北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
燻製づくり

「樺太で学んだ父の冷燻は、ずっと守り続ける」

vol.1 
南保留太郎商店 南保敬二さん/余市町
かつて、余市の浜には燻製小屋の煙がいくつも上がる時代があった。
そのきっかけをつくったのが、樺太(現サハリン)で雑貨商を営んでいた南保留太郎さん。
ロシア人から学んだ冷燻の技法は、息子、孫へと引き継がれている。
矢島あづさ-text 伊田行孝-photo

余市からニシンが消え、燻製づくりが始まった

江戸時代からニシンの漁場として知られていた余市。明治時代にはいくつもニシン御殿が建ち並ぶほど栄えていた。戦後間もなく、樺太から故郷に引き揚げてきた留太郎さんは、身欠きにしんや数の子など、ニシンの加工で生計を立てていた。樺太時代、ロシア人から学んだニシンの燻製は近所に配る程度だった。

本格的に燻製を作るきっかけは、1955(昭和30)年、余市からニシンが姿を消したことだ。留太郎さんは燻製小屋を建て、前浜で捕れるホッケやイカ、コウナゴを燻製にし始めた。同業者たちも見習うように、次々と燻製小屋を建てていった。

「ちょうど僕が小学生の頃、この辺だけでも10軒はあった。すぐ近くに水産試験所があり、研究者の指導で燻製技術が普及したことも原因の一つ。余市は雪も少なく、北風が入りやすい入り江で、気候・風土的にも冷燻に適した土地だった。魚を入れる木箱もブナ材だったので、燻材も入手しやすかった」と、2代目の敬二さん。

やがてニシンが輸入できるようになると、同業者は再び身欠きニシンや数の子の加工に戻り、時間や手間がかかる燻製づくりを止めてしまった。しかし、「冷凍ものに手を出してまで身欠きをやる気はない」と、留太郎さんだけは燻製小屋を続けた。

余市漁港。燻製小屋には天窓があり、海からの風を取り込んで煙を循環させる

ホッケとスケソウダラのみりん干し。夏場は気温が下がる夕方から燻し始める

魚を燻すときは、クセのないナラやブナ材を使用。おがくずの量や高さで室温を調整する

季節や素材によって冷燻と温燻を使い分ける

南保留太郎商店の主役は、初代からの冷燻技術を守り続けるニシンと鮭の燻製だ。秋から冬にかけて、この2種が燻製小屋を占領する。ロシアや北欧で主流の冷燻は、20℃ほどの低温で燻す。火を入れ、寝かせて、また火を入れ、鮭は時間をかけてじっくり熟成させるため、3カ月から半年かけて仕上げる。驚かされるのは、食感が生に近いのに、深い味わいと香りが口に広がるニシンの燻製だ。レモンを搾り、オニオンスライスと一緒に食べると絶品。鮭の燻製もレモン汁とオリーブオイルに一晩漬けたらマリネ風の一品になる。

鮭とニシンは塩漬けにしてから燻製にするので、余分な水分が抜けて魚のうまみが際立つ

鮮度が命の燻製は、人気の甘えび。毎朝、前浜に揚がったばかりの生きたままを仕込むので、この味、この赤い色になる。「一度、留萌産で試してみたけれど、やっぱり同じ味にならない」という。だから、余市での漁期4~11月しか製造できない。もともとは「小さ過ぎて売り物にならない。なんとかならないか」と漁師から頼まれ、試行錯誤を重ねて敬二さんが開発したヒット商品だ。かつては捨てられていたヘラガニも、この店で燻製にして注目されてから、グンと価値が上がった。

「今日は卵入りのメスある?」身がぷりぷりの旬は7~9月、お見逃しなく

夏場は室温を60~80度に上げてイカやタコを燻す。この燻製器は豆腐や野菜など小物用

「100年は続かせたい」と汗をかく後継ぎがいる

札幌で4軒の店を経営していた敬二さんが、余市に戻って後を継いだのは33年前。老いた父が店を閉めると言い出したとき「この味を残したい。父の燻製技術やアイデアは財産だと思った」という。昔ながらの味や手法を守りつつも、新たな挑戦も忘れない。「とにかく、何でも燻製にしてみる。リンゴのように失敗作もあるけれど、燻製することによって、クルミはパンやケーキに使うと数段おいしくなり、コーヒー豆はマイルドになることがわかった」

「しょう油やオリーブオイルなど調味料系の燻製をやってみたい」と憲亨さん

8年前、建築関係の仕事をしていた息子の憲亨(のりあき)さんが戻ってきた。現在、南保留太郎商店は息子に任せ、敬二さんは古民家を利用して5年前にオープンしたスモーク料理店「燻香廊(けむかろう)」で料理人として腕を振っている。燻製が単なる酒の肴だけでなく、料理の食材として使えることを知ってほしいからだ。だから、ジャガイモ、カボチャ、ニンジンなど、野菜の燻製も増えた。留太郎さんも天国から喜んでいるに違いない。

新鮮なトマトとも相性がいい豆腐の燻製サラダ(サラダ+パン+飲み物セット660円)

燻香が芳醇なスモークビーフの赤ワイン煮 1680円

積丹産のビーツをふんだんに使ったスモークボルシチ 1360円


南保留太郎商店
営業時間/8:00~17:00 
定休日/年末年始のみ
北海道余市郡余市町港町88 TEL:0135-22-2744
Webサイト


燻香廊
営業時間/11:00~17:00(ランチLO14:30、ドリンクLO16:30) 
定休日/毎週水曜日
北海道余市郡余市町港町75-2

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