尾崎さんが「ブックコーディネーター」にたどり着くまで

本の居場所を増やしたい

尾崎さんが選んだ季節の本が店内を彩る江別・「麺こいや」。すべて新刊本で、自由に手に取り、その場で買える

カフェやセレクトショップ、ラーメン店に仏壇・仏具店まで! 扱う商品や企画テーマに関する「本」を販売する店が、道内でじわじわ増えている。その仕掛け人こそ、ブックコーディネーターの尾崎実帆子さんだ。“本が並ぶところ”を独自に開拓する彼女の取り組みとは。
新目七恵-text 伊藤留美子-photo

「店を持たない本屋です」。初めて会ったとき、彼女はそう自己紹介した。
札幌の円山で開催された「もみの木So BOOKまーけっと(北海道ブックフェス2018)」。誰でも“本屋さんごっこ”が楽しめるという趣旨に興味を持ち、私が参加したのは、2018年11月のことだ。
尾崎さんはイベントの主催者でありながら、出品もしていて、持参した美しい外国の絵本を「一目惚れして買いました。見て愛でるだけで、読めないんですけれど」と笑っていた。本のイベントだから本好きが集まることは予想していたけれど、その中心人物の熱量に圧倒されたことを覚えている。

それにしても、「店を持たない本屋」とはどういうことなのだろう。
不思議な肩書きの意味を、私は約1カ月後の本稿の取材で理解することになる。
だがそれは、ブックコーディネーターの紹介というより、「本」を愛し、「本」を巡る人々に導かれた、ひとりの女性の奮闘記だった。

「本が売れない」なら、私が。

「昔から家には本が多くて、当たり前のように本に囲まれていました」。本が好きになった原点を、尾崎実帆子さんはそう振り返る。出身は茨城。大学卒業後、東京の出版社に就職した彼女の息抜きは、仕事帰りの本屋さん巡りだったという。
「その頃、街の本屋さんがどんどん姿を消す一方で、店主が独自に選んだ本を並べる個性的な書店が登場し始めたんです。時代の流れに抗うような存在に、漠然と『いいな』と憧れていました」
あるとき立ち寄った本の即売会で、出版社の人から尾崎さんは声を掛けられる。「本がお好きなんですね」から始まった会話は、こう続いた。
「本は厳しい。作っても、売れないんですよ」
実はその即売会も、倒産する出版社の在庫処分だったのだ。
業界人の本音を耳にした尾崎さんは、2つの思いを抱いたという。
「本が厳しいってどういうことなんだろう」。そして、「それなら私が、売る人になりたい!」である。

札幌の出版社へ。意外な志望動機とは。

「本を売りたい」という夢を抱いた尾崎さんは2001年、25歳のときに札幌に移り住む。そこでいざ、本屋をオープン!――とはならず、地元の出版社で働き始めたそう。その理由は?
「当時はサツエキと大通の区別もつかないほど土地勘がなく(笑)、まずは街のことを知りたいと地元のタウン情報を扱う出版社を受けたんです。もちろん一生懸命働いて、開業資金を貯めようとも思ったんですが」
面接では「10年後に札幌で本屋を開きたいです」と“開業宣言”したというから、採用した会社も太っ腹である。
10年という期限を決めたのは、自分にプレッシャーを与えるため。ところが、約束の時期が近づくにつれ、迷いが生じたという。
「広告制作や営業企画の仕事が面白くて、やりがいを感じていました。あと、思ったほどお金が貯まらなくて…(笑)」。ただ、この間に結婚し、子どもを授かっていた尾崎さん。開業ではなく、家族のためにもっと時間を使おうと、退職したのは2010年のことだった。

尾崎さんが扱う本のジャンルは小説からノンフィクション、実用書などさまざま。社会人になってから絵本の魅力にハマリ、現在は北海道新聞で絵本と児童書の書評欄も担当している

保証金がハードルに。解決策は情熱!?

「家族のため」と、サラリーマンを辞めて半年後。尾崎さんは、専業主婦ではなく、起業セミナーの受講生となっていた。
「実は時間を持て余しまして(笑)、本屋を目指すなら今だ、と思い直したんです」。とはいえ、潤沢な資金があるわけではない。開業の仕方も分からない。そんな折に参加した無料の起業セミナーが、道を切り拓くチャンスとなる。
「身の丈にあった起業を考え、事業計画書を作る内容で、そのとき初めて出版・書店業界について本格的に調べました」。すると、新刊書を販売する本屋を開くには、出版社から本を卸す取次会社との契約が必須だと知る。ところがそれには、店舗の広さに応じて数百万という保証金が必要だった。

そこで、彼女はどうしたか。
なんと、ある取次会社に直談判し、店舗なし=保証金なしで仕入れできるよう頼み込んだのである。
「普通ではないやり方を探していたら実現したんです」とサラリと話す尾崎さんだが、おそらく異例の対応だろう。業界を動かしたのは、ひとえに彼女の「本」への情熱に違いない。

 

「本屋は待っているだけじゃダメなんだ」

本の仕入れができるようになった尾崎さん。
次の課題は、どうやって売るか、である。
そのとき参考にしたのは、東京で注目されていたブック・ディレクターの幅允孝(はば・よしたか)さんや、ブックコーディネーターの内沼晋太郎さんの活動だ。2人はさまざまなクライアントから依頼されたテーマに沿って本を選び、個性的な販売コーナーを作る“本棚編集者”の先駆け。自分の店がなくても、この方法なら、売り場さえ見つかればできる。

もう一人、彼女の背中を押したのは、当時札幌にあった老舗書店「くすみ書房」の店主・久住邦晴さんだった。
「店舗なしで本屋をやりたい、という無茶な相談に乗っていただき、『すごく良いと思う! 僕もやってみたい』と共感してくださったんです。『本屋は、待ってるだけじゃダメなんだよね』という言葉が忘れられません」
「なぜだ!?売れない文庫フェア」などユニークな企画で名を知られながらも2017年に病で他界した久住さんの足跡は、「奇跡の本屋をつくりたい くすみ書房のオヤジが残したもの」(ミシマ社)という素敵な本にまとまったが、彼の励ましは、尾崎さんの心を今も優しく照らしている。

「『確かに講演会などで出張販売すると売れるんだよ。僕は店舗を維持させる必要があるけれど…』と話してくださいました」と久住さんの思い出を語る尾崎さん。

「本」を巡って、「人」から「人」へ

さて、(おそらく)札幌のブックコーディネーター第1号として2011年から活動を始めた尾崎さん。
初仕事を伺うと、「起業セミナーで知り合った方から、期間限定のイベントで器の販売をするのでブックコーディネートを試してみない?と誘われたのが最初です。まだ新刊本を仕入れるのが怖くて、古本を持っていきましたが…」。売り場にちなんで飲み物にまつわる本を置いたところ、見事売れたそう。その反面、 “本も売り物”という認識が低いことを実感。その後は、陳列方法を工夫し、本が飾りに見えないようPOPや並べ方などにアイデアを凝らしている。

一冊ごとに丁寧な紹介文をつけるのも、本の良さをアピールする大切な仕事だ

そうしてこれまで、15カ所の店やイベントで限定販売を行ったほか、現在、札幌・江別の8店舗の常設販売を担当。2019年早々にも、リニューアルオープンした札幌の仏壇・仏具・和雑貨の店「あみだ堂」の本棚をコーディネートした。販路が広がった経緯は、営業ではなく、すべてクチコミや人づてというから凄い。「ブックコーディネートの魅力は口で説明しても伝わりにくく、実際に見た方から『うちの店でもやってほしい』などオファーをいただきます」

この日待ち合わせした江別の大麻銀座商店街にあるカフェ&ラーメン店「麺こいや」も、尾崎さんの常設販売先のひとつ。きっかけは、2015年12月から始まった「大麻銀座商店街ブックストリート」。これは、商店街を会場にした月イチの古書市だが、「麺こいや」では新刊を置いてみることになり、声が掛かった尾崎さんがイベント時だけ立ち売りしていたところ、「常設しない?」という流れになったそうだ。

「麺こいや」(右)は大麻銀座商店街という昔懐かしい商店街にあり、「江別港」という地域交流プロジェクトの拠点機能も持ち合わせる

「麺こいや」のショーウィンドウ。本の美しいビジュアルが目を惹き付ける

「食事を待つ間に手に取る方や、ぱっと見て気に入り、すぐ購入される方もいます。最近は本棚だけ覗きに来る方も(笑)。季節感が伝わりますし、私自身いつも楽しみなんです」と店主の奥様でスタッフの橋本恭子さん。
「本」は店の雰囲気を盛り立て、定期的に変わることで来店のきっかけにもなる。ブックコーディネートは、店のファン増にも一役買っている。

 

キャッチしてくれる誰かのために

「麺こいや」の場合、本の内容は「基本的に尾崎さんにお任せ」だが、テーマがあったり、「こんな内容の本があったら持ってきて」といったリクエストがあったりする場合も多い。
「たとえば、同じ題材ならこんな話題作も、同じ著者ならこんな作品も…などと発想を広げ、本のリストを増やします。依頼主が驚いたり、お客様の心の琴線に触れたような反応のときは、『やったー!』となりますね」と尾崎さんは手応えを語る。

「お客様がキャッチしてくれるかな、と思いながら“変化球”の本を入れることも」との言葉に、たとえば?と聞くと、「ある美容品売り場のコーディネートのとき、ビューティー関連の実用書と一緒に、『I Love Youの訳し方』(望月竜馬著、雷鳥社)を並べました。小説や詩などから選りすぐった言葉を紹介する文学系の内容なんですが、すぐに売れたんです!」と尾崎さん。「ご自分用なのか、プレゼントされたのか分かりませんけれど、私が選んだ本が、誰かに読まれているかと思うと嬉しくなります」とも。

選書作業は楽しそうだが、リクエストのジャンルは多彩。大変なことはないのだろうか。
「ネタが自分の中にないときはちょっと苦労しますが、やりがいも大きいです。以前、『サーフィン』というテーマをいただいたのですが、やったことがないし何も知らず、必死に情報収集しました。ところが調べてみると、サーフィンは大自然と向き合うスポーツで、ヨガの精神にもつながる面があると知りました。そこで、ファッション系の本のほか、精神文化を伝える本や海の写真集も並べて、面白いコーディネートになったと思います」
「本」を選ぶことは、それを手にする誰かへのメッセージ。そして「本」は、さまざまな世界への入口でもある。それは、尾崎さんにとっても例外ではない。

 

アイデアと愛を込めた○○文庫

尾崎さんと選書の話題で盛り上がっていたら、「こんなチャレンジもしたんですよ」と教えてくれたのが、「名刺文庫」である。

出てきたのは、中身が隠された本の包み。見知らぬ人の名刺がついている…

「この名刺は架空のもので、本の登場人物をイメージして私が作りました」と尾崎さん。
か、架空の名刺!?
きょとんとする私に尾崎さんが説明してくれたところによると、そもそもは、「麺こいや」から常連の大学生たちの卒業を記念して「本を贈りたい」と依頼され、発案したのが始まり。タイトルや作家名を見えない状態で選んでもらう“ブラインドブック”のオリジナルで、“新社会人→名刺”という発想を取り入れたという。「これからの参考に」と、お仕事小説約40冊を「名刺文庫」で用意したところ、店も学生たちも大喜び。その後、テーマを変えて不定期に作っては「遊んでいる」という。

「名刺文庫」第1弾。パッケージが給料袋なのもユニーク!(尾崎さん提供)

この尾崎版ブラインドブックはほかにもあり、登場人物の年齢(!)のみを記載する「覆面恋愛文庫」なるバージョンも実施。この試みをいたく気に入った客が、実は福島県にあるカフェの店主で、「うちの店でもぜひ! と連絡をいただき、『覆面恋愛文庫』は津軽海峡を越えました」と尾崎さんは嬉しそうに笑う。

どうしても年齢差に注目してしまう「覆面恋愛文庫」。性別は想像にお任せだとか(尾崎さん提供)

ミッションは、適“本”適所

尾崎さんのブックコーディネーターとしての活動は、選書やイベント開催にとどまらない。
目標は「ブックコーディネーターを一般概念化すること」。「ミッションは適“本”適所。本って面白いな、本に触れるのっていいなと思ってもらえるよう、いろいろ試したいです」と意気込む。
興味がある人には講習会を開き、仕事のやり方を詳しく説明。受講者のうち2人が、それぞれの分野でブックコーディネートに取り組んでいるという。さらに仲間を増やそうと、2月23日の大麻銀座商店街ブックストリート開催時に、「麺こいや」でブックコーディネーターを“やりたい”人と“やってほしい”店をつなぐ「ブックコーディネート商談会」を行う計画だ。

尾崎さんに、「本が並ぶところ」の魅力を改めて聞いてみた。
「1冊の本が出来上がるまでには、著者や編集者、ブックデザイナーのほか、紙、印刷、製本、そして流通などに多くの人が関わっていて、インターネットで発信される一元的な情報とは格が違うと私は思いたい。人の手が掛けられたものが世の中にこんなにあるかと思うと、1冊くらい気の合う本と出会えるはずです。私ひとりでは本を作ることはできないけれど、いいなと思える本を届けることはできる。本の居場所を、少しでも増やしたいと思っています」

尾崎実帆子さんの公式サイト「さっぽろブックコーディネート」
WEBサイト


cafe&noodles「麺こいや」
北海道江別市大麻東町13番地48 江別港1階
TEL:011-398-9684
営業時間:10:00~17:00

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