小説家の筆が描いたまち。書かれた時代と現在。土地の風土と作家の視座。
「名作」の舞台は、その地を歩く者の眼前に何かを立ちのぼらせるのだろうか。
*この連載は、作家の合田一道氏が主宰するノンフィクション作家養成教室「一道塾」(道新文化センター)が担当しています。
第63回

ユニコーンの旅(五木寛之)

あらすじ

テレビマンの火野昌吾は、番組撮影のために北海道を訪れた。精神病院の前庭にあるポプラ並木を撮影したところ、女性医師の江夏友子に注意され、撮影を止めた。旅館に戻って夕食後に、火野は撮影のことで江夏の家へ向かった。そこで江夏から、彼女が担当している患者の鬱病の少年、森沢が書いた絵画と詩作を見せられる。

テレビマンと女性医師と鬱病少年の一夜

大渕基樹/一道塾塾生

週1回の紀行番組を制作するために、フリーディレクター兼テレビ演出家の火野は、カメラマンの大沢他数名のスタッフとともに、東京から北海道を訪れた。早速、北大のポプラ並木や月寒の牧場に行ったが、テレビマンとして納得できるものが撮れなかった。支笏湖へ行く途中で、病院の前庭に並んでいる十本足らずのポプラを見つけて心が動き、撮影を開始した。撮影中、病院から江夏が大声で叫びながら駆けつけた。

北海道大学のポプラ並木

「これは一体なんですか」
と、若い女の声が言った。「責任者はどこにいらっしゃるんです」(中略)
「テレビの番組です。札幌を中心に初夏の北海道紀行ということで――」
「私のほうでは何もうかがっていませんわ」(中略)
「あたしはこの病院の医師です。精神科の入院患者の人権保護の立場から撮影は許しません」

火野は撮影済の写真に関して、風景だけを使用して患者の顔を絶対に使わないと江夏に約束したが、マスコミを信用しない江夏はフィルムを要求した。そこで、大沢がやむなくフィルムを感光させてダメにした。撮影スタッフはその場を撤退し、旅館へ向かった。
旅館で夕食後に、火野は大沢から先程の感光したフィルムは違うもので、病院で撮影したフィルムは無事だったことを知る。だが、江夏に悪いと思ったのか、火野は電話帳を使って、彼女の自宅の電話番号を調べて電話した。そして、火野はフィルムを持ってタクシーで、札幌市内の江夏の家に向かった。
火野は昼間の撮影のことを謝罪して本物のフィルムを渡し、戻るつもりであった。だが江夏は火野に、「もう一度わたしの家へもどって、少しお話をしてくださらない」と言ったことから、江夏の部屋で世間話をした。
2人の心が和んだ時に、火野は部屋にある何枚もの奇妙な絵画を見た。その絵は極彩色の水彩画であった。波打つような独特のタッチで、色調の一種は暗い感じがした。これらの絵は、重度の鬱病で入院中の森沢が描いた。 
森沢は病気と懸命に闘っている17才の少年で、鉤鼻のせいで自分のことを「一角獣(ユニコーン)」と呼んだ。江夏は少年の病気を必死の思いで治療した。しかし、周期的に鬱状態を繰り返して自殺未遂を起こすなど、病状は改善しなかった。
絵画の次に、江夏は森沢が書いた詩のノートを、火野に見せた。ノートには、「空を飛ぶニヒリスト」、「みにくい一角獣」などの数点の詩や短歌が書かれていた。火野は、作品から穏やかな澄んだ優しさみたいなものを感じとった。
火野がすべての詩作を読み終わったのは、午前2時頃だった。江夏の母親と3人で軽い食事を終えた時、江夏に病院から至急の電話が掛かってきた。

「森沢君が病院を抜け出したわ」
「脱走だろうか」
「いいえ。彼は死ぬつもりよ」(中略)
「信じられないわ。あたしたちが彼のことをしきりに話し合ったちょうどその時間に、彼が行方不明になるなんて」

江夏はすぐに病院へ向い、朝7時頃に家に戻って来るなり、火野に対して森沢が病院の近くで自殺したと告げた。江夏はその場で取り乱したが、火野にはどうすることもできなかった。火野は後で必ず電話すると約束し、宿に戻った。そして、スタッフと合流して、最後の撮影先である支笏湖に向かった。
火野は千歳空港で、13時20分発東京行きの日航機の搭乗前に、公衆電話から江夏に電話を掛けた。

「番組のテーマは、うつ病と戦いながら必死で生きようとがんばり、その果てについに気力つきて死を選んだ若い少年の物語というわけさ。彼の親しい女友達の死とそのショック、美しい女医へのひそかな思慕と幻滅。彼の絵と詩をそのままナレーションで挿入して、彼が入院してからの四季をポプラの樹に托して描くというのはどうだろう。(中略)どう?こいつはちょっと悪くないと思うがなあ」 

江夏はその考えを予想していた。そして火野に対して、あなたのような生命力があれば森沢は死なずに済んだと、皮肉を込めて一方的に電話を切った。
火野は搭乗ゲートに向かって歩き出した時、あの少年のノートに書かれていた奇妙な詩「ニヒリストが空を飛ぶ~」の文句が蘇ってきた。
『新千歳史』通史編下巻の「小説の中に見る千歳」によると、作中の「ポプラ並木」は架空の設定で、病院は支笏湖病院(現支笏湖診療所)と思われる。 

支笏湖:支笏湖ビジターセンターHPより

千歳空港:新千歳空港ミュージアムより


五木寛之(いつき・ひろゆき)

1932(昭和7)年~。 福岡県八女市出身。早稲田大学文学部露文科中退。小説家、作詞家、日本芸術院会員。1965(昭和40)年に『モスクワ愚連隊』で第6回小説現代新人賞受賞。翌年、『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞受賞。1978(昭和53)年から32年間、直木賞の選考委員を務める。代表作、『青春の門』、『大河の一滴』。
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