古本とビール アダノンキ(札幌市)

本屋とまちなみ

カウンターと書棚が心地よく同居する「アダノンキ」

2017年暮れに大通の電車通沿いにあった古いビルから、これまた味わい深いビルに移転して再スタートをきった「アダノンキ」。オーナーの石山府子さんが10年かけて築いてきたスタイルは、札幌にしっかりと根をおろし、いろんな人といろんな本が幸せな時間を過ごしている。
石田美恵-text 黒瀬ミチオ-photo

ビールが飲める古本屋

入口が自動ドアなのに手で開ける小さなビルの5階、エレベーターを降りるとすぐにアダノンキのドアがある。この階に他の店はなく、入ったらもう逃げ場がない。ドアの向こうにチラリと見えるのは、小さめのカウンター、ぎっしり詰まった本棚、ベティちゃん…。なにか面白いことが隠れていそうな空気が漂う。おそるおそる入っていくと、「ビール召し上がりますか?」と優しい声が迎えてくれた。

2008年夏に創業した「古本とビール アダノンキ」は、オーナーの石山府子さんと、おもにビール担当の寳金(ほうきん)さんが切り盛りする古書店である。扱っているのは古書と新刊を取り混ぜて石山さんがセレクトした「ビールを飲みながらゆっくり楽しめる本」がたくさん。お酒や食べものにまつわる本が多いが分野はとくに限定せず、紀行やエッセイ、句集、図鑑、絵本、小説、雑誌など幅広い。

黒板のメニューを眺めて、冬らしく柚子を使ったクラフトビールを注文し、一口飲んで落ち着くとカウンターの上のぬいぐるみが目に入る。店のTwitterにときどき登場するあの「社長」だ。実物はさらにものすごく可愛い。うれしくなって石山さんに話しかけると、あっちこっちへふわふわと話題は流れてしばしおしゃべりが続く。本屋に入ってこんなに話をしたのは初めてだった。ほどよく冷えたビールのせいもあったかもしれない。

「10年前、札幌の古書店組合に入れてもらうとき理事の面接があったんです。そこで古本とビールの店をやりますと説明したら、よくわからないけど頑張って、と言われました」と石山さん。その少し前、石山さんは自分の店を開業するため東京のいくつかの書店で経験を積んでいて、ちょうど話題になり始めたクラフトビールに出合った。札幌でクラフトビールを出す店はまだ珍しく、まして古書店との組み合わせを想像する人はいなかっただろう。

だからこそ、「こんなに美味しいものがあることをもっと広めたい」と店で出すことに決めた。もちろん、「私が好きだから」が一番の理由。それから月日は流れてクラフトビールはすっかり市民権を得た。現在店のメニューには、随時替わる2種類の樽生を含め、国内外の約30種がそろう。ほかにコーヒーやハーブティ、ナポリタンやおつまみもあるので、お酒が飲めない人も小腹が空いた人も大丈夫。気になる本をゆっくり探し、つかれたらカウンターでひと休みして、石山さんたちとおしゃべりしたり、黙ってページをめくったり。周囲は楽しい本の森。なんと素晴らしい空間か。

この日の樽生はベルギーのシメイ・ブルー。読書の友にピッタリの味わい


「お客さんが好きなように楽しめる店にしたい」と話す石山さん。現在北海道新聞の「エンタメ本棚」で本の紹介も。また、最近は店で年に数回「麦酒句会」と銘打った句会も開かれている(主催は以前のカイで連載していた「本屋のカガヤ」さん)

新刊も古本も仲良く並ぶ平台。著者自身が売り込みにきたという珍しい本などもあり、意外な発見や出合いがある

アダノンキの社長はみんなの人気者。手編みの帽子は常連さんからのプレゼント

新しいまちなみとともに

以前アダノンキがあったのは、今はなき第2三谷ビル(札幌市中央区南1西6)の2階、電車通りに面して仲通りまで続く昭和の香るビルの一角。1963年にオフィスビルとして建てられ、事務所だけでなく中古レコード店や洋服店、カフェなど小さくて個性的な店が多く入居していて、ビル内でハシゴするのも楽しい場所だった。しかし残念ながら取り壊しが決まり、入居者たちは愛着ある場所を離れなければならなくなった。それから石山さんの移転先探しが始まった。

石山さんが望む場所にはいくつかの条件があった。まずは今ある本がきちんと収まる広さがあること。1階ではなく2階以上であること。これは、やや奥まった感じが店の雰囲気に合っていると思ったので。それから、落ち着いた佇まいを感じるビルであること。周囲に温かさが感じられる場所であること。地下鉄駅が近いこと。当然予算内であること…などなど。

「ぜんぶを満たすのは第2三谷ビルだけかも」と思いながら、石山さんは約1年かけて移転先を探した。あちこち歩いて見て回り、「そこにアダノンキがある姿」をイメージできるまちなみを探し続けて、やっと納得できたのが現在のビル(札幌市中央区南1西19 ドレイジャータワー)だ。
「大きな道路からすぐの路地ですが、なぜかここだけ区画が舟形になっていて、ちょっと面白い風景なんです。向かいにお豆腐屋さんがあって、向こうには食堂とかお店が見えて、ビルの佇まいもいいなと思って決めました。前は学習塾が入っていたそうですが、1フロアに1軒だけというのも面白いでしょ」

2017年12月に移転オープンしてから、近所で仲良くなった店や立ち寄るのが楽しみな店が増えた。ベーカリーや喫茶店、アンティークショップにうどん店、個性的な書店も何軒か。「オーナーの人柄が伝わってくる素敵なお店がたくさんあるんですよ。まだわからないですが、これから一緒に何かできたらいいなと思っています。あせらずゆっくり、です」と石山さん。
オーナーの人柄が伝わる店、それはまさに石山さんのアダノンキである。本屋のあるまちなみから、また新しい人のつながりが生まれていく。

石山さん推薦の一冊、『牧野富太郎の本』。高知県立牧野植物園が作った本で、「すばらしく愛がぎっしり詰まっています」

ビールの本はもちろん充実。食文化に関する本や料理書も数多くそろう

そして本の旅はつづく

アダノンキの書棚で、20年前私が初めて取材して文章を書いた本を見つけた。こんなに古い話なのに読んでくれる人がいるのだろうか。たしかに写真は今見てもきれいだし、このザラザラした紙の触り心地が懐かしくていいのかもしれない。
これまでも古本屋で自分の本を見つけることはあったけれど、「不要になって売られたんだ」と寂しい気持ちになっていた。でも今回は違う。買ってくれた誰かが捨てずにここまで持ってきてくれて、この居心地の良い空間にたどり着いたのだ。ずっとここにいても幸せだし、もしかだれかの目に留まったらもちろん光栄に思う。または、信頼する石山さんがもうダメと判断して切り捨てられるときがきたらそれは潔く受け入れよう。

あたり前のことだけれど、ここに並ぶ本はすべて旅の途中にあるのだと改めて思う。
そして、私がかかわった本の細く頼りない旅路に、石山さんのアダノンキが存在してくれてとてもうれしいです。ありがとうございます。

書棚は前の第2三谷ビルから持ってきたので、店内の雰囲気は以前のまま

古本とビール アダノンキ
北海道札幌市中央区南1条西19丁目ドレイジャータワー5F
TEL:011-802-6837
月曜日〜土曜日14:00〜22:00、日曜日12:00〜18:00 不定休
Twitter 

この記事をシェアする
感想をメールする
ENGLISH