頓宮という「磁場」を活かす、つくる、つなげる

TALK-1 暮らし、働く人が感じる創成東~頓宮を舞台に始動する

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南2条東3丁目。都心に佇む小さな神社を知る人は、親しみを込めて「頓宮さん」と呼ぶ。正式には、「北海道神宮 頓宮」。明治11年、雪深い冬は北海道神宮へのお参りが困難になるため、市民の願いから遥拝所(ようはいじょ)として創建。昭和22年、「地域の守護神にしたい」という要望により、御分霊を奉斎し、札幌神社末社となった。この頓宮へ、2年ほど前から、地域を想う人たちが集まりはじめているという。創成東はどんな“まち”をつくるのか? 頓宮という「磁場」へ引きつけられた人たちの声を聞いた。
森由香-text 黒瀬ミチオ-photo

柴田寿治/寿珈琲店主 雑貨と飲食のマーケットイベントの企画・運営も手掛ける
山本 忠/(株)ピントハウス 不動産事業部 部長
新谷一就/札幌南1条東郵便局 局長
近藤洋介/(株)ノーザンクロス 技術士(建設部門 都市及び地方計画)
中島 忍/平成2年北海道神宮に奉職 平成27年4月より頓宮の権禰宜(ごんねぎ)

中島 北海道神宮例祭(札幌まつり)では、この地域は「第七東祭典区」といって、祭りを仕切る8つの祭典区の一つ。しかも、頓宮は神輿が泊まるところですから、プライドを持って祭りに携わってきた方々が大勢います。中心となって祭りを仕切るのは8年に1度なので、次は平成31年。盛り上がりを見せることは間違いなく、まちの活性化にはいいタイミングと言えるでしょう。

新谷 8年前に今の郵便局へ異動になってから、地域の皆さんに誘っていただいて、お祭りや町内行事のお手伝いをしています。やはり年配の方が多いので、お祭りの準備などはかなり苦労されていますね。でもけっして閉鎖的ではなく、私たちの活動にも興味を持ってくれますし、何より、昨年のお祭りに若い人たちが手伝いに来てくれたことを喜んでいます。

柴田 僕はこの地区に会社を立ち上げてちょうど10年になります。会社の登記と自分の生まれた病院が同じ町内にあって、会社も自分も同じ場所で生まれたことに、まず地の縁を感じています。

山本 もともと居住者なので、家の近くに仲間と集まれる場所があるといいなというのが発端です。若い頃に通っていた狸小路の古い一角に空気感が似ていることも、この地区で何か面白いことができそうな気がしました。

近藤 僕はまちづくりの仕事から、創成東地区に関わりました。ワークショップなどでお話を聞くと、移り住んできた若い人たちから、この地区のことがわからない、情報がない、相談できる人がいないなど声がどんどん出てきて。これはもう仕事と切り離して、何か行動を起こさなくちゃと思って、柴田さんに会いに行ったのが始まりです。

柴田 札幌のまちづくりの基点となった創成川がありながら、どこかさびしい。一方で古くから住んでいる人たちは、創成イーストと呼ばれ、急激な変化に戸惑うのも当然です。そういう中で何ができるだろうと思い続けた、ひとつの答えが「神輿」です。10年ほど前から、山本さんと一緒に神輿会に入っているのですが、この地区は子ども神輿だけで、おとながかつぐ神輿がない。頓宮があるのになぜだろうと、祭りの意味なども考え始めて、僕らがやりたいプロジェクトが少し見えてきました。

山本 豊平神社、石山神社、発寒神社と、神輿を復活させる動きがあるんです。地域の核である神社にもう一度戻ろうという意識を感じます。ただ神輿を上げたいわけではなくて、お祭りは、おにぎりとかを持ってきてくれるおばあちゃんもいて成立するもの。地域の熱みたいなものが、まちづくりにつながるような気がします。

中島 古くからいる人、新しく来た人、一緒にできるのはやはりお祭りだと思います。魂を活性化させるのがお祭りですから。みんなで魂をゆさぶりあって、ひとつになって、おつかれさまでした、あしたからまたがんばりましょうというのがお祭り。そういったお祭りを共有すると、まちも人もひとつになれるのでないかと思います。

【札幌まつりと祭典区】

頓宮が創建された明治11年、市民の願いから神輿渡御(みこしとぎょ)が始まり、「札幌まつり」として今日まで受け継がれている。市内31の祭典区によって構成される敬神講社が運営し、8つの祭典区が年番制で、その年のまつりを取り仕切る。頓宮は神輿のお泊所でもあり、今も隊列の休息場所として使われている。

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