北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
【焼きたてアッブルパイの店】

「パイには、果てしなく可能性がある」

vol.14 
かぐらじゅ 山谷玲奈さん/札幌市
6年前、札幌西区にあったアップルパイ専門店の店主が高齢のため、「もうそろそろ店を閉めようかと思う」とこぼした。パティシエになる夢もケーキを焼いた経験も全くなかった常連客の山谷さんが、「この味を無くすのはもったいない」と引き継ぐ決意をした。創業34年の伝統を守りつつも、新しいパイの可能性を探り続けるチャレンジ精神は、どこから生まれてくるのだろう。
矢島あづさ-text 伊田行孝-photo

リンゴの煮汁は創業当時から継ぎ足している

山谷さんがアップルパイ専門店「かぐらじゅ」と出合ったのは10年ほど前。当時は電気工事会社の事務員だった。その店のアップルパイを最初に口にしたときの第一印象は、「甘すぎない。また食べたい」。常連客として通ううちに、店主が閉店を考えていることを知り、「もう食べられなくなるのは嫌。私がなんとか守りたい」という一心で、半年ほど修業した。「覚えるのはアップルパイだけだったので、集中できたのだと思う」と当時を振り返る。
創業者からレシピと店名を引き継ぎ、東区に現在の「かぐらじゅ」をオープンしたのは2012年10月。西区の顧客が離れる心配はなかったのだろうか。「店を出すなら、自分が生まれ育った北区や東区と決めていた。私もわざわざ西区に通った客なので、同じように多少遠くても通ってもらえる店にしたかった」という。
原料のリンゴは、創業者の伝統の味を守るために余市産のふじを選ぶ。ない時期でも、できるだけ北海道で収穫されたリンゴを使う。「一度に何百個も作りますが、リンゴの皮をむくところから、一つ一つ手作業。作り手が愛情を注ぐと必ずお客様に伝わるというのは、自分が客の頃から感じていたこと。リンゴの煮汁は、34年間ずっと継ぎ足し使っています。それが味の深みに関係しているのかな」

リンゴは同じ品種でも甘さや酸味、食感が変わる。その違いを見極めて、味付けや火の入れ方を調整する。煮た後の汁は、次にリンゴを煮るときのために取っておく


その日、訪れたのは姉妹店「Pie Queen」の工房。本店「かぐらじゅ」と合わせて7、8人のスタッフでパイを焼いている


湿度や気温で焼き上がりのサクサク感が変わるので、焼く温度や時間は日々調整している

シンプルだからこそ、ごまかしがきかない

「かぐらじゅ」や「Pie Queen」のアップルパイは、予約注文すると焼きたてのアツアツが食べられる。取材中も何本か電話が掛かってきた。「寒くなってくると、やはり焼きたての注文が増えます。でも、冷蔵庫で冷やすのが好きとおっしゃる方もいますね。アイスクリームやブルーベリーソースをかける方や、ここのアップルパイは、白ワインとよく合うと言われたこともあります。食べ方ひとつにしても無限に広がる感じがして、楽しみが尽きない」と山谷さん。
創業者から引き継いだアップルパイは、素材の味を極力出すように、甘さもシナモンも控えめ。シンプルだからこそ奥が深く、作り手としても、ごまかしがきかない。「手を抜くと、最後の仕上がりに出てしまう。お客様がいちばん敏感ですね」という。かなり前の話だが、常連客に「何か変えた? 前と焼き上がりがちょっと違う」と言われたことがある。そのとき替えたのはパイを焼く際に敷くペーパーだけだった。「そこに気づかれるお客様に、正直驚きました」と笑う。
「アップルパイは甘ったるいのであまり好きじゃない」という人もまだまだ多い。そんなイメージを変えて、創業者の味を広く伝えることを使命としている。「リンゴは毎年同じ状態でできるわけじゃない。9、10月のリンゴと11月に収穫したリンゴでは、やはり変わります。味は砂糖やシナモンの加減で統一できても、果肉の柔らかさはコントロールできない。なので、早い時期のリンゴを使うときは、このトロっとした食感を楽しめるのは一年でいまだけですよ」とアピールする。

季節の変わり目は、焼き加減も慎重に。温度を1、2度上げるだけで仕上がりが違ってくる

一番人気のアップルパイは三角形。下の生地は、どんなパイになるのかな?

甘さ控えめで、どこか懐かしいアップルパイ。生地のサクサク感もたまらない。1ピース346円、1ホール2000円(写真提供:株式会社ファーストバンク)

伝統を守ることも、新たな挑戦も大切

「レシピは教わったけれど、その通りに作ってもできないところに、パイ作りのおもしろさはある」と山谷さん。現在は経営者として走り回ることが多い。本店「かぐらじゅ」と姉妹店「Pie Queen」のコンセプトの違いも明確だ。
創業1984年からのレシピを守り続けているのが「かぐらじゅ」。当初からのアップルパイ、小倉パンプキンパイ、ポテトクリームパイ、あずきパイしか焼いていない。「Pie Queen」は、新しいチャレンジをする店として、2015年にオープンした。「一番人気のアップルパイはもちろん用意していますが、パイの可能性を広げたい。北海道のおいしい食材を使ってパイでいろいろ表現できたらなぁ、と。姉妹店では、いろいろな人と出会ってつながった食材を試したり、新しいことにチャレンジできる。だからと言って、プリンやカステラは作りませんけれど」
新商品でウケているのはミートパイ。原料は別海産の和牛を使っている。北海道の海産物や農産物の旬を使ってみたり、「これを使ってみない?」と飲食業界から声がかかったり、試作品は現在5、6種類ほどある。スタッフはもちろん、お客さんの「この枝豆パイにベーコンを入れたら、もっとおいしくなりそう」といったアイデアも参考にする。山谷さんにとって一番の喜びは、「アップルパイは苦手だったけれど、ここのは好き」と言ってもらえることだ。

北海道の「おいしい」をパイで発信する。リンゴとチーズの組み合わせも絶品だ

「ブルーベリーパイ」や「ちょこくるみパイ」、「みついし昆布とサーモンのキッシュ」など、季節に合わせて新作パイが次々と登場する「Pie Queen」(写真提供:株式会社ファーストバンク)

パイを焼く匂いをかぎながら楽しめるカフェもある「Pie Queen」の店内


焼きたてアップルパイの店 かぐらじゅ
北海道札幌市東区北28条東8丁目1-1大畑ビル
営業時間/11:00~19:00
TEL:011-788-6140 
WEBサイト


焼きたてアップルパイとカフェ Pie Queen 
北海道札幌市北区北20条西4丁目1-16
営業時間/10:00~20:00 年中無休
TEL:011-214-0425 
WEBサイト

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