プロローグ

クラークがいた時代を訪ねよう。

クラークの名はわかっていても、彼の指導をもとにした「札幌農学校第2農場」を知る人は少ない。しかし現存するこの農場施設をめぐって、いま新しい動きが起こっていることを知ってほしい。第2農場をはじめとした札幌農学校付属の農場群を、カイの目線でとらえ直しなおしてみよう。

2017/10/25

連載&特集

スケッチで旅する北海道遺産

北海道大学 札幌農学校第2農場 【札幌市】

今回の「スケッチで旅する北海道遺産」は連載&特集のコンテンツとしてお届けします。1876年、札幌農学校開校間もなくクラーク博士が推し進めたのは農場施設の建設でした。当初の名称は「農黌園(のうこうえん)」。日本の農業にはなかった畜産のスタイルが、この北の大地から始まったのです。

2017/10/25

第2農場の「歴史」を歩く

札幌農学校初代教頭、クラーク先生が開いた「農黌園」

南北に細長い北海道大学の敷地の北部に位置する、「札幌農学校第2農場」。樹齢150年を越すハルニレの木々を従え、明治時代に造られた畜舎などが保管されている。芝生でお弁当を広げる人も多く、実に気持ちのよい空間だ。「北海道畜産発祥の地」といわれる歴史の舞台を歩いてみよう。

2017/11/01

現代に続くものたち

1876(明治9)年に誕生した第2農場は、1968(昭和43)年まで北海道大学農学部附属第2農場として利用されてきた。時代とともに変わった部分も多いが、明治初頭にできた設備には今も検討が続く課題もあるという。現代につながる農場の世界を、もう少しゆっくり辿ってみたい。

2017/11/08

ガイドツアーから見える風景

第2農場の屋内一般公開は例年11月3日で一旦終了し、来春までしばしの冬眠に入る。その少し前に、北海道大学総合博物館が「第2農場ガイドツアー」を実施している。ふだんから場内の案内や清掃活動を行っているボランティアのかたと一緒に、秋晴れのなか今年最後の散歩に出かけた。

2017/11/29

第2農場の「いま」を伝える

第2農場×アートがひらく、博物館の可能性

第2農場とその展示物は、北海道大学総合博物館の委員会が公開を担っている。つまり第2農場はもう一つの博物館でもあるのだ。近年はガイドツアーが行われているが、多くの人にとっては未知なる場所である。第2農場を舞台にした、博物館とアーティストによる新たな取り組みに注目した。

2017/12/06

アーティストたちの、札幌農学校第2農場

第2農場の取り組みで、マップを担当した本田征爾さんと、グッズを手がけた蒲原みどりさん。2人のアーティストは、第2農場という場所をどんなふうに眺めたのだろう。まったく異なる作風の2人が、資料とどう向き合い制作したのかを語ってくれた。

2017/12/13

余市果樹園へ

大学の果樹園に吹く風は

「札幌農学校第2農場」の誕生から35年。当時の農科大学長から総長へ果樹園設置の提案があった。目的は「果樹の研究と果樹園経営の教育」のため。場所は、大学内ではなく果樹の適地とされた「余市」だった。1912(大正元)年に開設し、いまも豊かな実りをつける「余市果樹園」を訪ねた...

2017/11/15

第3農場再生の物語

「大学村の森」が受け継ぐもの

「第2農場」の特集なのに、「第3農場」のハナシ? はい、そうなんです。だって、とても素敵な緑地空間に生まれ変わっていたものですから。ご存じですか、札幌市東区にある「大学村の森」を。時代に埋もれそうだったこの場所を、愛し、見守る人たちに、会いに行きました。

2017/11/22

サイドストーリー

すべてはガルトネル農場からはじまった

蝦夷地(北海道)での西洋農業には、札幌農学校に先駆ける複雑で興味深い前史があった。舞台は道南の七飯町だ。函館に隣接したこの田園地帯からサイドストーリーをはじめよう。

2017/11/08

七飯から、東アジアの近代が見える

幕末当時の欧米列強は東アジアや日本、そして蝦夷地をどのように見ていたのだろう——。かつて七飯町にあったガルトネル農場は、北海道のもうひとつの歴史地図を僕たちに考えさせてくれる。

2017/11/22

豊平川の鱒釣りから北海道酪農史へ

日本の酪農・畜産の源流にいるエドウィン・ダン。本州と北海道の動物相の境界「ブラキストン線」の提唱で知られる函館のトーマス・ブラキストン。ふたりの関わりは、北海道の西洋農業史の知られざるひとコマだ。

2017/12/06

針路はアメリカからデンマークへ

北海道の農業には、クラークやエドウィン・ダンらが根づかせようとした米国式の農業とは別の、もうひとつの流れがある。ダンゆかりの真駒内から、そのいきさつを追ってみよう。

2017/12/20

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