小説家の筆が描いたまち。書かれた時代と現在。土地の風土と作家の視座。
「名作」の舞台は、その地を歩く者の眼前に何かを立ちのぼらせるのだろうか。
*この連載は、作家の合田一道氏が主宰するノンフィクション作家養成教室「一道塾」(道新文化センター)が担当しています。
第34回

千代の富士一代(石井代蔵)

あらすじ

58代横綱千代の富士貢の人生を、誕生から2人の九重親方(元横綱千代の山と元横綱北の富士)の変遷を入れながら、入門から横綱昇進、現役引退までの、栄光の記録とケガによる闘いを描いた相撲小説である。なお、この作品はこれより前に発表した「千代の富士貢 天下取り狼」を大幅に加筆した。

狼(ウルフ)と呼ばれた男の土俵人生

大渕基樹/一道塾塾生

千代の富士貢こと本名秋元貢は、1955年(昭和30年)6月1日に福島町で誕生。少年時代から運動能力は抜群であったが、相撲は大嫌いで関心もなかった。

その頃、出羽海部屋で11代九重(元横綱千代の山)の分家独立騒動で、1967年(昭和42年)1月に出羽海親方(元前頭出羽ノ花)は九重親方を一門から破門した。この当時の出羽海部屋は、分家独立を認めないという不文律があったからだ。

「……許してやる。北の富士ら十人の弟子も独立を認めてやる」

「ただし」と、出羽海は声を荒げてつづけた。

「貴様、破門だ。わしが“分家を許す”と申しわたしたときに忠誠を誓いながら、いま勝手に独立を願い出る。その行動は断じて許しがたい。出羽海の敷居は二度とまたぐな」

この騒動が元で九重部屋は、高砂一門に所属した。独立から3年後、九重部屋北海道後援会の世話人が貢の噂を聞きつけ、彼の両親の前で相撲部屋への入門を勧誘したが拒否された。九重親方としては貢と同郷ということもあり、あきらめることができず、直々に出向いて、貢と両親を説得した。

「……飛行機にのっけてやるから、ともかく東京へ行かないか」

「えっ?」

「飛行機だよ、空を飛ぶ飛行機だ」

「飛行機にのっけてくれるんですか」

「ああ、のっけてやるとも」

騙されたような形で、1970年(昭和45年)8月、飛行機で東京に行き入門した。秋場所で初土俵。その後、千代の富士の四股名になる。小兵力士にもかかわらず、豪快な投げ技による骨折や左右の肩の脱臼癖を重ねながらも、十両へと出世した。周囲の期待に応えようとさらなる上位を目指している最中、1977年(昭和52年)10月29日に親方が肝臓癌で急死し、井筒親方の元横綱北の富士が12代九重を継承した。十両までのぼった千代の富士は、体重がなかなか増えずに悩んでいた。そんな時に、大関貴ノ花の一言が彼の土俵人生を大きく変えた。

「おれはな」と貴ノ花は笑いながら千代の富士にいった、「……タバコだけは、やめられなかった。いけない、いけないと思いながら、これだけやめられなかった」

(中略)

「千代の富士、おまえ、タバコやめたら、もっと太るぞ。もっと肉つくぞ」

この一言で禁煙し、体重が100キロを超えた。1981年(昭和56年)初場所、14勝1敗で初優勝。そして、同年の名古屋場所後に横綱へ昇進した。

1988年(昭和63年)九州場所千秋楽では芽室町出身の横綱大乃国に敗れた。54連勝にはならなかったが、横綱双葉山の69連勝に迫る記録に日本中が沸いた。しかし、1989年(平成元年)名古屋場所前、三女がSIDS(乳幼児突然死症候群)により夭折するという悲劇が起きた。

(娘が死んだ。しかし、それは家庭のこと。公私混同はいけない。娘の供養のためにも、がんばらなくてはいけない)

千代の富士は、そう心に決めていた。

この年の名古屋場所は、弟弟子で広尾町出身の横綱北勝海との史上初の横綱同士の同部屋優勝決定戦で優勝。

同年の9月、角界関係者として、そして北海道出身者として初めて国民栄誉賞を受賞。しかし1991年(平成3年)夏場所、前頭貴花田(後の横綱貴乃花)に敗れ現役を引退した。横綱在位59場所、通算勝利数1045勝、優勝31回。

陣幕親方を名乗り、その後13代九重になる。協会理事や事業部長を務める。千代の富士の還暦相撲を終えた翌年の2016年(平成28年)7月31日、膵臓癌で死去。享年61。

福島町では2人の横綱を輩出したことから、1991年(平成3年)より毎年母の日に、「北海道女だけの相撲大会」を開催している。

北海道新聞は、この作品を基に漫画「千代の富士物語 北の大将」(著者は山崎匡佑)として、1990年(平成2年)10月7日付から1993年(平成5年)3月28日付まで連載した。

福島町にある横綱記念館:1997年(平成9年)4月開館。館長は姉の小笠原(旧姓秋元)佐登子。右は41代横綱千代の山、左は58代横綱千代の富士。横綱の三段構を表現している

千代の富士の手形:大阪市浪速区にある大型複合施設「なんばパークス」に、他の横綱の手形と共にある

48代横綱大鵬(弟子屈町)の還暦相撲:露払いは58代横綱千代の富士(福島町)、太刀持ちは55代横綱北の湖(壮瞥町)。相撲王国北海道を象徴するとともに、3人とも昭和の大相撲の歴史に残る大記録を残す。
2000年(平成12年)5月29日、両国国技館にて撮影(大鵬相撲記念館提供)


石井代蔵(いしい・だいぞう)

1936年(昭和11年)~2012年(平成24年)。和歌山市出身。本名石井三郎。早稲田大学文学部卒。産経新聞社入社、「週刊サンケイ」記者に。「押しの一手」で小説現代新人賞佳作。1971年(昭和46年)に同社退社。相撲実録小説を中心に執筆。主な作品に「相撲畸人列伝」、「土俵の修羅」、「巨人の素顔」など。
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