小説家の筆が描いたまち。書かれた時代と現在。土地の風土と作家の視座。
「名作」の舞台は、その地を歩く者の眼前に何かを立ちのぼらせるのだろうか。
*この連載は、作家の合田一道氏が主宰するノンフィクション作家養成教室「一道塾」(道新文化センター)が担当しています。
第42回

「ニセコ街道をゆく(『わがラストラン、北海道』より)」(芦原伸)

あらすじ

大学を卒業して雑誌編集者となった“私”が、冬の函館本線(山線)に沿って長万部から倶知安までを歩き、倶知安から余市までSLに乗り、さらに余市から小樽まで歩く。『わがラストラン、北海道』収録の、第三章「ニセコ街道をゆく シロクニ(C62)の幻影」より。

若き日の雪中行軍とSL乗車

大渕基樹/一道塾塾生

1970(昭和45)年3月に北大を卒業した私(作者、以下同)は、上京し様々な職種を経て、1972(昭和47)年に鉄道関係の雑誌編集者に採用された。しかし、毎日のデスクワークで、体調を崩す寸前だった。そんな時に、在学中に知った「ニセコ街道」を思い出し、北海道旅行を決意しリュックを背負った。青春時代に経験した、「カニ族」と言われる無銭旅行者という形での再挑戦でもあった。
11月に上野から青森まで夜行電車で行き、青森で青函連絡船に乗り継ぎ、長万部駅に降りた。

かつては鉄道ファンで賑わった長万部駅前の長万部食堂で遅い朝食をとり、ひっそりとした温泉街をあとにした。
一一月中旬、もはや北海道は雪の季節で、昨晩ひとしきり降った雪が一面に積もり、周囲は銀世界となっていた。
出発の足どりは軽かった。最初の駅、二股まで八キロメートル、二時間かからずに到着し、出足は好調だ。

函館本線と並行して舗装された国道五号線があるため、車の往来が激しかった。そのため、地元の人が使う脇道を歩いて、黒松内まで進んだ。黒松内駅前の食堂で昼食。少し進んだが、日が隠れて気温が下がり始めたので、熱郛の手前でテントを張り、初日はここに泊まった。深夜、三匹の野犬を追い払うのに一苦労した。
翌朝は、足の裏に水ぶくれができ、足を引きずりながら歩いた。昼に上目名駅(現在廃駅)に着きSLを撮影しようとしたが断念して、上目名トンネルを避けて脇の崖を登った。しかし、土砂に足をとられて転んでケガをしたので、上目名駅まで引き返し、国道を歩き蘭越と昆布の間の尻別川沿いまで行き、川原にテントを張った。
3日目は、昆布から農道に沿って歩き、地元の若い女性にニセコへ行く道を尋ねた。

「峠に出て、川を超えればニセコの町です」
折しも、霧は消え、峠の向こうに羊蹄山(蝦夷富士)の雄大な山容が現れた。幾条もの雪渓を引き、素晴らしいロケーションだ。
「ここからの羊蹄がいちばんですよ。ちょうど山の左右が対称になるんです。シーズンになると、東京からカメラマンがたくさんやってきますよ」
しばしの会話であったが、心は弾んだ。

ルベシベ川を渡り、ニセコにたどり着いた。さらに隣町の倶知安まで行き、野原にテントを張った。
4日目はハシブトガラスに食料を盗られ、空腹のまま歩いた。吹雪に遭遇して、雪中行軍は無理と判断し、予定を変更して倶知安駅からSL(デゴイチ)に乗った。

12時56分発、旭川行き121列車。出発前、大きな汽笛を鳴らし、吹雪のニセコ街道にデゴイチは悠然と臨んだ。
勢いのあるドラフト音、すさまじい車輪の回転音、デゴイチは軽快な足どりで、雪原を走りぬける。それは大空に心ゆくまま雄々しく舞う荒鷲の姿に似ていた。

SLは倶知安から小沢(こざわ)を通り、然別、仁木、余市へと向かった。私は、「文明の利器」には勝てないことを思い知った。余市で港を見て薬局で薬を買い、近くの小学校の宿直室に泊めてもらった。この時の用務員の温かい人情に、私は感謝した。
5日目は余市から小樽まで海を見ながら20キロメートルぐらいの道を歩いて、目的の旅を終えた。
2007(平成19)年10月中旬、私は長万部から小樽まで列車で旅をし、35年前の一人旅を懐かしんだ。

作者が歩いた「ニセコ街道」は北海道新幹線の札幌延伸のルートで、長万部から小樽までの区間の約8割がトンネル区間となる。現在、トンネルの掘削工事は進んでいる。今ある長万部駅は高さ14メートルの高架駅となり、噴火湾を見渡せるビュースポットになりそうだ。倶知安駅周辺は、魅力のあるまちづくりのために、駅周辺の整備を検討中という。全線の開業は、2031(令和13)年3月頃の予定。

かつての上目名駅:1984(昭和59)年3月31日廃止

SL(D51)の写真(提供:北海道鉄道技術館)


芦原伸(あしはら・しん)

1946(昭和21)年~。三重県出身。紀行作家、雑誌編集者。北海道大学文学部卒。鉄道ジャーナル社入社。2007(平成19)年、株式会社天夢人(TEMJIN)を設立。著書は、「60歳からの青春18きっぷ」、「ラストカムイ~砂沢ビッキの木彫」。
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