矢島あづさ-text & Illustration

vol.1   開拓使時代の洋風建築(時計台・豊平館・清華亭など)

建築を通して開拓使がめざしたもの

北方開拓のため、1869(明治2)年から13年間置かれた開拓使。
巨額を惜しまず、高度な建築技術を導入し、せきを切ったように札幌の地に洋風木造建築を建てたのはなぜか。

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鹿鳴館よりも先に
札幌初のホテル「豊平館」誕生

1880(明治13)年、開拓使の洋風ホテルとして、現在、市民ホールがある北1条西1丁目に建てられた豊平館。明治政府が外国人との社交場として東京に建てた鹿鳴館より3年前のことだ。道内初の官営幌内鉄道が、小樽の手宮~札幌間を走り始めた時期と重なる。

当時、開港地や主要都市にホテルはあっても、正式な洋食を出し、ベッドを備えたホテルは限られていた。豊平館は規模こそ小さいが、客室8室、食堂、ビリヤード室、前室付き宴会場、階段上と下にそれぞれロビーがあり、後方突出部に厨房、浴室、トイレなど、完全な洋式の形態を備えていた。最初の宿泊客、明治天皇を迎えたのは翌年の8月だった。

その後、開拓使は豊平館の初代料理長、西洋料理店「魁養軒」を経営する原田伝弥(はらだ・でんや)に無償で貸し付け、旅館と西洋料理店を開業させる。明治期のフルコースにはシカ肉や白鳥の肉料理、デザートとしてアイスクリームも出していた。宿泊代は1泊(おそらく3食付き)上等4円、中等3円、下等2円50銭。当時、日本旅館の宿泊代が1泊2食付き20~35銭なので、庶民にとっては高嶺の花だったに違いない。

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136年前の客室に戻し、
初めて見せる後ろ姿も美しい

豊平館が中島公園に移築されたのは1958(昭和33)年。市営結婚式場として再スタートするため、木造建築の地階がコンクリート造となり、客室の一部がトイレに、控室用に間取りも変更された。同年夏に開催された「北海道大博覧会」の郷土館や美術館として使用された後、結婚式場や室内楽の演奏会場として53年間市民に親しまれ、1964(昭和39)年には、国の重要文化財に指定された。

老朽化と耐震強度を補う4年間の大規模改修工事を終えて、今年6月から一般公開されている。さっそく訪れて驚いたのは、裏にバリアフリーの付属棟が新設され、接続されたことだ。館長の佐々木康文さんは「明治の建築時も、後ろに厨房や浴室、トイレを備えた施設があった。今回、付属棟を建てたことで、かつて客室だった明治時代の間取りに戻すことができた」と話す。

豊平館の見どころとして、バルコニーのある外観正面の意匠、曲線と飾り細工が美しい階段、シャンデリアと天井飾りなども外せないが、ガラス張りの付属棟から見る豊平館の後ろ姿は新鮮だ。大型画面に現れる年表をタッチすると、明治、大正、昭和の古地図を複数拡大することができ、「昔、ここに○○があったんだ」と発見するたび、札幌のまちを散策したくなる。古地図好きにはたまらない。

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明治・大正の面影を探し
中島公園を歩いてみれば

明治・大正時代の中島公園には、池の水景と藻岩山への眺望をいかし、池泉回遊式の庭として設計された「岡田花園」があった。ちょうど豊平館の北側にある日本庭園から天文台、札幌コンサートホール「キタラ」あたりで、天文台のある丘や豊平館前の池に、当時の面影を残す。周辺には人形劇場「こぐま座」、道立文学館、渡辺淳一文学館などがあり、豊平館とつながる文化的な薫りがただよう。

かつて菖蒲池の中島には、洋風レストラン「ライオン食堂」があった。1918(大正7)年の「開道50年記念北海道博覧会」開催時に迎賓館が建てられ、のちにレストランとして活用された。立派な名誉橋がかかっていた時代を藤棚近くから想像してみるのも悪くない。

ぜひとも復活してほしいのは、冬、池が凍ると市民が仮装してスケートを楽しんだ「氷上カーニバル」だ。大正末期から50年ほど続いたと聞くが、サーカス小屋と同じくらいそそられるものがある。そんなことを考えながら黄昏ていると、なぜだか鴨々川沿いのネオン街、いや、提灯が揺れる店へと足が向いてしまう。

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●国指定重要文化財 豊平館
観覧/9:00~17:00(受付は16:30まで)
休館日/毎月第2火曜日(火曜日が祝休日の場合はその翌日)
観覧料/個人300円 団体270円(20人以上) 中学生以下無料
貸室/小部屋(定員10人)3室1時間500円、中部屋(定員20人)1室1時間900円、広間(定員80人)1室1時間3300円、グランドピアノ(広間) 1回3000円
北海道札幌市中央区中島公園1番20号
TEL:011-211-1951
WEBサイト

ちょっと寄り道

札幌市こども人形劇場こぐま座 北海道札幌市中央区中島公園1番1号 TEL:011-512-6886
鴨々川ノスタルジア ガイドツアー 札幌パークホテル セールス&マーケティング
北海道札幌市中央区南10条西3丁目1-1  TEL:011-511-3143
Bon Vivant(ボン・ヴィバン) 北海道札幌市中央区南11条西1丁目5-23  TEL:011-521-3433
Smooch Coffee Stand(スムーチコーヒースタンド) 北海道札幌市中央区南11条西1丁目 4-12 TEL:011-563-6696

北海道遺産とは

北海道の豊かな自然、人々の歴史や文化、生活、産業など、道民参加により52件を選定。
開拓使時代の洋風建築

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