北海道の気候風土をいかして、おいしいものを生産したり、
開拓期からの技をいまに伝えたり、世界に誇れるものを生み出したり、
道内各地を放浪して出会った名人たちに、その極意や生き方を聞いてみた。
【パン職人】

「お米と同じくらい生活の中にあるパンに」

vol.24 
角食専門店CUBE 本間泰至さん/札幌市
3年ほど前から高級食パン専門店が大阪や神戸、東京から札幌へ次々と押し寄せてきた。そのブームの最前線にいたのは、2014年に札幌の藻岩山麓通り沿いにオープンした角食専門店「CUBE」ではないだろうか。この店の売りは、すべてのパン生地に羊蹄山の湧き水を使っていること。通ううちに、いつしか普通の食パンに後戻りできなくなっていた。
矢島あづさ-text 伊藤留美子-photo

羊蹄山の湧き水がおいしさの決め手

羊蹄山の山肌には常に流れる渓流はなく、降った雪や雨が50~70年の歳月をかけて地下に浸透し、湧き水として山麓に流れ出す。厚生省が出した「おいしい水」の条件は、硬度50mg/ℓ以下とされているが、京極町の湧き水は、はるかに下回る18mg/ℓ。まろやかでクセがなく、ほのかに甘い軟水だ。角食専門店「CUBE」のパンには、すべてこの湧き水が使用されている。「ハード系のパンには硬水の方が向くといわれていますが、うちのようなソフトなパンには軟水の方がしっとり、軟らかい生地に仕上がります。ただ、こね過ぎると生地がべたつくので、気を使いますね」と店長の本間泰至(やすゆき)さん。

毎朝、パンの仕込みは午前3時から始める。小麦粉、水、イーストなど原料を混ぜて生地をこね、その日の気温や湿度に合わせて水の量や発酵時間を調整し、3斤型500本ほどを10回に分けて、泰至さんが一人で焼き続ける。「角食は朝に食べられることが多いですよね。お米のように主食として生活の中にあり続けるパンとして、いいものを作りたい。商品というより、家族や恋人と同じくらい大切な人に食べてもらう気持ちで作ります」と、職人魂はまっすぐだ。

CUBEの角食は、トースト・サンドイッチ用のシンプルなものから、変わり種やデザート系まで、あれこれ迷うほど種類が豊富だ。それぞれのおいしさを引き出すために、製法も変えており、小麦の風味を大切にしている「スタンダード」は、材料をこね、発酵し、焼くストレート法。すべて北海道産の原料にこだわる「特別な角」は、もっちり、しっとり感を出すために、あらかじめ発酵させた生地に、材料を加えて本ごねし、さらに発酵させる中種法。「そもそも角食は、食べる人がジャムを塗ったり、チーズをのせてピザ風にしたり、自分の好みで楽しむもの。だから、うちの基本の味は甘過ぎない。ほんのり甘いくらいに抑えています」

道産小麦粉エゾシカ100%、生クリーム、バター、てんさい糖、オホーツクの塩など、北海道産の原料にこだわった「特別な角」1食(1/2斤)175円~1本(3斤分)1,050円(税抜き)

CUBEシリーズ「スイートコーンとバター」1斤400円(税抜き)

「生地の仕込みが一番大変な作業」という。早朝3時から仕込みが始まる

焼きたてをどんどん出せる店へ

泰至さんがパン職人の道を歩み始めたのは6年前。「実は父もパン職人。子どもの頃、パンは買うものじゃないと思っていました」と笑う。父・隆一さんの焼いたパンを食べて育った青年は、後を継ぐことに何の迷いもなかったと言う。社会人として外の世界も知るため全く違う業界で接客の基本を学び、父の店でパン職人の修業を重ねて、昨年からCUBEを任されるようになった。

「朝、起きて父の姿を見たことはなかったですからね。子どもの頃、一緒にいなかった分、いま、親子の距離が縮まった感じがします。いろいろアドバイスもくれるし、事故を起こしそうになりながらも、京極町まで湧き水を汲みに行ってくれますから」と、パン職人としての父の背を追いかける。その素直さは、おそらくパンの味にも影響するに違いない。

昨年、コロナ感染防止のため2週間ほど自粛休業した。その期間に店内をリニューアルし、発酵をコントロールする機械とベーカリーオーブンを新しくした。以前は焼ける数も限られていたが、これからは焼きたてを出せる機会もどんどん増えるだろう。「街中にある店ではないから、お客さんはここまで、何軒ものパン屋さんの前を通り過ぎて来てくださるわけですよね。そう想像するだけで手は抜けないし、ありがたいです」

パンをオーブンから出すと、店内が一瞬にして焼きたての幸せな香りに包まれる


「新作のアイデアは、常に考えています」。午後2時くらいまでパンを焼く作業は続く


「スーパーに並ぶパンと違うのは、焼きたてを出せること。帰りの車の中で、我慢できずに食べちゃった~みたいな反応を期待しています(笑)」

あれこれ試してほしいから1/2斤から

CUBEで角食を買うとき、その種類の多さに迷う人が多い。実際、棚の前に立つと、あれもこれも食べてみたくなるほど魅力的なのだ。そんなお客さんの立場に立って、1食分として1/2斤から販売してくれるのも嬉しい。焼きたてを自分できれいにスライスするのは難しいので、混んでいなければ遠慮なく好みの厚さに切ってもらうといい。個人的には厚切りの方が外側はカリッと中はふわっとしたトーストの食感を楽しめると思っている。

常連客からは「この店の角食は、冷凍してもおいしい」と評判だ。初めてのお客さんには、おいしい保存の仕方や焼き方を解説したシートを渡してくれる。パンは高温・乾燥に弱いので、すぐに食べられない場合は、水分を含んだ状態で小分けをしてラップで包み、保存袋に入れて冷凍保存するのがおすすめ。焼く前にあらかじめオーブントースターを温めておくと、冷凍したままのパンでも短時間でおいしく焼きあがる。

「最近、道産小麦の品種も増えてきましたよね。特別な角の小麦粉も、オープン当初に使っていた粉より口あたりのよいものを見つけたので替えました。僕の好みとしては、冷めたときに小麦の香りが豊かに感じられるスタンダードなんですけどね(笑)」。さっそく、食べ比べて見なくては。う~ん、しばらくは他の店に浮気できそうもない。

焼きたてのCUBEシリーズ「ベーコンビッツとチーズ」1斤400円(税抜き)

CUBEシリーズは「りんごとレーズン」「オレンジとレモン」「コーヒーとビターキャラメル」「チョコとクルミ」「全粒粉」「五穀と黒ごま」「抹茶ミルクとあずき」「デニッシュスペシャル」など10種ほど。日替わりパンも見逃せない。1斤各400円(税抜き)~


角食専門店 CUBE
営業時間/4~11月10:00~18:00 12~3月11:00~17:00
定休日/火曜日
北海道札幌市中央区旭ケ丘5-1-1
TEL:011-532-0138

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