第2農場の「いま」を伝える(1)

第2農場×アートがひらく、博物館の可能性

「第2農場ガイドツアー」で配られた、蒲原みどりさんデザインのトートバッグ

第2農場とその展示物は、北海道大学総合博物館の委員会が公開を担っている。つまり第2農場はもう一つの博物館でもあるのだ。近年はガイドツアーが行われているが、多くの人にとっては未知なる場所である。第2農場を舞台にした、博物館とアーティストによる新たな取り組みに注目した。
柴田美幸-taxt 露口啓二-photo

第2農場へ行ってみたくなる仕掛けづくり

秋も深まった10月の終わり。
北海道大学の名所である黄葉したイチョウ並木には、たくさんの観光客の姿がある。その賑わいから遠く離れた第2農場前にも30名ほどが集まっていた。これから始まる「第2農場ガイドツアー」に参加するためだ。北海道大学総合博物館によって、秋の数日間開催されている。
特に今回は、参加者全員にプレゼントが用意された。モデルバーンのシンボル・木彫の牛の飾りをデザインしたトートバッグは、絵画のほか装丁などのデザインも手がける美術家・蒲原(かんばら)みどりさんによるもの。生成りの布にイラストの牛が白く浮かび上がり、とてもスタイリッシュだ。
さらに、北大総合博物館では、第2農場までの道のりを示したマップの配布も始まった。こちらは水彩画などの平面作品や立体作品を制作する本田征爾(せいじ)さんによるもので、描かれた建物などがかわいらしい。地図というより、ひとつの世界が描かれた絵画のようでもある。
こうした第2農場とアートという取り合わせには、いままでにない新鮮さを感じる。

ガイドツアーのようす。バッグのモチーフとなった牛の装飾も見られる

本田征爾さんが水彩で描いた原画をもとに、マップを作製

プロデュースしたのは、北大総合博物館助教の山下俊介さんだ。「まず、第2農場を多くの人に知ってほしくて」と、ガイドツアーのほか、オリジナルのバッグやマップを作りPRに努めることとした。第2農場は広大なキャンパスの北側にあり、博物館からも歩いて10分以上かかる。興味のある人はともかく、ふらりと訪れるには少々ハードルが高い。
実は総合博物館にも、第2農場に関する常設展示がある。しかし、「じゃあ第2農場へ行ってみよう」と思わせる仕掛けづくりは、今まで特にされていなかった。
「いかに第2農場まで足を運んでもらい、その価値を位置づけるか」に、山下さんが力を入れて取り組むのには、第2農場という施設だからこその理由がある。

 

博物館からこぼれ落ちるモノたち

第2農場は、モデルバーンなど明治期の建築物が重要文化財に指定されており、その存在は建築ファンにはよく知られている。建築様式や構造、欧米風の景観を目当てに訪れる人は多い。
しかし、建物内に展示されている農機具類や農業機械などは、建築物ほどの関心を集めていないようだ。
そもそも第2農場は畜産技術の教育施設だが、展示されている農器具類や農業機械は、より広い分野の農学教材であり実用品だった資料である。実際に用いられたものではあるが、機械など既製品や汎用品も多く、たとえば生物のタイプ標本のような、研究のための資料とも少し意味合いが違う。どれも古くて貴重だけれど、具体的にどのような価値を持つのかを見極めるのは難しい。こうしたモノは、たとえ残されても、価値という点であまり重要視されず、保存や活用の対象からこぼれ落ちる場合がある。

北海道大学総合博物館助教・山下俊介さん。研究者が残した映像や音声のデジタルアーカイブの公開など、資料活用のプラットフォームづくりをすすめている

ボランティアガイドによるモデルバーンの展示解説に、ガイドツアー参加者は興味津々

山下さんは、京都大学総合博物館で、研究資料のアーカイブ化に取り組んできた。なかでも写真や映像、記録、研究や教育で使われた機器類など、学術資料と呼ばれるものだ。研究目的のためだけでなく、そのまわりにあって、どんな研究をしたのかをも導き出せる資料である。博物館における保存と活用という面ではとりこぼされがちなものだが、ときに、当初の研究目的以外の価値を導き出すことがあるという。
「たとえば、昔のフィールドワークの合間に撮られた風景写真が、当時と今の環境変化がわかる資料にもなり得ます。本来の研究とは違う目的で撮られた写真が、将来、科学的価値を持つことがあるのです」
第2農場とそこに展示されている農機具などの資料も、農業や酪農、建築という分野以外で、また別の価値を持つかもしれない。その試みのひとつが、今回のアーティストとのコラボレーションにつながった。

 

資料の新しい価値を見出すアーティスト

「アーティストは、モノのフォルムを直截(ちょくせつ)的にとらえるのが巧みですし、独自の世界観でモノを見ています。資料の研究には時間がかかりますが、それを待つ前に、アーティストの力を借り、第2農場にあるものをモチーフにすることで人の目に触れさせ、まずモノに広く興味を持ってもらう。それによって資料を残すことを目指してみようと考えました」と山下さん。
アーティストのコーディネートを担当したのは、文学研究科芸術学研究室で美術史を専攻する大学院生・佐々木蓉子(ようこ)さんだ。協働するアーティストは佐々木さんが検討し、山下さんにプレゼンテーションした。
「プロダクトデザインも手がける蒲原さんは、人の手に渡ることを考えたものづくりができ、本田さんは空想的なイメージがおもしろく、歩いてみたくなるような世界を表現できると思いました。実際に個展へも足を運び、作家さんと直接お話する機会を持ちました」と佐々木さん。どの資料をバッグのモチーフにするか、マップはどこまで情報を入れ込むかなど、アーティストが自由に広げるイメージと資料をつなぐ役割を果たした。
一般的に博物館では、資料を収集したのち調査・研究を行い、保存、そして展示などへの活用という手順をたどる。しかし逆に、活用からスタートすることで、資料というモノが持つ新たな価値に気づけることがある。それには、今回佐々木さんが果たしたような、異なった分野の視点や世界観をもつ人を広く知り、そうした人たちをつなげるコーディネーターの存在も大きいだろう。

マップは、佐々木蓉子さんと山下さんで、今まで作製されたものも参考にしつつ情報を絞った。「あまり情報が多いと見なくなってしまうので、ほかの面白い部分もかなり省きました。歩きながら発見していただければ」

本田さんが描いたマップの原画。水彩のほかに線画のタイプもあった

今回、アーティストの目を通して表現された第2農場は、展示以外の活用への可能性を示した。「これが保存へつながり、さらなる活用や研究というサイクルが作り出せれば」と山下さんは言う。「これからの博物館は、展示物としてのモノから、モノと人がどんな関係を結べるかが重要になります。次世代も活用できる、次のコンテンツになるものを掘り出す仕組みづくりが必要で、そのためには資料をもとにした研究が必要です。そのときに資料が残っていないと悲しいでしょう?」
バッグやマップの取り組みは、まだ実験段階だが、やがてミュージアムグッズへもつながっていくだろう。今後、第2農場からどんなモノが魅力的な姿を現すのか、楽しみである。

【インフォメーション】
●本田征爾 展 『moon nook −月の片すみ−』
2017年12月6日(水)〜 18日(月)
ギャラリー犬養 女中部屋ギャラリー(13:00〜22:30 火休)
Webサイト

●蒲原みどり『みどりさんの指輪と耳飾り展』
2017年12月9日(土)〜 24日(日)
TAMI(マルヤマクラス1F 10:00〜20:00)
Webサイト
MILL(ル・トロワ3F 10:00〜21:00)
Webサイト

北海道大学総合博物館
北海道札幌市北区北10条西8丁目
TEL: 011-706-2658
開館時間:10:00-17:00(6月~10月の金曜日のみ10:00-21:00)
休館日:月曜日(祝日は開館し、翌週平日を休館)、9/4、12/28-1/4、1/14-15、2/25、3/12
Webサイト

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