小説家の筆が描いたまち。書かれた時代と現在。土地の風土と作家の視座。
「名作」の舞台は、その地を歩く者の眼前に何かを立ちのぼらせるのだろうか。
*この連載は、作家の合田一道氏が主宰するノンフィクション作家養成教室「一道塾」(道新文化センター)が担当しています。
第9回

魔の季節(井上靖著)

あらすじ

専業主婦という単調な生活に味気無さを覚えていた伊吹三弥子は、ある日、夫に愛人がいることを知り当惑する。そんな折、三弥子は以前、宗谷岬で出会った風見竜一郎に偶然再会し、竜一郎に恋心を募らせていく。やがて愛人は夫より仕事を選び、夫のもとを去る。三弥子と竜一郎との関係も発展することなく、三弥子と夫は二人の日常へと戻っていく。

さまざまな思いを見つめる最北の地

池咲ゆきの/一道塾塾生

井上靖の長編小説『魔の季節』は、昭和29(1954)年11月から翌30(1955)年7月まで37回にわたり「サンデー毎日」に連載された。
恋人にふられた風見竜一郎と、単調な生活に味気無さをおぼえる大学教授の妻、伊吹三弥子は、日本最北の地、宗谷岬で出会う。そのシーンがとりわけ印象深く描かれている。

竜一郎は大きく深呼吸すると、よくもはるばると来たものだなという感慨に打たれた。何しに来たのであるか? 格別改まった用事があったわけではない。怒鳴りに来たのである。怒鳴るために、彼はわざわざ日本の一番北の端にやって来たのだ。……バカヤロウ! ……自分でも驚くほど大きな声が出た。

一方の三弥子は樺太で子どもを亡くしており、子どもの骨の埋まっている樺太へ遠くからでも手を合わせるため、東京から来ていた。けれどそれがすべての目的ではなかった。張り合いのない夫との生活から気分転換をするため、旅に出ずにはいられなかったのだ。三弥子は折りにつけ、子どもが生きていた頃を懐かしく思い返すのだった。

あのころはまだまだよかったと思う。生きている目的があった。夫をも、子供をも、生きさせなければならなかった。

子どもが亡くなったのは終戦から間もなくだった。その後、時代は平和になり、学者の妻としての生活が始まるが、それは物足りないものだった。

ここに何があったろう。夫を朝送り出し、夕方迎える単調な日々の繰り返しに過ぎない。何もありはしない。……一体、これでいいのか。これが生活というものか。……もっと、本当に生きているように生きなければ嘘だ。
夫が留守のあいだ、一人でぽつねんと時間を過すことだけが妻の生き方ではないはずだ。

日本最北の地 宗谷岬

三弥子と竜一郎はそれぞれ宗谷を去り、それぞれの生活に帰ってゆく。数カ月が経とうする頃だった、三弥子は夫の卓二が、桂伸子という駆け出しの若い映画女優と親しくしていることを知り、戸惑い憤りをおぼえる。そんな折、三弥子は銀座で竜一郎と偶然再会を果たし、桂伸子が竜一郎の元恋人であることを知る。いつしか三弥子は竜一郎への思いを募らせてゆく。
21世紀は「女性の時代」と言われるが、この作品は、戦前の家制度の名残と、戦後女性の家庭のみにとどまらず社会へ出ていく、ちょうど転換期を、二人の女性を通して描いている。世間的には何不自由ない専業主婦である三弥子の虚無感。それとは対照的に、映画女優として自活する伸子。そんな伸子も、熱をあげていた卓二からプロポーズされた途端、我にかえる。

「わたし、先生の奥さんになるの?」
「まぁ、そういうことになるだろうね」
伸子はいままで明るく輝いていた世界が急に冷たく翳ったものになったような気がした。

その後、伸子は卓二の元を離れ、映画の仕事へ戻ってゆく。
日本最北の地、宗谷は、さまざまな思いを叫び、見つめ、ふりかえるのに、適した場所なのかもしれない。幕末期は対ロシア警備の最前線として津軽や会津藩士たちが極寒の中に倒れ、太平洋戦争末期には樺太から命からがら引き揚げた人々を受け入れた。
岬を一望できる丘へのぼると、冷たい風が容赦なく吹きつけ、灰色の海は呻り声をあげているようだ。荒涼たる厳しさと、個人の様々な覚悟が、この地を訪れる人々を惹きつけて止まないのだろうか。


井上靖(いのうえ・やすし)

1907~1991年。軍医の長男として北海道旭川で生まれるが、幼少期を静岡県伊豆湯ヶ島で祖母に育てられる。1936年、京都大哲学科美学専攻を卒業後、毎日新聞社へ入社。1950年『闘牛』で芥川賞を受賞。その他『氷壁』『天平の甍』『敦煌』『風濤』『夏草冬濤』など、ロマンあふれる作品を発表。
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