は、白飯を3杯お代わり。2歳の息子も、フライパンで焼いたマグロの頬肉を夢中になって食べた。
いつもより食卓が華やいだのは、美味しさに加えて、“市場で買った”という高揚感があったせいだろう。