北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
宮大工・一級建築士

「究極を経験したから、次の道が見えてきた」

vol.3 
株式会社おかげさま 菅原雅重さん/帯広市
4年前、伊勢神宮で行われた式年遷宮(しきねんせんぐう)で外宮(げくう)の副棟梁を務めた宮大工の菅原雅重さんが北海道に戻り、身に付けた伝統技術を生かしながら、十勝ならではの新たな空間づくりをめざしている。
矢島あづさ-text 伊藤留美子-photo

京都では「江戸時代」が後にできたものになる

帯広で生まれ育った菅原さんが宮大工の道に進んだきっかけは、東京の大学時代に出合った一冊の本『現代棟梁・田中文男』だった。文化財の保存・修復にとどまらず、民家の調査研究にも熱心で“学者棟梁”と呼ばれた田中氏のもと眞木建設(現・風基建設)で修業を積み、より専門的に社寺建築の技術を身に付けるため、京都の社寺建築を手掛ける細見工務所に弟子入りした。

驚いたのは、平安時代まで遡る京都での時代感覚だ。神社や寺の歴史は、ほとんどが何百年、奈良に行けば平気で千年を超す。江戸時代に書かれた建築書『匠明』でさえ、「そんなもの、わしらの後にできたものだから知らん」と、手本にすることはしない。髪の毛1本のズレも見逃さず、「定規で計った寸法や設計図通りではうまくいかない」ことを徹底的に仕込まれる。「時間が経ったときに最も美しいフォルムになるように」と、反り屋根を組み終わってから「1寸上げろ」と言われた現場もあった。

京都でも有数の規模を誇る大徳寺、約1300年前の建替え記録を残す貴船神社、元伊勢の一社である籠(この)神社など、数多くの社寺建築に携わり、腕を磨いた。

5年後、先輩の棟梁から式年遷宮の声が掛かった。この行事は20年に1度、伊勢神宮の正殿をはじめ、大御神の装束、神宝として納められている武具、馬具、楽器など、8年かけて新しく造り替えたり調整するもので、伝統技術を継承し、日本の文化を守る意味合いも大きい。この道をめざした者なら一度は経験したい頂点の仕事で、全国から60人の宮大工が選ばれた。

「伊勢は全てに関して究極。100点か0点。80点や60点がなく、完璧でなければ許されない。鉋(かんな)や鑿(のみ)を使った仕上げは、刃の痕を残さないほど高度な技術が求められる」という。昔気質の職人の世界は厳しい。文句しか言わない棟梁が何も言わなければ、最高の誉め言葉。たとえば屋根の反り上がりなどの場合、社寺建築では設計図をもとに、最後は大工が経験と感覚で微調整し、床に敷かれたベニヤ板の上に原寸で書く。その作業を任されるようになれば、一人前と認められたことになる。

最も嬉しかったのは、棟梁や副棟梁だけが許される「墨付け」の作業を任されたとき

部位に合わせて、刃の大きさや形が異なる鉋を使い分ける。右の鉋は伊勢の仕事が決まった際、京都の大先輩の職人から譲り受けたものだ

昨年の台風で歪んでしまった帯廣神社の千木(ちぎ)。古い木に新しい木をはめ込む「金輪継ぎ」の技法で修理中

現物から寸法や位置を「尺竿」に墨付けし、それを材木に写し作業する 

神社や寺を人が気軽に集える空間にしたい

墨付けできる立場になった菅原さんが、式年遷宮の解散後、ふと頭に浮かんだのが故郷へ帰ることだった。「国宝や重要文化財に指定されると気軽に参拝できない神社仏閣が多い。何のために誰のために修復しているのか、と考えたときに、僕は今生きている子どもからお年寄りまで、気軽に立ち寄れる祈りの空間をつくりたいと思った。料理人にたとえると、最高級のコース料理ではなく、今お腹を空かせた子どもに本当においしい本物の食事を出すような仕事をしたい。そして自分の故郷でそんな仕事が出来ればと思い、北海道に戻ることを決めました」

2015年に帯広に戻り、会社設立と同時に始めたのが僧侶と気軽に話ができるイベント「僧侶Cafeとかち」だ。僧侶が一方的に法話をするのではなく、街中のカフェでコーヒーを飲みながら、人生相談したり、仏教への疑問に答えたり、自由に会話ができる時間を作り出す。「普段お寺に気軽に立ち寄る事はなかなか難しいと感じている方が多い。またお寺側も、もっと人が訪ねてきてほしいと思っている。自分はただ建物を造るだけでなく、その空間を創ることも大切な仕事だと考えています」

昨年、会社を設立してから、体に悪影響を及ぼす材料を一切使わないチーズ工房を手掛けたり、北見の寺院を新築するために山形の会社と手を組んだり、保育園とカフェを組み合わせた建物の設計依頼も入ってきた。現在、若い仲間と手を組んで、十勝ならではの空間づくりを模索している。「たとえば、十勝は小麦の産地だから、その麦わらと漆喰とを上手く混ぜ合わせた、十勝漆喰みたいなものも作ってみたい」と、新たなチャレンジにも積極的だ。今年、日本伝統技術保存会の日本伝統建築棟梁の候補者として、全国で10人、道内で唯一選ばれている。

依田勉三率いる「晩成社」の開拓時代から祭礼されてきた帯廣神社。
今年から帯廣神社の宮司と協力して初心者向けの神社の勉強会「杜小舎(もりこや)」を始めた

「北海道にふさわしい新しい社寺を一から建ててみたい」と夢を語る菅原さん

創業1950年の「ますやパン」旧工場を作業場に

社寺設計建築(株)おかげさま
北海道帯広市東3条南8丁目16-1
TEL:0155-67-5861
Webサイト
僧侶Cafeとかち
Webサイト

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